トランプ起訴の検事、判事も標的リストに
アメリカ合衆国は恐ろしい国である。大統領を暗殺しようとする者が後を絶たない。
暗殺したいとSNS に投稿しただけで米連邦捜査局(FBI)が動き、抵抗すれば問答無用で射殺されてしまう。
何しろ、この間まで大統領だった人物が反乱扇動罪で裁判にかけられ、無罪を主張して次期大統領選に立候補し、目下選挙キャンペーン中だ。
刑事被告でも大統領選に出られるし、共和党支持者の7割が同党の大統領候補にしたいと答えている。
政治理念や社会通念をめぐって保守派とリベラル派が真っ向から対立し、分裂の度合いを深めている。
メディア報道も二極化し、対立をあおり、一方で銃の野放し状態は未来永劫続きそうだ。
そうした「ノーマルではない国家」であれば、今回ユタ州で起こったFBIによる「MAGAトランパー」(=トランプ信奉者、容疑者は自らをこう呼んでいた)射殺事件も日常茶飯事な事件なのかもしれない。
事実、西海岸の雄、ロサンゼルス・タイムズも同事件を10ページ目の紙面に「バイデンを脅した容疑者殺される」と淡々と報じている。
容疑者は大卒、モルモン教徒か
事件の概要はこうだ。
FBIは8月9日、ジョー・バイデン大統領の暗殺を計画していた西部ユタ州在住の男を射殺した。バイデン氏が遊説で同州ソルトレイクシティを訪問する数時間前の出来事だった。
FBIの捜査官数人が同日午前6時すぎ、男の自宅で逮捕状と捜索令状を示そうとした際に、抵抗したため射殺された。
男の名前はクレイグ・デリュー・ロバートソン(75)。
モルモン教系のブリガム・ヤング大学卒。一応、インテリである。しっかりした政治信条を持っていたものと思われる。
州認定の構造物試験士として45年間働いた後、現在はソリやクリスマス用の木製トナカイを作って悠々自適な引退生活を送っていた。
離婚歴が1回、再婚し、息子2人、娘1人がいる。自宅のガレージからは銃や弾薬などが大量に見つかった。
(Utah Craig Robertson Wiki, Obituary, Age, Wife, Kids, Net Worth & More)
ロバートソン容疑者は、SNSにこう投稿していた。
「バイデンがユタに来るらしい。狙撃銃のほこりを取り払っている。今こそ大統領暗殺の好機だ。まずジョー(・バイデン大統領)、次にカマラ(・ハリス副大統領)だ」
3月19日にはこう投稿していた。
「最低限、目指すのは(トランプ氏を起訴したニューヨーク・マンハッタン地区検察の)アルビン・ブラッグだ」
「ブラッグは(億万長者の)ジョージ・ソロス*1とも繋がっている。ブラッグは駐車場で殺す」
「そのほか標的は、司法長官のメリル・ガーランド、ニューヨーク州司法長官のレティア・ジェームズ、(反トランプの急先鋒)カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムだ」
*1=ソロス氏がトランプ氏追及に動いているという情報は、トランプ氏がしきりとSNSで流している。ロバートソン容疑者はトランプ情報を克明にチェックしていたことが分かる。また、親トランプ情報一辺倒なFOXニュースやブライト・ニュースから政治情報を得ていたこともうかがえる。
SNSプロバイダーは直ちにFBIの「米脅迫オペレーション・センター」(National Threat Operation Center) に通報し、FBIはロバートソン容疑者の自宅を監視してきた。
そして8月9日の投稿文を見て、FBIは逮捕に踏み切ったわけだ。容疑者が発砲したため、FBIは射殺した。
(FBI fatally shoots man in Utah who allegedly threatened Biden, Alvin Bragg and others)
ロサンゼルス市警の関係者の一人はこう述べている。
「容疑者は確信犯であり、死ぬ覚悟だったようだ。これを『警察官による自殺』(Suicide by cop)という」
「警察官に撃たれたが、銃殺されることを覚悟した事実上の自殺行為という意味だ」
5月にはホワイトハウスに車衝突事件
FBIは通常、大統領を狙った暗殺未遂についてあまり公にしない。これまでにメディアが報じたバイデン暗殺未遂は2件。
2020年10月、ノースカロライナ州に住む19歳の白人男が銃器や弾薬、それに50万ドル(親から相続したカネとみられる)の現金を車に搭載してデラウェア州のバイデン氏の私邸に向かっていたところを逮捕された。
SNS上に暗殺を予告していたからだ。ナチスのカギ十字が見つかっている。
2023年5月には、ミズーリ州に住むインド系の男がレンタカーのトラックでホワイトハウスに乱入したケースがある。ナチス信奉者だった。
一方、トランプ氏の暗殺を狙ったケースは、報道された直近のケースだと、2020年9月、カナダ人の53歳の女がトランプ氏に「2020年の大統領選から降りろ」と要求、毒性のあるリシンを入れた手紙を送りつけたもの。
その後、米国に入国しようとしたところをFBIに逮捕されている。有罪判決を受け、終身刑で服役中だ。
(Security_incidents_involving_Donald_Trump)
暗殺された大統領は4人、未遂は11人
これまでに在任中暗殺された米大統領は以下の4人だ。
エイブラハム・リンカーン第16代大統領(1865年)
ジェームズ・ガーフィールド第20代大統領(1881年)
ジョン・F・ケネディ第35代大統領(1963年)
暗殺が失敗に終わったり、未遂だったのは、以下の11人だ。
アンドリュー・ジャクソン、エイブラハム・リンカーン、フランクリン・ルーズベルト、ハリー・トルーマン、ジョン・F・ケネディ、リチャード・ニクソン、ジェラルド・フォード、ロナルド・レーガン、ビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ
(List_of_United_States_presidential_assassination_attempts_and_plots)
米歴史学者のジェームズ・クラークによれば、暗殺未遂者のほとんどは理性的で、はっきりした政治的動機を持っていたという。
(James-Clark-American-Assassin-Sparknotes)
FOX視聴者とトランプ票が1つ減っただけ
今回の暗殺未遂のケースも、トランプ氏を刑事罰で起訴した検事や判事、さらには特別検察官を任命した司法長官、そして大統領を暗殺しようとした政治的動機がはっきりしている。
まさに相次ぐ起訴をトランプ氏が「バイデン政権による意図的な魔女狩りだ」とする主張に共鳴した確信犯だった。
大統領暗殺未遂事件にそれほど驚かない(?)米国民は今回の事件をどう見ているのか。
隣人の元会社重役(民主党支持者)は、筆者の質問にこう答えている。
「FOXニュースはまた1人視聴者を失い、トランプはまた1票票を失った。射殺された男の死を悼む涙は一滴も出てこない」
「この男は死にたかっただろう。言ってみれば、FBIが自殺幇助したようなものだ」
「これから大統領選に向けた道行きでこの種の男が何人出てくるか。不思議なことは、トランプの命を狙う極左の暗殺者が出てこないことだ」
目下のところ、今回の大統領暗殺未遂事件について論ずる米主要紙の社説もないし、コラムニストもいない。
安倍晋三元首相の暗殺事件の時には、米メディアは「治安が良く安全で銃規制の厳格な日本でなぜ、元首相が銃弾に倒れたのか」と大騒ぎした。
むろん、暗殺と未遂の違いはあるが、この冷静さ(?)は外国人オブザーバーである筆者にとっては奇異に映る。
おっかない国だ。
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