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富士登山オフィシャルサイト公式Twitterより

8月11日の「山の日」から始まる3連休。お盆休みのレジャーシーズンとあって、登山を計画している人も多いことだろう。そんななか、「富士登山オフィシャルサイト」がTwitter(現X)でアナウンスした“ある警告”が注目を集めている。

「富士登山オフィシャルサイト」とは、環境省山梨県静岡県による「富士山における適正利用推進協議会」が運営するサイト。9日午後7時過ぎ、Xの公式アカウントで富士山の天候状況とあわせて次のように呼びかけたのだ。

《五合目はかなりの雨ですが、この時間から登ろうとする人がちらほらいます。そういう登山者ほど装備が、、、インフォメーションセンターのスタッフが必死に危険性を伝えています。富士山でこんなビニール合羽、絶対NGです!富士山ナメたらいけません!》

投稿に添えられた写真には、上下が分かれた白いビニール合羽を着用した登山者が複数人収められていた。登山者が着用していたビニール合羽は生地が薄いようで、覆っているカバンやズボンが透けて見えるのが確認できる。

この投稿はすでに554万回以上のインプレッションを集め、7200件以上リポストされている(10日16時現在)。コメント欄には《ありえなさすぎる、、、》《雨の富士山はクソ寒い!風吹いたら寒さが増して本当ヤバい》と、危険性を訴える声が続々。

さらに約2時間後の同日21時30分ごろにも、「富士登山オフィシャルサイト」は低体温患者が続出していることを報告している。

《本日夕方八合目の救護所から、低体温症患者が続出して受け入れできない状況になっているとの連絡がありました。天候で難易度、危険度は格段に上がります。濡れ、風は大敵です。せっかくの富士登山。きちんとした装備でご自身の身を守ってください!(本当はこういう日には登らないで欲しいです)》

「今春に新型コロナによる行動制限が緩和され、今夏の富士山には外国人観光客も多数見込まれています。五合目以上のルートにある山小屋は予約制となっており、コロナ前よりも定員数を減らしているそうです。そのため、お盆シーズンは例年以上に混雑が予想されます。なかには宿泊をせずに、夜通し歩いて山頂を目指す“弾丸登山”を試みようとする人もいると聞きます」(全国紙記者)

■“弾丸登山”をする人ほど装備が不十分…担当者がSNSで危険性を訴えた理由

夏とはいえ、軽装備で富士山を登るのはリスクが高いとされる。そこで本誌は、Xで注意喚起した富士箱根伊豆国立公園管理事務所・富士五湖管理官事務所の担当者に話を聞いた(以下、カッコ内は担当者)。

「当時、気温はそこまで低くありませんでしたが、雨が降ったり止んだりと天気が崩れやすくなっていました。登山バスの上り下りの最終時刻が午後6時半くらいなので、登山してきて最終バスに間に合わない方は下りる術がなくなってしまいます。いっぽう、その時刻に上がってくる方は“弾丸登山”をされる方が多いので、あえて様子を見に五合目を訪れました」

“弾丸登山”とは夜間に五合目を出発し、山小屋に宿泊せず一気に富士山登頂を目指すことを指す。担当者が訪れた時は連休前で比較的登山者は少なかったが、そのなかでも外国人観光客の比率が高かったという。

外国人観光客の方は旅行の予定も限られており、日にちをずらすこともなかなか難しいようです。天気情報なども日本人に比べて不足しがちで、悪天候の日はどうしても外国人観光客の比率が高くなってしまいます。

私がSNSに投稿した写真はたまたま日本人観光客だったのですが、あのような服装の登山者が次から次へと夕方に富士山を登ろうとしていたんです。そのような状況に危険性を感じて、SNSに投稿しました。私たちは“弾丸登山”を推奨しておりませんが、絶対的に禁止するということはできません。せめて注意喚起をして、危険であることを理解してもらおうと務めています」

また“弾丸登山”で午後6時半から富士山に登り始めるのは、時間的に「早い」とのこと。そのため、さらに危険性が高まってしまうという。

「登山者によって歩く速度は様々ですが、五合目を出発して6~7時間で山頂に着くというのが標準的なペースです。午後6時半に出発するとなれば、山頂に到着するのは深夜12時過ぎの計算になります。現在の日の出時刻は午前5時くらいですので、4~5時間ほど待たないといけなくなります。当然、上に行けば行くほど寒くなるので、寒い中何時間も待たないといけなくなってしまうのです」

■「届いてほしい人に届かない」注意喚起の陰ではジレンマも……

夏とはいえ、標高が100m上がるごとに気温は約0.6度下がると言われている富士山御来光を見たい気持ちはわかるが、命の安全がなにより大事だろう。担当者は「まず行かないでほしい、というのが最初のお願いとしてあります」と前置きした上で、軽装で“弾丸登山”をする登山者に警鐘を鳴らす。

「SNSで紹介したような簡易的なビニール合羽では、寒さで硬化するとすぐに破れてしまい、耐久性がほとんどありません。さらに風雨が下から吹き上げてくると、内側がびしょびしょになってしまいます。きちんとした登山用のレインジャケットは防水機能だけでなく、内側の水蒸気を外側に逃す透湿性に優れています。

ビニール合羽も雨を通しませんが、内側の汗もまったく逃がさないので蒸れてしまう。汗が冷えることで、低体温症になってしまう恐れがあるのです。非常に風の強い富士山では、『濡れ』と『風』がセットになるのが一番危険です」

富士山を登るには、登山向けの上下が分かれたレインジャケットとレインパンツが必須だという。

「きちんとしたものであれば、雨が降っていなくても防寒着となります。フリースなども意外と風を通してしまうので、一番上には風をシャットアウトするものを着用した方が良いでしょう。また、綿など一度濡れると乾くまでに時間がかかってしまう素材の衣服は、体を冷やす原因になりかねません。低体温症にならないよう、化繊のものを選ぶなど命を守る工夫をしていただきたいですね」

いっぽう注意喚起の発信には、“ジレンマ”もあるという。

「まだ日本語で発信した段階ですので、外国人観光客の方には発信できていない状況です。また日本人の方でも、私たちの投稿をご覧になる人というのは、日頃から登山に興味があってアンテナを張っている人たちではないかと思います。ですがビニール合羽のような軽装で富士山を登りに来る人たちは、服装などについてあまり調べていない方が多い印象です。そういった人たちに届いてほしいと願っていますが、届いていない状況にジレンマを感じます。外国人観光客に向けて、これから英語表記でもアナウンスする予定です」

最後に、担当者は登山者に向けてこう思いを語る。

「天気を選んだり、装備をきっちりしていただければ、安全や快適度は格段に上がります。せっかく富士山を訪れていただくなら、登山の体験を良いものにしていただきたい。万が一遭難してしまうと、山小屋を運営される方々も救助に手を取られてしまい、本来の業務に支障をきたしてしまいます。なかには病気による心肺停止や事故などで、本当に救助が必要な人もいます。そちらに手が回らなくなることもあるので、避けられることは事前にご本人の責任できちんと準備をしていただくことが大切でしょう。登山をするご本人だけでなく、富士山にかかわる全ての人々のためにもなると思います」

楽しい登山体験にするためにも、入念な事前準備を心がけたいものだ。