大谷 達也:自動車ライター

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BEVとして、クルマとして

 これは偏見とか先入観が半分くらい入っているかもしれないけれど、同じ電気自動車(BEV)に乗るなら、BEV専業メーカーが作ったものより既存の自動車メーカーが作ったもののほうが安心できるし、しっくりとくることが多い。

 冷静に判断すれば、たとえばテスラとかBYDが作ったBEVだって全然、悪くない。それに、たとえば一充電あたりの航続距離とか充電スピードでいえば、テスラはライバルに優っていることが多いし、BYDはデザイン性やコストパフォーマンスなどで独自の地位を築いている。だから、彼らが作るクルマはダメだなんて、私はこれっぽっちも思っていない。

 それでもやはり、エンジン車を長年手がけてきた自動車メーカーが作るBEVはどこか違う。それは走りや乗り心地から彼らの伝統だったり思想が感じられるからだろう。デザインやコクピット周りの操作性についても、これまで練りに練ってきたモノがBEV向けに応用されていて、ここでも納得させられたり安心したりすることが多い。そしてこちらは純粋な思い込みと言われてしまえばそれまでだけれど、万一の際の安全性に関しても、彼らが長年培ってノウハウや知見が生かされていそうな気がして、より安心できる。

「どれもBEVの性能とは直接関係のないことばかりじゃん」と言われれば、まさにそのとおり。でも、クルマは航続距離や充電スピードだけで選ぶべきものじゃないとも思う。もしもそうだとしたら、エンジン車だって、たとえば燃費のよさだけで品定めすることになってしまうけれど、そうしている人は少数派のはず。なぜなら、クルマは「人の命」を運ぶもの。だから、安全性は極めて重要だし、製品選びがどちらかといえばコンサバティブになってしまうのも仕方ないといえるだろう。

私が安心できるBEV

 で、そんな私がいまいちばん安心して、そして納得して乗れるBEVがアウディQ4 e-tronなのである。

 これには、私自身がもともとアウディ好きであることが強く影響としていると思う。だから、いかにもアウディ的な価値観で作られたQ4 e-tronに惹かれてしまうのだけれど、それとともに重要なのが、アウディのエンジン車が持っている魅力を、Q4 e-tronがそのまま引き継いでいる点にある。別の言い方をすると、Q4 e-tronは、エンジン車とBEVの“距離感”がライバル車に比べてごく小さいように感じられるのだ。

 たとえば、タイヤの当たりは優しいのにほどよいフラット感を感じさせてくれる乗り心地だったり、足回りに大きな衝撃がくわわってもそれをすっと鎮めてくれるボディのダンピング性能というか振動減衰特性みたいな部分は、既存のアウディ・エンジン車ととてもよく似ているところ。控えめなエクステリア・デザイン、それに質感の高いインテリアや操作系などにも、従来のアウディと共通の価値観が貫かれているように思う。

エンジン車と違うところ

 唯一、これまでのアウディと大きく異なっているのは、電気モーターをボディ後部に積んで後輪を駆動するレイアウト(俗にRR=Rear engine, Rear wheel driveと呼ばれる)が採用されている点だろう。

 なぜなら、これまでのアウディ車はエンジンをフロントに積んで前輪もしくは4輪を駆動するモデルがほとんどだったから。前輪駆動もしくは4輪駆動は、直進走行時の安定性が極めて高いことで知られる。また、コンパクトカーだったらフロントにエンジンを積んで前輪を駆動するレイアウト(俗にFF=Front engine, Front Driveと呼ばれるが、これは和製英語)が室内スペースを広くとれるうえに生産コストを低く抑えられることから、世界中で広く採用されている。アウディは、このFFをプレミアムカーとしても使えるくらい洗練させたことで大きな成功を収めた自動車メーカーといっていい。

 では、なぜq4 e-tronでRWDを採用したかといえば、直進安定性などの弱点を電気の力で解決できたから、と説明されている。

 現代の自動車は電子制御のかたまりで、クルマの姿勢を安定させるにも電子制御が多用されている。これはエンジン車でも同じことだが、エンジンと電気モーターとでは、制御信号が送られてから反応できるまでの時間が大きく異なる。端的にいって、電気モーターのほうが圧倒的に速いのだ。だから、レイアウト的には姿勢の安定性を得るのに不利なRWDでも、十分な安定性を確保できると判断して、Q4 e-tronではRWDを採用したのである。

 また、RRはFFに比べて発進時により大きな駆動力を得やすいことも関係しているはず。クルマが発進する際、ボディが必ず後ろ下がりになることからもわかるとおり、前後のタイヤにかかる荷重のバランスは後ろ寄りになる。また、タイヤが生み出すグリップ力(路面を捉える力)は基本的にクルマによってかけられる荷重の大小に比例するので、発進時は前輪よりも後輪のほうがより大きな駆動力を伝達できることになる。こうした特性も電子制御である程度までカバーできるけれど、やはり原理的に優れているモノにはかなわない。この辺も、アウディがQ4 e-tronでRR採用に踏み切った理由のひとつだろう。

 さらに生産コストの点でいえば、エンジン車ではエンジン、ギアボックス、車輪などがすべて機械的に連結されていたため、なるべく1箇所に集中させたほうが作りやすく、生産コストも抑えられただろうが、BEVの場合、たとえ電気モーターとこれを制御するコントロールユニットが離れていたとしても電気的な配線で結べばいいだけなので、RRでもコスト上昇を招きにくかったことも判断に影響したと推測される。

 このように、自動車メーカーらしく練りに練って開発されたのがQ4 e-tronなのだけれど、グローバルなBEV販売ランキングでいうとマイナーなプレイヤーに過ぎず、ランキング上位はテスラBYDによって占められている。これが、普及期に特有な傾向なのか、それともBEV化に伴う本質的な地殻変動なのかを見極めるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。

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