青い空、白い雲、大きな太陽。広大な緑に、カラフルなタオルが揺れる。日本のトップボーカリストとミュージシャンたちによる音楽が鳴りわたる。ふわっと風が吹くと、音が揺れる。そして、みんなが優しい気持ちになれる――つま恋の『ap bank fes』が帰ってきた。

『ap bank fes』とは小林武史櫻井和寿坂本龍一が拠出した資金をもとに設立された、自然エネルギーや環境保全に取り組むプロジェクトに融資を行う組織「ap bank」が主催する音楽フェス。環境問題や東日本大震災復興支援など、その時々の社会に必要な目的をもって、2005年より静岡県・つま恋を拠点に開催されてきた(2012年には兵庫県・国営明石海峡公園、宮城県・国営みちのく杜の湖畔公園でも開催)。オーディエンスにとってはここでしか見られない貴重なコラボレーションや、受け継がれる日本の名曲から最新ヒットまでを堪能できる音楽フェスでありながら、日常の中でふと立ち止まって自分自身の生き方を見つめ直すことができる場となっている。

東日本大震災の被災地である石巻市を中心としたエリアにてアート×音楽×食の総合芸術祭『Reborn-Art Festival』がスタートしてからは、『Reborn-Art Festival × ap bank fes』と題したコラボレーションイベントが宮城県内で開催されていたが、2018年には再びつま恋にて『ap bank fes』を開催。新型コロナウイルスが蔓延した時期においては、千葉県木更津にあるKURKKU FIELDSからオンラインライブ『ap bank fes ’21 online in KURKKU FIELDS』が配信された。

そして2023年。ようやくコロナによる規制が緩和されて、7月15〜17日の3日間、ホームグラウンドであるつま恋に、9万人が声を出せる状況とともに帰ってきた。今年のテーマは「社会と暮らしと音楽と」。どこか遠い関係にあるように思える「社会」と「暮らし」と「音楽」が実はつながっていることを示唆しながら、私たちの周りで起こっているさまざまな問題と向き合うためのきっかけやメッセージが届けられた。

もう少し具体的な言葉を挙げると、近年小林が提唱している「利他」にまつわる問いかけを、この場でも持って帰ることができた。「利己」な考え方が社会全体にじわじわと侵食していることに警鐘を鳴らしながら、自分だけの利益や目先の快楽、もしくは損失などに捉われるのではなく、「利他」=「誰かのため」が、自分の心や暮らしも、ひいては社会全体も、豊かにしていくことを小林はap bankの活動全体を通して伝え続けている。

『ap bank fes』は、ライブステージ以外のエリアにもテーマが行き通っているのがフェスとしての特徴だ。約40店あるフードに関しては、倍以上の申し込みの中から、生産者の顔が見える食材や、オーガニック、減農薬にこだわったもの、フードロスなどに取り組む店舗など、環境や人の身体にやさしく、そして抜群に味がおいしいお店が選ばれていた。お客さんにお箸・カトラリーを持ってきてもらうことを呼びかけて、会場内に「マイ食器洗い場」が設置されているのも『ap bank fes』のおなじみの風景。雑貨店には、環境に負担をかけない素材で作られたものやフェアトレードの雑貨など、利益だけを追い求めるのではない方針で活動する店舗が30点ほど並び、店員さんたちが優しく説明を添えながら温かく迎えてくれる。ワークショップもさまざまで、子どもたちが自然木でスプーンを作ったり、竹にデザインを掘ったり、打楽器を鳴らしたり、思い思いの興味に一生懸命になっている姿が眩しかった。

食事にしても物にしても、日々自分の選択が、自分の身体や心を作り、社会を動かしていく。当たり前のことなのに、普段は目の前のことでいっぱいいっぱいになって忘れてしまったり想像力が及ばなかったりすることを、『ap bank fes』の会場はさりげなく気づかせてくれる。

15時になるとライブがスタート。3日間ともに、このステージに立ったのは、自分の歌で誰かになにかを与えることに大きな覚悟を持っている日本のトップアーティストたちだ。ステージ前には、彼らの音楽から生きる活力や、自分のパーソナリティや価値観を形成するものをもらっているオーディエンスが集まっている。ここからは最終日のライブについてレポートをお届けするが、最終日は、J-POPを届けるポップスターとしての姿勢と音楽性がMr.Childrenからback number緑黄色社会へと受け継がれていることがわかるラインナップでもあった。

『ap bank fes ’23 ~社会と暮らしと音楽と~』はBank Bandによる“よく来たね”からスタート。櫻井が《よく来たね 大変だったんじゃない?》と呼びかけると、2020年以来聴くことができなかった3万人の大歓声が上がる。《こんなにもいいお天気だから》という言葉がぴったりの晴天。《あれから少し優しい気持ちでいれるから》はまさに『ap bank fes』が持ち帰らせてくれる感覚を表しているよう。そこから“緑の街”、“奏逢 〜Bank Bandのテーマ〜”、“糸”とBank Bandファンにとってはお待ちかねの楽曲が続き、亀田誠治、小倉博和、河村“カースケ”智康らトッププレイヤーたちの極上の音が芝生の上に響き渡る。「最後の花火をみんなと見たいと思っています」という櫻井の言葉から始まった“若者のすべて”で、Bank Bandとしてのオープニングのステージを締めくくった。

そこから「ものすごくいい音楽で、歌がめちゃ上手い。以前イベントで共演したときから、僕の中では尊敬するボーカリストになりました」と櫻井が紹介し、緑黄色社会の長屋晴子にバトンを渡す。それに返すように長屋は、「櫻井さんとご一緒したときに好きだと言ってくれた曲。私のことを大事に育ててくれた母のことを想って歌詞を書いた曲」と語って“想い人”をBank Bandの演奏とともに伸びやかな歌声で届ける。最後は「今日のフェスの最高なところは、音楽を楽しむことが環境とか社会、誰かを想うことにイコールになること」と『ap bank fes』について語って、“Mela!”で会場のテンションをさらに上げた。長屋がステージを去ったあとに小林が思わず「いやあ、すごい。本番でこのパワーは恐れ入りました」と言葉を溢すほど、長屋はパワフルなボーカルと存在感で3万人の心を掴んでいった。

「『ap bank fes』が始まってからのレギュラーに近いアーティスト」と小林が紹介し、次に呼び込んだのはKREVA。「『ap bank fes』、5年ぶりの開催おめでとうございます。音楽フェスに声が戻ってきました、みなさんおめでとうございます」と、Bank Bandが鳴らすビートに乗りながら挨拶を交わして、“Na Na Na”でコール&レスポンスを誘う。猛暑に対して「我々人間がやってきたことの結果が今きてるんじゃね?と思うところがある。でも今までやってきたことが全部間違ってたのかといわれると、そうじゃないと俺は思うし、かといってこれでいいのかと思うと違うなって気もする」というMCから“変えられるのは未来だけ”へ。最後は「いつまでもこのような場がありますように」と願いを込めて“音色”を贈った。

次にIndividual Actとして登場したのはMOROHAMOROHAの『ap bank fes』初出演が決まった際、小林いわく「僕の周り、特に農場(KURUKKU FIELDS)で等身大で頑張ってる人たち」からの反響と期待が大きかったという。アフロの1本のマイクと、あぐらで座りながら奏でるUKのギター1本だけで、リスナー一人ひとりと向き合いにいくMOROHAは、『ap bank fes』のテーマを他のアーティストとは異なる方向から表現してくれた。1曲目“革命”から、アフロの気迫溢れる言葉がまっすぐ飛んでいく。オーディエンスの胸を撃ち抜いていく。曲中にもたびたび拍手が湧く。Bank Band“よく来たね”のサンプリングを交えて“主題歌”が届けられたことも、この日の特別なシーンのひとつだった。

ステージの転換中には、坂本龍一忌野清志郎などこれまでap bankや『ap bank fes』に関わってきた偉人たちの言葉や、書籍化された対談連載「A Sense of Rita」から岩井俊二(映画監督)、辻信一(文化人類学者)、中沢新一(思想家)などの発言、Mr.Childrenback numberの歌詞など、昨今の社会問題や「利他」にまつわるフレーズがスクリーンに映し出される。それらも一人ひとりの生き方や、人間の幸せの本質について問いかけながら、心を優しくほぐしてくれる。

17時頃に登場したback numberは、初っ端からまるでここが自分たちのホームグラウンドであるかのような盛り上がりを見せる。“アイラブユー”“SISTER”“クリスマスソング”“怪盗”“高嶺の花子さん”とヒットソングを惜しみなく演奏。そして清水依与吏が『ap bank fes』について、なにか大きなことに取り組んでいるように見えるかもしれないが「単純に命より大事なものなんかねえんだよ」というシンプルなことを伝えているものであり、「だからずっとかっこいいんだよね」と、自分なりの言葉で表現する。そして「5大ドームツアーをやったあとに、ただの後輩として、音楽に対してワクワクしながらステージに上がれることが夢みたい」と、この場にいる先輩ミュージシャンたちへのリスペクトと音楽への愛を語ってから“水平線”へ。最後に演奏した“瞬き”では、《幸せとは 星が降る夜と眩しい朝が/繰り返すようなものじゃなく/大切な人に降りかかった/雨に傘を差せる事だ》と繰り返す歌詞を通して、「利他」こそが幸せの感情を作っていくという『ap bank fes ’23 ~社会と暮らしと音楽と~』の理念を心の深いところにまで届けてくれた。

Mr.Childrenセットリストも『ap bank fes ’23 ~社会と暮らしと音楽と~』のメッセージを深く表現するものであったように思う。絶望や痛みに寄り添いながら、出口への道標を示してくれて、最後に確かな希望を見せてくれる――Mr.Childrenの楽曲は1曲ごとがそうであるが、今回のセットリストは全8曲を使って、その流れを大きく描くようだった。2日目には、戦時中の恋愛をテーマにした“ゆりかごのある丘から”が山本拓夫のサックスとともに、26年ぶりにライブで演奏されたことも話題になった。今の時代に、この場所で、極上の音とともに届けたい楽曲が丁寧に選ばれたことの証だろう。

3日間ともに序盤は“CROSS ROAD”から“雨のち晴れ”へ。ここに集まるさまざまなライフステージにいる人たち一人ひとりの、今にも疲れ果てそうなしんどさや誰かを傷つけてしまう弱さに寄り添う。3日目、小林のピアノと櫻井がハーモニカから始まったのは“横断歩道を渡る人たち”。他人は自分自身でもある、というまさに「利他」の本質を音楽で表す一曲だ。ロックアレンジを加えた“横断歩道を渡る人たち”からつなげたのは、塞ぎ込んでしまった心に自由を取り返すためのロックナンバー“HOWL”。“口がすべって”では、「怒り」や「許す」といった人間の感情をどう扱うべきかを示しながら、人と人の溝や違いのつなげ方を、沖祥子のバイオリンの清らかな旋律とともに鳴らす。そして「(暑い中)そこまでしてこの会場に足を運んでくれたみなさんになにかできないかなと思って楽屋に入ったら、鈴木くんが僕にこんなことを話してきました。『今日暑いから曲変えない?』って」と桜井が話し、1日目は“祈り 〜涙の軌道”、“幻聴”を演奏していたところを最終日は“HANABI”、“名もなき詩”に急遽変更し、Mr.Childrenの音楽にしか生み出せない一体感を作り上げた。そして最後に演奏されたのは“Your Song”。人と心を通わすとはどういうことなのか、そのために自分の心はどうあるべきなのか――そういった「自分」と「他者」、「利己」と「利他」にまつわるテーマを、Bank Bandのメンバーである小林、小倉、沖、イシイモモコ(Chorus) 、小田原ODY友洋 (Chorus)らを交えた「ボーダーレス」な編成によるリッチな音で奏でられた。

Mr.Childrenのステージが終わり、小林のピアノと櫻井の歌だけで届けられた“HERO”もあまりに特別だった。最後はSalyuもステージに呼び込んで、Band Bandの初の楽曲であり『ap bank fes』の変わらないテーマソングでもある“to U”を、櫻井とSalyuの歌声を編み込みながら届ける。《争い》や《自然の猛威》という歌詞から思い浮かぶ社会状況は、この曲が『ap bank fes』で歌われるたびに変わっていて、いつ聴いても「今」を歌った曲に思えてくる。また「利他」というテーマが、近年だけのものではなく、ap bank活動当初から軸となっている理念であることを、タイトルからも気付かされる。

「楽しんだ? 俺らも楽しんだ! どうもありがとう! 最高でした!」と櫻井は残った声とエネルギーをすべて出し切るようにシャウト。そして最後は大きな花火が上がって、『ap bank fes ’23 ~社会と暮らしと音楽と~』が締め括られた。

「社会と暮らしと音楽と」という言葉は櫻井が考えたものであるが、そのタイトル通り、それぞれの音楽を通して、社会の波に飲み込まれながら暮らす中で少しずつずれてしまった心を、居心地のいいところへとチューニングしてくれた。『ap bank fes ’23 ~社会と暮らしと音楽と~』に集まった9万人が、音楽を通じて受け取ったあらゆる感情とともに、それぞれの暮らしに帰り、明日からの社会を築いていく。なお、今年も収益はap bankの活動資金に活用されることが決まっており、具体的な使途については後日発表される。

Text:矢島由佳子 Photo:山川哲矢、藤井拓、後藤壮太郎、高田梓、中野幸英

関連リンク

ap bank fes公式サイト:
https://fes23.apbank.jp/

ap bank fes ’23 ~社会と暮らしと音楽と~