世間をにぎわせているビッグモーターの一件。なかでも衝撃的だったのは社内でのすさまじいパワハラですが、「うちの会社も五十歩百歩」との声があるのも事実です。管理職は従業員、そして自社を守るため、どのような点に留意すべきでしょうか。山村法律事務所の寺田健郎弁護士が解説します。

パワハラは、どこの企業でも起こりうる問題

世間をにぎわせているビッグモーターの一件ですが、社内の強烈な「パワーハラスメント」に驚いたという方も多いでしょう。しかしパワハラ問題は対岸の火事ではなく、一般的な企業においても起こりうるトラブルだといえます。

管理職の立場にある人は「パワハラ上司」とならないために、どんな対策をするべきなのでしょうか。また、会社内で「パワハラ」が発生したとき、どのような対応をすればいいのでしょうか。具体的に見ていきましょう。

本人が加害者にならないための管理職・上司としての対策

パワーハラスメント」に関する問題は、法律の人事労務の分野でもかなり大きい課題になっています。

会社では、上司から部下への叱責、指導というのは必要なものです。しかしその際に「上司本人は普通に指導したつもりが、部下からパワハラだと主張された」といったことは、現場レベルでは散見されるといえます。

パワハラに関するネット記事を見ていると、

「指導は、本人の士気を向上させる目的だったらOKだが、嫌がらせ目的だったらNG」

「期待を込めてであったり、相手を肯定しているのであれば大丈夫」

といった、あいまいなアドバイスを見かけますが、そもそも論として、「指導か、パワハラか」という判別は難しいと思います。

具体的にどのような言動がパワハラにあたるのか、まずは見ていきましょう。

①人格権、自尊心を傷つける言動、大声

1つ目の気を付けるべきポイントとして〈人格権、自尊心を傷つける言動〉が挙げられます。

端的にいうと「バカ」や「死ね」といった相手を傷つけるような言葉や、大声は避けたほうがいい、ということです。

このような強い言葉をかけてしまうと、相手の自尊心に傷つけた、人格権を害するような言動をした、と認定されやすい傾向にあります。

「バカ」といった暴言のほかにも、酷い場合では「新入社員以下」や「お前なんかいらない」「やめてもらっていい」「三流大卒」といった、業務に関係のない、誹謗中傷ともいえる言動がかけられていた裁判例もあります。

②「指導」を行う場所・時間

2つ目は〈指導の場所・時間に気をつける〉という点です。

指導をしたい1人を会議室に呼び出したうえで、「お前のこういうところはよくないぞ」と叱責するのと、大勢の前で「お前のこういうところはよくないぞ」と叱責するのでは、どちらがいいかは自明だと思います。

やはり、注目を集めるような大勢の前で怒る、というようなことは避けたほうがいいでしょう。

また、時間帯というものも重要です。業務時間帯であればいいのですが、夜遅くまで残業させられていて、深夜の時間帯に指導する、ということも、パワハラと認定されやすいといえます。

③「指導」の必要性の有無

3つ目は〈指導の必要性〉です。これには、指導の原因や、社員の状況などの事情が挙げられます。

指導をする場合、必ず指導するに至る原因があります。具体的にいうと、部下のミスが原因となる場合が多いと思います。指導をすることになったミスの「回数」「重大性」「会社に与えた損害額」等の内容が、本当に指導をする必要があるものなのか、ミスに対して指導の内容が妥当なものであるか、気を付ける必要があります。

部下の能力やこれまでの経験、キャリア、年次等々を加味して、本当に指導する必要性があるのかどうかを考える必要性があります。

④正当な目的があるかどうか

4つ目は〈正当な目的を持つ〉こと。逆にいうと、不当な目的を持たないことです。抽象的な表現ではありますが、やはり、指導は部下を成長させることを目的としなければなりません。そのため、嫌がらせや、上司個人のストレス発散、退職への追い込むための行動であった場合は、パワハラとして認定されます。

もし「パワハラだ」といわれた場合、上司本人がいくら「正当な目的を持って指導した」といっても、周囲はその行動から察するしかありません。

しかし、もし2人の部下が同様のミスをした場合、それぞれへの指導を比較することは、パワハラの判断材料となります。

両方の部下を同じように叱責していたならいいですが、片方の部下を明らかに叱りすぎていて、「この部下のことを〈気に入らない〉と思うなんらかの事情があったのではないか」と、周囲に噂されるようなことがあると、いくら本人が「正当な目的を持っている」と主張しても、認められる可能性は低くなります。

部下への指導は、外部からみても「正当な目的を持っている」「正当な内容の指導である」ことが察せられる内容でなければならないのです。

パワハラの防止策

弁護士目線でいうと「パワーハラスメントなのか、指導なのか」を区別する判断基準はかなり相対的な側面があり、認定はセクハラより難しいといえます。

そのためにも、とにかく指導をする際には穏便におこなうこと、そして、周囲の人間からみて少しでも疑念を持たれるような言動は慎むことが重要です。

例を挙げると「特定の部下に強く当たる」「特別な事情がないのに、能力や時間に見合わない明らかに過大な仕事を割り振る」「当人の力量や年次にそぐわない、過少な仕事しか与えない」といったことです。

これらの点から「とにかく慎重に動くしかない」のだといえます。

法律目線のアドバイスではなく、コミュニケーションスキルの話になりますが、普段から上司として部下と良好な関係を築いておけば、いざというときに有利な証言をしてもらえるケースもあります。また、多少行き過ぎた指導をしても、普段から良好な関係が築けていれば、告発や訴訟、といった緊迫した状況になることなく、穏便な着地になりる可能性が高いといえます。

このような点からも、普段から上司・部下として良好な関係性を心がけておくことは大切であると、アドバイスとして申し上げたいと思います。

また、ある程度の規模の会社であれば、他部署に同じ職位の同僚の方がいると思います。そのような方と、どのように部下を指導しているか、叱るときはどのように叱るのか、といったことを情報交換してアンテナを張っておくことも、対策としては有効だといえます。

セクハラについて解説した記事『社会的生命も、一瞬で吹き飛ぶ…企業のセクハラ問題「絶対NGライン」』でも、自分がセクハラ上司にならないためには、自身の言動を客観視することが重要だとアドバイスしましたが、これはパワハラにも共通します。

ミスをした相手を指導する際、指導する側としては冷静を失い、熱くなってしまうことがあります。冷静さを失うと、パワハラに該当するような強い言動へと発展してしまう可能性が高くなります。そのため、常に冷静に、自分を客観視し、慎重さをもって指導することが大切なのです。

寺田 健郎 山村法律事務所 弁護士