ウクライナオデーサ駅に着いた客車列車(写真:新田浩之)

2023年6月、「ウクライナ新幹線」構想が報じられ大きな反響を呼びました。その実現可能性について考える前に知っておきたいロシアウクライナの「軌間」について、鉄道ライターの新田浩之さんに解説していただきました。(鉄道チャンネル編集部)

産経新聞6月27日付の記事の中で、ウクライナのクブラコフ副首相兼インフラ相が「新幹線」を整備する意向であることを伝えました。

現在、ほとんどのウクライナの鉄道の軌間はロシアと同じ広軌(1520mm)です。以前からウクライナでは標準軌(1435mm)による高速鉄道の建設が話題となっていました。なぜ、ウクライナロシアは広軌なのでしょうか。ウクライナ以外でも標準軌の高速鉄道計画は存在するのでしょうか。

そもそもなぜロシアは広軌を採用したのか

シベリア鉄道機関車(写真:新田浩之)

最初にウクライナの隣国であるロシアが広軌を採用した理由から見ていきましょう。巷では「戦時にヨーロッパ諸国が鉄道を使ってロシアへの侵攻を防ぐために広軌にした」という説が聞かれます。しかし、この説を裏付ける資料はなく、あくまでも「俗説」にすぎません。

ロシアで最初に鉄道が開業したのは1837年のこと。区間は当時の首都サンクトペテルブルクから皇帝離宮のあったツァリスコエ・セロ間23kmでした。

ロシア最初の鉄道建設に関わったのがオーストリア帝国籍のチェコ技術者フランツ・アントン・フォン・ゲストナ―でした。

ゲストナ―は軌間を決めるにあたり、標準軌は大きな機関車には狭すぎると主張。広軌にすれば、パワフルな機関車と重量のある貨車を安全かつ高速運行できるとし、軌間1829mmが採用されました。

19世紀中頃、サンクトペテルブルクモスクワを結ぶ鉄道建設が持ち上がり、再び軌間の問題が浮上しました。軌間1829mmを維持するか、それとも狭くするかで意見が分かれたのです。

1829mm反対派は1829mmにしたところでたいしたメリットはないと述べ、さらにサンクトペテルブルクモスクワ間は長距離であることから、コスト面の課題も提起。最終的に、6フィート1829mmよりも少し狭い1524mmでの建設が決まりました(※)。

確かに1829mmよりも狭くはなりましたが、それでも標準軌1435mmよりは広いことに変わりはありません。1524mmを採用した背景として、機関車の製造・メンテナンスのしやすさが挙げられます。

また、サンクトペテルブルクモスクワ間は他のヨーロッパ線と接続する予定はなく、あくまでも単独路線としての運行を考えていました。

こうして、1851年にサンクトペテルブルクモスクワ間は1524mmを採用した上で無事に開通。結果的にロシアの鉄道はサンクトペテルブルクモスクワ間に合わせるように建設され、最終的に広軌1524mmが標準規格となりました。

※現在のロシア鉄道の軌間は1520mmとなっています。ソ連国鉄は1970年代から順次、軌間1524mmから1520mmに変更しました

歴史に翻弄されたウクライナの鉄道

次にウクライナ鉄道の軌間について見ていきます。ウクライナで鉄道が開業したのは1861年のことです。当時、ウクライナは独立国ではありませんでした。領土のほとんどは東のロシア帝国、西のオーストリア帝国に属していたのです。

ウクライナオデーサ駅(写真:新田浩之)

1861年の開業区間はリヴィウ~プシェムィシル(ポーランド)間となり、リヴィウはオーストリア帝国領でした。そのため、軌間は標準軌1435mmでした。

その後、ロシア帝国に属するウクライナでも鉄道建設は進みましたが、こちらの軌間は1524mmでした。

20世紀に入ると、ウクライナソビエト一共和国としての道を歩むことになりました。そのため、ほとんどの路線が1524mmとなり、ソビエト連邦のネットワークに組み込まれたのです。1991年ウクライナソビエト連邦から独立しましたが、現在に至るまで標準軌間は1520mmのままです。

ロシア離れを象徴する標準軌

旧ソ連の国でウクライナのように1435mmの高速鉄道を推し進めている国がバルト3国のエストニアラトビアリトアニアです。これらの国々も標準軌間は1520mmです。

バルト3国は「レールバルティカ(Rail Baltica)」計画を進めています。これはバルト3国を南北に横断し、ポーランド国境に至る新線です。軌間は1435mm、最高速度は200km/h以上を計画しています。2019年に建設が開始され、完成予定年は2026年以降です。

レールバルティカは北欧からバルト海を経て中欧・西欧を結ぶヨーロッパを強く意識した路線です。バルト3国にとってロシアは隣国にもかかわらず、レールバルティカでは一切考慮されていません。

ウクライナの「新幹線」計画の詳細は明らかになっていませんが、1435mmを採用する以上、ヨーロッパ諸国との連携は明らかです。逆にロシアとは断絶することを意味します。

ところで、ウクライナの南隣に位置する旧ソ連モルドバはどうなるのでしょうか。モルドバの標準軌間も1520mmですが、ロシアとは国境を接していません。もしウクライナから西側へ向かう新線を建設するなら、モルドバを通る可能性も高そうです。ウクライナと一緒にモルドバにも「新幹線」が建設される日は来るのでしょうか?

記事:新田浩之