リターンを重視するアメリカ人とリスクばかりに目が向く日本人では、家計金融資産の構成比が大きく異なり、両国の「現預金」と「株式・投資信託」割合は正反対です。本稿では、阿部智沙子氏の著書『最強の株の買い方「バーゲンハンティング」入門』から一部を抜粋し、なにかと“良からぬこと”のように語られることの多い日本の現預金比率の高さが、次回の「バーゲン」時には強力な武器になるという側面についてみていきます。

あまりに低すぎる米国家計金融資産の「現預金」比率

投資をするうえで現金がいかに重要か、株の売買をしている人ならば骨身に染みていると思います。「現金個人」の徹底した逆張りによる“安く買って、高く売る”も、十二分な現金を持っていなければできません。

ですから、家計金融資産のうち「現預金」が5割以上の日本の個人は実に頼もしい。株や投資信託の構成比率は低く、市場が大暴落しても損傷は軽微です。いつでもバーゲンハンティングに参加できる潜在力に溢れていると、常々感じています。

ところが、世間の論調を見ると、日本の家計金融資産は現預金に偏りすぎている、投資の比率が低すぎると、何か良からぬことのように語られていたりします。メディアなどによく登場する「貯蓄から投資へ」という表現は、その論調を象徴しているようにも思えます。

そして、そこに必ずといっていいほど出てくるのが、欧米の家計金融資産との比較です。

その比較で何より興味深いのは、米国の「現預金」「株式・投資信託」の構成比率が日本と全く逆であること。日銀が公表しているデータによれば、22年3月末時点での日本の家計金融資産の現預金比率は54.3%、米国はわずか13.7%。株式と投資信託の合計は日本が14.7%、米国は何と52.4%です。

日本が現預金に偏りすぎだというのなら、米国は投資が多すぎ、現預金があまりに少なすぎるのではないでしょうか。

たとえば、金融資産額が1000万円で、そのうち500万円が現預金、株・投資信託が合計150万円とします。日常生活資金をはじめ、マイホームの頭金や子どもの進学費用といったライフイベント資金、旅行や趣味に当てるお金、さらに何か急な入り用ができた場合のことを考えれば、現預金500万円が多すぎるとは思えません。

個人的な印象で言えば、投資の150万円も少ないとは決して思えない金額です。

他方、米国は1000万円のうち500万円が投資。現預金は150万円しかありません。これで何かあって現金が必要になったとき大丈夫なのか、心配にさえなってしまいます。株や投資信託を売れば現金はいつでもつくれると言うかもしれませんが、そのとき市場が低迷していて株価が安くても気にしないのでしょうか。

投資のリスクとリターン、どちらを重視するかが日米の違い

おそらくアメリカ人はそれで何一つ困りません。

というのは、金融資産額が1000万円ではなく、1000億円だとしたら、現預金の比率が1割でも100億円。わずか0.5%でも50億円です。いつでも使える現金がそれだけあれば、残りの金融資産が全部株であっても全く構わないでしょう。

そのくらいの金融資産を持っている個人が米国には日本の20倍近くいると見られます。米経済誌『Forbes』が22年4月5日に発表した「2022年版World’s Billionaires(世界長者番付)」を見ると、1位がイーロン・マスク氏、2位がアマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏。トップ10のうち、8人が米国人です。

このランキングは10億ドル以上の資産を保有している人が対象で、22年は2668人。そのうち750人弱、約3割が米国人だそうです。日本人は、54位の柳井正氏を筆頭にランクインしているのは40人。この40人の資産額を合計してもマスク氏の資産額に及びません。

『Forbes』誌では、その後9月に米国の富豪400人の番付「フォーブス400」を発表しています。上位の富豪の顔ぶれから察するに、おそらく金融資産の大方は株式で、そのぶん現預金比率はかなり低いでしょう。米国の家計金融資産で「株式」の比率が高く、「現預金」の比率が低いのは、こうした錚々たる超大富豪の構成比率が反映されていることが背景のひとつだと考えられます。

「偏りすぎ」なのかどうか

また、金持ちになりたければ金持ちの真似をしろ、とはよく言われることです。

米国には「金持ち=株をたくさん持っている」という現実があります。その人たちは株価の上昇、投資のリターンによってより一層金持ちになっています。

それは世界的超大企業の創業・経営者だけでなく、バフェット氏のように投資で大成功した人もいます。そうした社会に身を置いていれば、金持ちになりたければ株を買う。誰から何を言われなくとも「現金を持っているより株を買ったほうがいい」という考え方が中間層にも浸透するでしょう。

読売ジャイアンツの投手でメジャーリーグでも活躍した高橋尚成さんがデーブ大久保さんのYouTube チャンネルに出演したときに話していたのですが、「日本人が『貯金をするのが当たり前』のように、アメリカ人は“金融”に投資するのが当たり前と思っている」そうです。

メジャーリーグでは球団側が選手の年俸の一部を株で運用しているとのことで、それも当たり前なのでしょう。「アメリカでは、お金が生活を豊かにしてくれる。お金がお金を生んでくれると、みんなそう考えている」と言っていました。

そうした社会の風潮も、家計金融資産における現預金の比率が低く、投資の比率が高い一因になっていると思われます。

日本にはまずもって米国のような超大富豪がいません。また、日本で金持ちのイメージと言えば、おそらく「株をたくさん持っている」ではないでしょう(「金持ち=地主」ではないでしょうか)。たとえばファーストリテイリングの柳井社長兼会長が3兆円もの資産がある、その資産の大半は2200万株保有している自社株だと聞いても、金持ちになるには株をたくさん持つことだ、とは考えないと思います。

前年トップだったソフトバンク孫正義氏が今回3位に落ちたと聞けば「投資でやられたからだろう」、イーロン・マスク氏の資産額を知れば「テスラの株価が10%下がったら2兆円以上も吹き飛ぶのか」と、投資のリスク面に目を向ける人が多いのではないでしょうか。

つまり、株、あるいは投資に対して、米国人はリターンを重視する、日本人はリスクを重視する。

そうした感覚を持たれやすい社会になっていることが、家計金融資産の構成比率に現れているのだと思います。投資のリスクとリターンは表裏一体ですから、どちらが正しいも間違っているもありません。リスクを重視する日本人は現預金が5割。リターンを重視する米国人は株・投資信託が5割。

それぞれの社会がそうした選択に導いているのであれば、それを「偏りすぎ」だと言ったところで仕方がありません。

前回の反省を踏まえて“次”の機会にも是非ご参加を

そもそも、一体何ゆえの「貯蓄から投資」なのでしょうか。いまの時代、安全性重視で貯蓄ばかりしていたら資産はつくれない、リスクを覚悟で投資をしなければ将来お金に困るようになる、という忠告の意味があるだろうことは理解できます。

しかし、どうもそうとは思えない「貯蓄から投資へ」の推奨もあるようです。たとえば、貯蓄は「すぐに使うお金」で流動性のある預貯金、「すぐに使わない、増やしておきたいお金」は投資を勧める記述を時折目にします。

子どもの教育資金は後者だそうです。

確かに増やしたいのはヤマヤマですが、肝心の大学受験の年になったら減っている、場合によっては大幅に減っているかもしれません。それでもいいのでしょうか。そのときはそのときで、進学は諦めて就職しろ、とでも言うのでしょうか。

子どもの進路を相場頼みにしてまで「貯蓄から投資へ」を推奨する意図は何だろうかと、リスク重視の日本人からすると、かえって敬遠されるのではないでしょうか。

もし、将来の資産形成のために「貯蓄から投資へ」を推進したいのであれば、それこそ世界同時株安で株式市場が大暴落したときに、期間限定で「この期間中に買った株式は売却時期を問わず1000万円まで非課税」といった特別措置を講じてはどうかと思います。

そうすれば、貯蓄は投資のほうへ、おそらく一気に向かいます。

と同時に、これは株式市場という国富の劣化を食い止める一助にもなり、そして個人の資産形成にも役立ちます。いいことずくめの、極めて効果の高い「貯蓄から投資へ」の促進策ではないでしょうか。

以上はいかにも現実味の薄い話で期待しても無駄だと思いますが、それはさておき、現金を多く持っていては将来お金に困る、ということはありません。その現金は、これから訪れるであろう数々のチャンスに使うことができます。現金が多いほど、その選択の幅は広がります。

ローリスク・ハイリターンを目指すバーゲンハンティングはその選択肢のひとつです。一度バーゲンに参加した人は、是非、現金を増やして“次”の機会にも参加してください。

現金を多く持っていれば、間違いなく、より有利に、より自由に立ち回ることができます。前回の反省を踏まえて、超格安で拾う銘柄の範囲を拡げる、買う数量を増やす、買うタイミングを分散する回数も増やせます。将来に向けての資産形成はこれでさらに大前進です。