フランスの「ラファール戦闘機が史上初めて来日し、関東上空を飛来した際、実は横須賀に人知れず同国の情報収集艦も寄港していました。来航したのには日本周辺の状況が大きく関係していた模様です。

単艦で世界中を航行できるよう、あえてコンパクト

フランス航空宇宙軍(空軍)の戦闘機ラファール」と輸送機A400Mの関東飛来に沸いた2023年7月27日。実は横須賀港にもフランス海軍の艦艇が入港していました。その名は「デュピュイ・ド・ローム」。中央部に巨大な球形と多面体のレドームが置かれた特異なスタイルは、遠くからでもかなり目立っていました。

同艦は軍事偵察局(DRM)と対外治安総局(DGSE)によって使用されている情報収集艦です。日本海太平洋で中国・ロシア艦隊の動きが活発化していたため、日本周辺に展開したとみられます。

この「デュピュイ・ド・ローム」は、MINREM (Moyen Interarmees Naval de Recherche Electromagnetique:海軍合同電磁研究手段) プログラムの一環として2005年にオランダロイヤル・ニエステル・サンデル造船所で竣工しました。レーダーや無線通信、衛星信号を傍受する情報収集(SIGINT)用の艦艇であるため、設計にはフランスの大手電機メーカー、タレスも関わっています。船価は1億2200万ユーロ(約164.7億円:2005年当時)とされています。

満載排水量は3600トンで、全長101.75m、幅15.85m。日本のもがみ型護衛艦よりコンパクトな船型ですが、これは海外展開を前提にして建造されたからです。大西洋だけでなく黒海やインド洋、太平洋といったさまざまな地域を航行しつつ、補給や休養のためポリネシアやニューカレドニアなどの海外領土や同盟国の港に寄港しやすいよう、このサイズとなっています。推進システムもプロペラだけでなく、タグボートの助けなしに離着岸できるよう、バウスラスターが2基搭載されています。

竣工当時の国防大臣であるシェール・アリオット=マリー氏も「フランスを防衛するためには、監視が国内領土に限定されていては効果的と言えない。諜報活動では、その先へ積極的に進んでいき、世界のどこでも通信を傍受できるようにする必要がある」と説明しています。

1年のうち休みはわずか15日ほど

デュピュイ・ド・ローム」の船体と運航システムは商船と同じ仕様となっており、運航自体は30人の乗組員で対応することができます。航行可能日数は最大70日で、最近の年間稼働日数は約350日となっています。

特徴的な中央部の2つのレドームには、衛星信号を傍受するパラボラアンテナが格納されています。船首側の細長いマストにはARBR 21レーダー警報受信機が装備されていますが、ほかにも衛星通信や秘匿通信、海上通信の傍受を行う特殊なアンテナを搭載しています。

船尾側にも通信・会話情報の収集を行うCOMINT用のアンテナと、レーダー波などの電磁波を収集するELINT用のアンテナが備えられています。ほかにも通信設備として、「インマルサット」「シラキュース3」という2種類の衛星伝送システムを搭載しています。

収集されたデータは、乗船している陸海空軍などから派遣された技術者約80人によって処理・分析されます。武装は12.7mm機関銃2挺のみですが、必要に応じて対空ミサイルミストラル」を設置することも可能です。

ある意味、フランスの国家戦略の一端を担っているとも言える「デュピュイ・ド・ローム」が、なぜ横須賀に現れたのか。その理由のひとつには、東アジアで軍事的な緊張感が高まっていることがあげられます。同船は2014年のクリミア危機の後、たびたびボスポラス海峡を抜けて黒海に展開していました。ただ、一方で太平洋にも来航しており、2021年には台湾海峡や間宮海峡を通過し、この時も横須賀港に入港しています。

フランス陸海空軍すべて来日済み、あと来てないのは?

冒頭に記したように、日本海では7月20日から23日にかけて中国とロシアが海上合同軍事演習「北部・連合2023」を行っていました。中ロ両軍は合わせて艦艇10隻以上と航空機30機以上を派遣。28日には宗谷海峡を通過し、太平洋で合同パトロールを実施しました。「デュピュイ・ド・ローム」は広域での情報収集に対応できるため、こうして中ロ両艦隊の動向を探っていたとみられます。

フランス太平洋地域への関与を強めており、2021年5月にはフランス陸軍の歩兵部隊が来日、日米豪と日本国内で初めて訓練を行っています。その後、記憶に新しいところでは、今年(2023年)5月にフリゲート「ロレーヌ」が東京港に寄港しているほか、7月には空軍の戦闘機ラファール」と輸送機A400Mが、航空自衛隊の新田原基地(宮崎県新富町)などに飛来しました。

こうなると、フランス軍の主要装備で来日していないのは「ルクレール」戦車か、原子力空母「シャルル・ド・ゴール」ぐらいといえるでしょう。ひょっとしたら、近い将来、本当に自衛隊の中央観閲式などでフランス陸軍の戦闘車両が参加してしまうかもしれません。

在日米海軍の横須賀基地に寄港するフランスの情報収集艦「デュピュイ・ド・ローム」(深水千翔撮影)。