呪術廻戦」第2期は、8月3日放送の第29話で、前半「懐玉・玉折」の全5話が幕を閉じた。「懐玉・玉折」は本編中核キャラである五条悟(CV.中村悠一)、夏油傑(CV.櫻井孝宏)の過去編であり、最強の呪術師、最悪の呪詛師の誕生の物語でもあった。原作も高い人気を誇る作品で、アニメ化第1期も高評価だったが、今回は「呪術廻戦」という作品性とのギャップも含め、前回以上の話題作になったと言えるだろう。8月31日(木)から第2期後半「渋谷事変」が始まるが、まだ余韻が残る今、改めて「懐玉・玉折」で描かれた2人の物語を振り返ってみたい。

【画像】まさに“アオハル”、晴天を背にまぶしい笑顔の五条悟

■始まりは予想外の学園青春アニメ

「懐玉・玉折」でまずファンを騒然とさせたのは、まるで学園青春アニメかのような雰囲気の明るい演出、物語の始まりだった。オープニングムービーでは青春を謳歌する五条・夏油の2人と仲間たちの姿が描かれ、ネット上では「アオハル」と話題になっていた。本稿を読んでいる方で知らない方はまずいないと思うが、一応説明しておくと「呪術廻戦」はダークアクション。それも相当ハードな部類に入り、呪い(呪霊)との戦いというテーマ上、闇をベースにした画面演出が目立つ作品だ。「懐玉・玉折」も呪霊玉を飲み込む夏油、廃館を調査する冥冥&歌姫のシーンから始まり、いつもの「呪術廻戦」と思わせるのだが、五条、夏油、家入硝子の登場で一気に闇が晴れたように青空の眩しい展開へと切り替わっていく。そこから先は視聴者が目撃した通り、コミカルさも混じる爽やかな映像が目を奪った。

原作の表現を広げ、読者時の想像を具現化してくれるのがアニメ化の醍醐味だ。「懐玉・玉折」は、あくまで序盤に限れば原作でもそこまで暗い描き方をされているわけでないが、ここまで“青春”に寄せてくると想像していた方は少なかったのではないか。物語の展開は原作に忠実に、それでいてシーンの追加や演出で奥行きを生み出していく作り。そうした1つとして、第25話、夕陽が射し込む体育館での五条と夏油のバスケシーンは、エモーショナルで秀逸なアニメオリジナルだった。ここは台詞の流れは原作通りだが、原作では教室の中での静かな会話劇。それをバスケシーンに置き換えて、ヤンチャな五条とそれを諫める優等生の夏油という、親友だがときにはぶつかり合っていた関係性を伝えてくれるたまらない描写となっていた。

シリーズファンなら周知の通り、「懐玉・玉折」は「劇場版 呪術廻戦0」(2021年公開)の前日譚である。そこでは敵となっている夏油だが、劇中には在りし日の五条との青春が一瞬挿入されており、公開当時はそのシーンが話題になったものだ。「懐玉・玉折」の眩しいアオハルは、ファンが見たかった2人の青春の回想であったとも言えるだろう。

■最悪のタイミングで出会った異端・九十九由基

そんな眩しいまでの2人の青春だったが、第27話以降は急速にその色が褪せていく。その原因となったのは言うまでもなく、伏黒甚爾の存在だ。最強の2人を自称していた五条と夏油は、たった1人で挑んできたこの男に完膚なきまで叩きのめされ、星漿体・天内理子は殺害されてしまう。ここからの落差は絶妙で、最強へと覚醒し飛躍する五条と、取り残されてゆっくり負の感情に蝕まれていく夏油の対比が見事だった。

以後、呪術師の使命に葛藤する夏油の心情が様々な手法で表現されていき、“最悪の呪詛師”へと向かう最初の分岐となったのが、盤星教から天内の遺体を取り戻したときのことだった。そこにいる盤星教信者の処分を巡り、動揺に目を泳がせながらも殺すことに意味がないという夏油に、五条は「意味ね。それ本当に必要か?」と切り返す。この言葉が、非術師を守るのが呪術師の責務と信じていた夏油の信念にひびを入れてしまったことに、五条は気付けていなかった。この先の別離を暗示するように、背中合わせに描かれる2人を赤と青の背景対比が分け隔てる。無下限呪術の“蒼”と“赫”にかけたような印象深いシーンであり、2人が手を取り合い、“茈”になる未来はすでにこのときに失われていたのかもしれない。

また、最終話の第29話ではそれまでの鮮やかな演出が影を潜め、くすんだような色使いが夏油の憔悴する心とリンクする。シャワーシーンとそれに続く九十九由基との会話シーンの夕立では、水音からすり替わっていく盤星教信者の拍手の音が、非術師の醜悪に葛藤する夏油の心中を暗喩する。呪詛師への分岐が理子の死だとしたら、その道へ押してしまったのは間違いなくこのときの九十九だった。異端の考えを持つ彼女は呪いをなくすために非術師を皆殺しにすることを肯定し、それが夏油の闇堕ちトリガーとなってしまう。

「非術師を見下す自分」「それを否定する自分」――集落での任務では2つのロウソクの片方が消えるという演出で、本音の選択を暗示。葛藤に揺れ、危ういバランスにあった天秤はこのとき前者に傾き、夏油は特級の階級を持つ“最悪の呪詛師”となる。

■生きていた夏油の正体は?

何より高潔すぎたことが夏油の闇堕ちの一番の要因だが、加えて手の届かない最強になった五条に対する孤独感もあったのだろう。五条がようやくそれに気づいたのは新宿での再会のとき。それまで五条にとって夏油は最強のパートナーで、救うべき弱い者ではなかったからだ。その後の夜蛾正道との「俺だけ強くてもダメらしいよ」という言葉、虎杖悠仁たちにかけた「僕に置いてかれないぐらいにね」という言葉には、後悔や教え子への期待が入り混じっているかのようだった。

こうして呪詛師となり、その後「劇場版 呪術廻戦0」で死亡した夏油だが、なぜかその1年後の物語である第1期に再び姿を現している。宿儺復活を目論む呪霊たちと結託し暗躍しているが、彼の存在を五条はまだ知らない。8月31日(木)から始まる「渋谷事変」ではどのような役割を果たすのか。その正体も気になるところだ。

■文/鈴木康道

「呪術廻戦 懐玉・玉折」の魅力を振り返る/(C)芥見下々/集英社・呪術廻戦製作委員会