日本語には同音異義語が多数存在するが、会話や文脈から「意図する単語」を推測するのは決して難しくない。しかし意味が近しかったり、共通・類似の話題で登場するケースが多い場合は、注意が必要である。

ツイッター(現・X)上では「化学」の読み方をめぐり、波紋が生じているのをご存知だろうか。

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■VTuberの「ばけがく」が思わぬ波紋

ことの発端は、VTuber・狛犬うめ8日配信のYouTube動画で発したひと言。

狛犬うめ

リスナーとの雑談中に理科4科目が話題にあがった際、狛犬が「化学」を「ばけがく」と読むや否や、「かがく、やぞw」「ウソでしょ。化学のこと、ばけがくって言った!?」など、ツッコミのコメントが大量に寄せられたのだ。

その後、狛犬が「科学」と区別するために「ばけがく」という呼び名を使用する旨を説明すると騒動は鎮火したが、一連の騒動がツイッター上で紹介され、大きな反響を呼ぶ事態に。

狛犬うめ

「最近の若い子は『ばけがく』知らんのか」「配信者も大変だな」「人の誤りを指摘する前に、自分が間違ってないか気にするべきだと思う」などの声が多数上がっていた。

そこで今回は、話題の「ばけがく」の正当性について確認すべく、公益社団法人「日本化学会」に詳しい話を聞いてみることに。その結果、様々な事実が明らかになったのだ。


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■「化学の歴史」に思わず驚き…!

今回の取材に応じてくれたのは、元化学遺産委員会委員長、現化学遺産委員会顧問にして、京都大学や岡山理科大学でも教鞭をとっていた植村榮(うえむら・さかえ)氏。

まずは「化学」という言葉の歴史について確認したところ、植村氏からは「1837年、我が国では宇田川榕庵(うだがわ・ようあん)による化学書『舎密開宗』で、『Chemistry』に対する言葉として『舎密』(せいみ)が生まれました。これは『シェミー』という発音に漢字を当てたものです」と、驚きの回答が。化学には「前身となる単語」が存在していたのだ。

その後、1855年には上海で実験をしていた英国人宣教師によって「化学」という訳語が作られ、57年には上海内で統一的に使用されるように。

そして1861年に蘭学者・川本幸民がオランダ語の本を訳した際、こちらの表記を用いて『化学新書』と名付けて出版したことが、日本国内で「化学」という単語が使用された最初のケースであるという。

植村氏は「それから当分は『舎密』と『化学』の2つの言葉が国内で使用されていたのですが、幕府や明治新政府の機関では『化学』が使われることが多く、1872年の明治政府による学制改革において、正式に『化学』という語が採用されることになりました」とも補足しており、「ツイッター」と「X」の間を行き来している身としては、決して他人事に感じられない。

実際、当時の人々も「舎密」呼びに馴染み深さを感じており、1885年の「日本化学会総会」では「化学を『舎密学』に改称しよう」との提案がなされ、約半数がこちらを支持。しかし、規定の「3分の2」に達せず、認められなかった…という逸話が残っているのだ。

日本化学会

そもそも化学を「ばけがく」と呼ぶ必要が出てきたのは、前出の狛犬の発言にもあったように「科学」と区別をつけるため。

こちらの「とんでもない被り」について、植村氏は「1874年に、哲学者・西周が、それぞれの学科からなる学問という意味で『科学』という訳語を『Science』に当てました。そのため、我われ化学に関係する人間は、時として『ばけがく』をやっているんですよ、などと言わなければならなくなりました」と、苦笑いを見せる。

改めて見ると、日本語としての「科学」は「化学」より13年も後輩なワケで、新入りのために古参の化学が気を遣って「ばけがく」に呼び名を変える…というのは、なかなか不条理な話でないだろうか。

なお、植村氏は日本化学会が2003年に創立125周年を迎え、皇居にて天皇・皇后両陛下に説明する際に「『舎密』にしておけば、こんな言い換えをしなくてもよかったのに…」と冗談混じりに説明したことがあるそうで、化学サイドフラストレーションは、もはや「天皇公認」の位置付けとなっているのかもしれない。

また、植村氏は「かつては『化学』と『科学』の発音が異なっていたのでは」とも提唱している。つまり、明治以前の人々は「化」を「くゎ」、「科」を「か」と発音し、耳で聞き分けていたのではないか…という説だ。


■化学の権威は「ばけがく」と呼ぶ?

「化学」のルーツが明らかになり、続いては「ばけがく」という呼び名の是非について尋ねてみることに。

今回の騒動を受け、植村氏は「最近の若い人達は『ばけがく』という言葉を使わないか、という事情についてはよく分かりません。しかし、私は少なくとも大学時代にはその言葉を時に使い、説明していたのを覚えています」と、自身の歩み振り返る。

日本化学会・事務局も「教授、研究者、学生など、化学会関係者は、『ばけがく』という言葉を日常的に使用します。また、略して『バケ』と呼ぶ方も多くいらっしゃる印象です」と補足しており、やはり「ばけがく」呼びは「公式」と考えて良いだろう。

「ばけがく」という語がいつ頃から使用され、市民権を得たのかは不明だが、化学関係者にとっては「ごく自然に説明に使ってきた言葉」であるとのことだ。

今回の「ばけがく騒動」が起こった要因や背景について、日本化学会・事務局は「『ばけがく』という言葉の使用者は、大学生以上が主であるように感じています。小学校~高校までは『化学』を『かがく』と読むことが多く、それ以降で『ばけがく』と呼ぶ方(化学系に進学した方など)に接する機会がなければ、そのまま『かがく』としか読まないのではないでしょうか」と前置き。

その上で「身近に『化学』に携わる方が少ないことが理由のひとつかと思いますので、本会としましては『化学(かがく)』の普及活動に、一層力を入れていきたいと思った次第でございます」と、熱いメッセージを寄せてくれたのだ。

日本化学会

創立から140年以上の長い歴史を持ち、多くのノーベル賞受賞者を輩出する同会では、春に開催される学術集会や会誌・学術図書の刊行、産学連携事業や研究の症例、及び研究業績の表彰などのほか、未来の化学者を育てるため、子供向けの活動にも力を入れている。

今回の「ばけがく騒動」をきっかけに、改めて化学への興味を抱いた若き「未来の化学者」も、きっと存在することだろう。

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(取材・文/Sirabee 編集部・秋山 はじめ

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