奨学金は、学費の負担を軽減し、学びを得ようとする多くの学生にとって教育を受ける機会を提供してくれる希望です。一方で、お金を「借りる」ため、貸付期間が終了したあとは、当然ながら返済を行っていく現実が待ち受けています。では、もし返済を滞らせてしまうと、どうなるのでしょうか。本記事では、CFPの伊藤貴徳氏がAさんの事例とともに奨学金延滞の危険性について解説します。

奨学金の返済が困難になった32歳Aさん

「個人信用機関に登録されるそうです」 

スマホに表示されている画面を見せながら、口を開くのはAさん。 画面には、個人信用機関に登録される案内のメールが表示されています。メールの宛先は奨学金の貸出先である日本学生支援機構でした。 

「いまの状況ではどう考えても返済できません……」 

Aさんが奨学金を借りるに至った経緯から、延滞までのいきさつを見ていきます。 

Aさんが奨学金の返済延滞に至った背景

Aさんが奨学金を借りようと決めたのは、大学の入学が決まった高校3年生のときでした。 3人兄弟の長男ということもあり、貯蓄だけでは教育費の捻出が厳しい家計の事情がありました。奨学金を家賃などの生活費に充てることで、都内の私立大学へ通えることになったAさん。毎月振り込まれる奨学金の額は6万4,000円。両親からの仕送りと、奨学金アルバイトの給料を生活費に大学生活を送りました。 

Aさんは大学卒業後、都内の中小企業でサラリーマンとして働き始め、現在32歳。東京都内で生活しています。 職場が合わず、転職を数回行い、その度に給与は下がっていきました。現在の手取りは月およそ20万円で、家賃や生活費を差し引くとほとんど手元には残らない状態です。

「2回目の転職あたりからですかね、次第に貯金が減っていって、ボーナスでなんとか埋め合わせている感じです」 

半年に1回受け取るボーナスでなんとか生活を続けているAさん。しかし、貯蓄残高は少しずつ減少の一途を辿っています。最近はコロナが収まりつつあり、自粛ムード解禁の流れもあって、冠婚葬祭など突発的な出費も増えてきています。そのような状況下でも奨学金の返済は毎月続きます。返済額はおよそ毎月1万5,000円。次第に毎月固定でかかる返済が重荷となっていました。 

「このままでは、将来の見通しが立たず、どうしたらいいかわからないのが正直なところです。家賃がかからないよう実家へ戻ることも考えましたが、戻ったところでまた転職をしても、これまでの繰り返しのような気もして……」 

しかし、Aさんの家計は風前の灯です。 とうとう、日本学生支援機構から奨学金延滞の連絡が来るようになります。奨学金延滞の連絡が来ると、どうなってしまうのでしょうか。 

日本学生支援機構から「奨学金延滞の連絡」が来たら…

奨学金の種類

奨学金の貸与型には、以下の2種類があります。 

第一種:無利子(成績等が一定以上の方) 

第二種:有利子 

利子には、利率固定方式と利率見直し方式があります。これは住宅ローンでいうところの固定金利と変動金利のようなもので、条件が定められています。 

日本学生支援機構「令和2年奨学金の返還者に関する属性調査結果」によると、奨学金はどのように役になったかという問いに、「家計の負担を軽減できた」が69.1%(無延滞者)と回答しており、家計の負担の軽減に大いに役立っていることが伺えます。 その一方で、家計の状況により、借りた奨学金が返せない方がいるのも事実です。 

延滞者の現状 

日本学生支援機構「返還金の回収状況及び令和元年度業務実績の評価について」によると、奨学金の延滞債権数割合は全体の6.8%となっており、未回収額は841億円となっています。 加えて、延滞をすると以下のようなデメリットがあります。 

※以下、日本学生支援機構HP一部抜粋 

個人信用情報の取り扱いに関する同意書を提出していただいている方のうち、現在奨学金を返還されている方は、延滞3か月以上の場合に個人信用情報機関に個人情報が登録されます。  個人信用情報機関に延滞者として登録されると、その情報を参照した金融機関等がその人を「経済的信用が低い」と判断することがあります。それによって、クレジットカードが発行されなかったり、利用が止められたりすることがあります。 また、自動車ローン及び住宅ローン等の各種ローンが組めなくなる場合があります。  一度登録された情報は、延滞中はもちろんのこと、延滞を解消しても一般のクレジットカードと同様に約束どおり返済している人の情報として登録され続け、返還完了の5年後に削除されます。 

3ヵ月以上奨学金の延滞を行うと、個人信用情報機関に個人情報が登録されます。 俗にいう、「信用情報に傷がつく」という状態になってしまうのです。 個人信用情報機関に登録された場合、以下のようなことが起こり得ます。

・クレジットカードが新しく作れない、利用停止となる  ・住宅ローンを利用するとき、審査に不利となる 

また、数年は履歴として残ることにも注意が必要です。 Aさんも延滞して3ヵ月を越えようとしています。このままでは、将来家を購入するとなった際に住宅ローンが組みづらくなる可能性があります。 

延滞しないためには…

延滞することのデメリットをお伝えしましたが、奨学金は一般的な金融機関からの借入と比べても低金利で、優れた制度なのは間違いありません。 大切なのは、余裕を持った資金計画を立てるということです。 

また、「奨学金は借りたお金」という認識を持つことも大切です。 学生生活のあいだは、毎月決まったお金が振り込まれることに慣れてしまいがちです。現在貸与中の方・返済中の方は、卒業後にいくらを、何歳になるまで返還する、というところまでイメージしておきましょう。 

今月の返済がヤバイ!そんなときには…

奨学金制度は、以下のような制度もあります。 

返還期限猶予制度

返還期限猶予制度:災害、傷病、経済困難、失業などの返還困難な事情が生じた場合、返還期限の猶予を願い出る事ができます。 

<返還期限猶予申請可能な収入基準>  ・給与所得の方 年間収入金額300万円以下  ・給与所得以外の所得がある方 年間所得金額200万円以下 

減額返還制度

減額返還制度により、毎月の返還金を減額して返還するように調整することができます。毎月の返済額を減らした分、返済期間は延びます。一時的な収入の減少により、毎月の返済額が負担となっているときに活用するとよいでしょう。 減額返還の収入の目安は図表のとおりです。

申請可能なケース 

【例1】給与所得者で、年間収入金額330万円かつ、本人の被扶養者2人=254万円       300万円ー(38万円×2)=254万円 

【例2】給与以外の所得を含む場合の年間所得金額230万円かつ本人の被扶養者2人=154万円       230万円ー(38万円×2)=154万円 

Aさんも、減額返還制度を活用し、「まずは無理なく返済することを続ける」ことから始めていくことにしました。 

伊藤 貴徳

伊藤FPオフィス

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)