2013年にPlayStation3⽤ソフトとして発売されたゲーム史に残る傑作「The Last of Us」を、「チェルノブイリ」などで知られるクレイグ・メイジンが、HBOで巨⼤な製作費をかけて実写ドラマ化。寄生菌が地球全体に蔓延し、多くの人間が凶暴な”感染者”となり荒廃した世界を舞台に、娘を失った中年男性・ジョエル(ペドロ・パスカル)と寄生菌の抗体を持つ10代の少⼥・エリー(ベラ・ラムジー)が出会い、絆を育みながら過酷なサバイバルへと⾝を投じていく。

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この世界的大ヒットとなった「THE LAST OF US <シーズン1>」のパッケージ発売を記念して、ゲームクリエイターの小島秀夫にインタビューを敢行。「THE LAST OF US」映像化成功の秘訣から、大ファンだと語るペドロ・パスカルの魅力、そして近年注目度が高まってきている“ゲームIPの映像化”についてまでたっぷりと語ってもらった。

■「世界的ゲームIPを映像化するうえで押さえておくべき点が、完璧に描かれていた」

――本作は「理想的なビデオゲームの映像化作品」と評されていますが、なぜここまでの反響を得ることができたのか、率直なご意見をお伺いしたいです。

「映画ではなく、HBOでテレビドラマとして製作することにしたのが大正解でしたね。2時間ちょっとで本作の物語を描ききるのは難しいし、映画だと見せ場を増やすために、物語とは関係のないシーンがどんどん付け足されたりして、全然違う作品になってしまう可能性もあります。そこをクレイグ・メイジンさんやニール・ドラックマンさんがショーランナー(製作総指揮者。コンセプトやストーリーの骨格など、ドラマ製作を統括する)として、巧みに道筋をつけていったことが成功の秘訣だったのではないでしょうか。ゲーム業界的にも、ゲーム版のクリエイティブディレクターや脚本を手掛けていたニールさんが参加していることは話題として大きかったですね。今後こういう事例が増えてくると思います」

――全9話からなるシーズン1をご覧になられて、特に印象に残っているシーンや演出を教えてください。

第1話冒頭にあった寄生菌に関する討論会をするところですね。ジョージ・A・ロメロ監督の『ゾンビ』のオマージュのようなシーンで、ゲーム版にはない場面ですが、作中で起こるパンデミックの原因を端的に説明している手法が印象的でした。最近のドラマや映画では冒頭に派手なシーンを見せて興味を引いて、説明的な部分は数秒でさらっと流してしまう演出が多いんですが、説明部分をしっかり見せることで、作中で起きる出来事にリアリティを持たせているのが『よくわかっているな』と思いました」

――寄生菌の存在をしっかり解説しているので、作中に登場する“感染者"の存在にもリアリティがありますよね。

「本作で主人公たちを襲うのはゾンビではなく、寄生菌の感染者たちですからね。その設定に違和感を感じさせず『この世界ならそうなるか…』と納得できるように仕上げているのが上手いですね」

――本作は高い技術を駆使した美麗な映像も魅力の一つですが、小島さんがシーズン1を観て感じたことを教えてください。

「『The Last of Us』といえば“春夏秋冬"それぞれの季節を描いた演出も高く評価されているポイントなんですが、ドラマでもそれを再現している。特に終盤にかけての冬の場面には目を見張るものがありましたね」

――夏から始まり春で終わる物語でしたね。季節の移り変わりが場面の転換だけでなく、登場人物たちの心情に寄与しているのも魅力でした。この美麗な映像を作り出している撮影や美術、VFXにおいて、これはすごい!と思われたところはありますでしょうか。

具体的な箇所ですと、2話で避難する人々が集まっている建物に感染者の群れが迫ってくるところを真上から映すシーンが良かったですね。『マッドマックス2』の冒頭にも似たような演出があるんですけど、こういうシーンだと、普通はどんどんカメラが寄っていく手法を取りがちなんですよ。でも本作では、感染者に寄らずにずっと一定の距離のままで映し出していることで緊張感を維持し続けているのがすごいなと思いました。あと9話に登場するキリンは、CGではなく本物のキリンを撮影していると後に知って、とても驚きました」

――本作の3話は、特に“神回”と呼ばれて人気を博していました。HBOでの視聴者数もそこから急激に増加した回となりましたが、小島さんのご感想をお聞かせいただけますでしょうか。

「3話に関しては、唐突に主人公たちと異なる視点に切り替えることで世界観の広さを表現するという、テレビドラマで特によくみられる演出手法が使われていたのが印象的でしたね。本作では、1話はクレイグさん、2話はニールさんが監督を務めていますが、この2話までで『The Last of Us』という世界的ゲームIPを映像化するうえで押さえておかないといけない、ゲームファンが期待するであろう要素が完璧に描かれていました。

そして、以降のエピソードでは『ボーダー 二つの世界』や『聖地には蜘蛛が巣を張る』のアリ・アッバシ監督や、『サラエボの花』や『アイダよ、何処へ?』のヤスミラ・ジュバニッチ監督など、渋くて力のある監督が演出を務めている。それぞれの監督が独自の色を出しつつも、あくまで『The Last of Us』の世界観に沿った、クレイグさんとニールさんのクリエイティブの元に成立しているものになっていました。だから、第3話のような独自の展開や構成も、すべてクレイグさんたちの計算のうちだったと思いますし、そういった演出ができる監督たちを連れてきたクレイグさんの手腕は流石だと思いましたね」

■「ペドロの魅力は、セリフや演技を超えた存在そのもの」

――本作はゲームへの再現度だけでなく、ジョエル役のペドロ・パスカルをはじめとした俳優陣にも注目が集まりました。

「俳優陣はもう最高でした!特にペドロさんは、『ナルコス』も観ていて、もう大ファンです。僕の作品でも、ぜひキャスティングしたいと思っていたのですが、本作の大ヒットで、もうこれからは呼ぶのがかなり難しくなったんじゃないかな(笑)」

――小島さんは、ペドロ・パスカルのどのような魅力に惹きつけられたのでしょうか。

「セリフや演技という点だけではなく、存在そのものがいいんですよ。ただ黙って佇んでいるだけで、心の内にある痛みを感じさせる…といいますか。スティーブ・マックイーンみたいな感じですよね。ここまで世界的に“ジョエル=ペドロ・パスカル”というイメージがつくと、今後はゲーム版でもペドロが演じるしかないんじゃないかと勝手に気にしています(笑)」

――第8話では、ゲーム版でジョエルを演じていたトロイ・ベイカーがジェームズ役で出演していましたね。

「ゲーム版の主人公が、ドラマではあんな目にあってしまう役どころを演じている…というのも、この作品ならではのおもしろいポイントですね。トロイさんは、僕のゲーム『METAL GEAR SOLID V』『DEATH STRANDING』をはじめ、様々なゲーム作品に出演しているので、ゲームファンからすれば、彼が出てくるだけでニヤリとなるんじゃないかと。最終話では、ゲーム版でエリーを演じたアシュレー・ジョンソンが登場するシーンに引き込まれました。冒頭、林の中を妊婦が走っていて、カメラが後ろから追いかけていく。部屋に逃げ込み、扉の方に振り向くとようやく顔が見えるという演出になっていて、そこで視聴者が、エリーの母親を演じているのがアシュレーだということに気づく。そうしたサプライズも含めて、見事に感情をコントロールされる作品ですね。

ちなみにここは、僕が手掛けた『メタルギアソリッド4』で、主人公のスネーク大塚明夫さんに、宿敵であるビッグ・ボスは明夫さんの実の父親である大塚周夫さんに声を担当していただいた演出に通じるものを感じて、初めて観たときは『おっ!』となりました」

――原作の雰囲気を忠実に再現しつつ、そのうえで驚きのキャスティングも実現しているというところに、制作陣のこだわりといいますか、遊び心が感じられますね。

「個人的には、ゲーム版からセリフをいっさい変えずに、そのまま再現しているところもすごいなと感じました。ゲームとしてはベストな言い回しや掛け合いであっても、実写の撮影現場で俳優さんに演じてもらうとなると、空気感や距離感は変わってくるものだと思います。それをそのままの形で再現しているところからも、ニールさんたちの作品に対する絶対的な信頼といいますか、愛情を感じられました」

■「普段ゲームをしない人にも作品の魅力や物語を伝えられることが、ゲームIPの映像化で重要なねらい」

――本作をはじめとするゲームIPの映像化が、近年注目されていると思いますが、小島さんのご意見をお聞きしたいです。

「ゲームIPの映画化は昔から行われてきましたが、いろいろな創り手の人たちが『こうしたほうがもっとウケる!』と、設定を大幅に変えてしまうといったように大胆なチャレンジをした結果、従来のファンにも受け入れてもらえず興行的に失敗してしまった例はいくつもあると思います。近年ではその反省を活かしてか、『皆がゲームでプレイしたあのシーンを、映画でも忠実に再現しよう』という風潮になってきているように感じます。

でもそれは、もともとゲームが『あの映画のようなワンシーンを自分で操作できたら、きっとおもしろいよね』という発想から作り出されているのに、それをまた実写などの手法で映像化し直していることになるので、エンタメ作品として考えたときに本当にそれでいいのかな、という疑問も生じると思うんです。でも、映画とゲーム、どちらから入ってもしっかりと作品そのものを楽しめるのは良いことだと思いますし、それも今後新しいスタイルとしてユーザーに受け入れられていくのだろうと思います。特に今回の『THE LAST OF US』に関しては、ニールさんたちがしっかりと舵取りをしているからこそ、こうしたスタイルが実現できたんでしょうね」

――ドラマ版で作品を知り、ゲーム版もプレイしてみよう…と考える人は多いようで、アメリカではドラマの放送後、ゲームの売り上げも大きく伸びたそうです。

「ゲームIPの映像化の重要なねらいはそこですからね。普段ゲームをしない人や、そのタイトルに触れてこなかった人にこそ、作品の魅力、物語を伝えたいという。正直な話、ゲームをプレイすることってなかなか大変なんですよ。例えばアクションゲームのようなジャンルだと、操作が難しくて先に進めなかったり、何回やってもクリアできないから、途中で諦めてしまった経験がある人もいると思います。そういった方たちにも楽しんでもらえるように、ノベライズやコミカライズといった手法を取ることも多いです。この観点から見ると『The Last of Us』のドラマ化は最高の成功例だといえるでしょうね。

今後のゲームIPの映像化のなかでは、個人的にはニール・ブロムカンプ監督の『グランツーリスモ』が新しい切り口だなと思って注目しています。ゲームのプレイヤーだった若者が、実際にプロのレーシングカードライバーになるまでを描くという実話を基にしたストーリーだそうで、こういった形でゲームと映画をリンクさせるのは、おもしろい手法だなと感心しました」

――小島さんが手掛けられたゲームを映画化し監督を務めるとしたら、「このような展開にしたい」というプランなどはありますか。

「現在発表されている映画版『デス・ストランディング』には、プロデューサーという立場で携わっており、監督というポジションではありません。自分で考えた演出やストーリーは、やはりゲームとして表現したいですね。もし仮に映画で監督を務めるとしたら、ゲームとはまったく関係のない、映画のための企画を立ち上げるところから始めるでしょうね。ただ映画にまで手を出すと、ゲームを作る時間がなくなってしまうので、多分やらないだろうなあ(笑)。

ちなみに『デス・ストランディング』では、こういう展開にすればきっとヒットするだろうなという大掛かりな手法は使わずにいきたいと思っています。成功するかどうかわからない、普通なら絶対に使わないような表現で、ゲーム原作の作品だと分かってもらえるような作風を考えていて、いまはその最適な見せ方を模索しているところです。インディーズ映画寄りといいますか、こういった表現もアリなんじゃないかなとは思っているんですけど、過敏に反応する人も出てきそうなので、公開したときにどのような感想が返ってくるか、いまから楽しみです」

――いろいろと貴重なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございました。最後に、現在製作中の『THE LAST OF US』シーズン2について、期待していることを教えていただけますでしょうか。

「シーズン2がゲーム版の2作目を踏襲したものになるかが気になります。そのままだと主人公がジョエルでなくなってしまうので、個人的にはやっぱりペドロさんがもっと活躍する姿を観たいです(笑)。あと、今回も個性的な監督の方々が参加されていたように、次作にはどんな方が起用されるかにも注目したいですね。いずれにせよ、『The Last of Us』というIPを映像作品として最大限に表現してゆく、奇跡のようなシリーズとして続いていってほしいと期待しています。」

取材・文/ソムタム田井

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