今、ウクライナの戦場はどうなっているのか、本論に入る前に米戦争研究所(ISW=Institute for the Study of War)などの報告書をまとめる。

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 東部戦線の地上戦闘では、ロシア地上軍が局地的に攻勢を仕掛けている。

 ザポリージャ正面などの南部戦線では、ウクライナ地上軍がロシア軍の防御線を突き破ろうとして、少しずつではあるが、戦場の要点を奪回しつつある。

 南部戦線のへルソン正面では、ウクライナ特殊部隊など少人数がボートに乗船し、ドニエプル川を渡河し、ロシア側陣地に潜入した。

 そして、今後の渡河作戦のために、小さな橋頭保を3か所作りつつある。

 これらの作戦に連携して、後方連絡線となるクリミア半島ロシア本土を繋ぐクリミア大橋、クリミア半島とザポリージャ州を繋ぐ2つの橋梁を部分的に破壊している。

 また、弾薬や兵員の後方補給点となるロシアが占拠している地域内の弾薬・燃料施設、訓練施設、武器保管施設などを長射程巡航ミサイルで破壊している。

 ウクライナ軍としては、この戦況は期待通りではない。

 戦場の第一線地上部隊の反撃が、ロシア地上軍の防御線における抵抗を受け、戦場の要点の奪回に時間がかかり、損害も出ている。

 その理由に、ロシア軍の防御準備のほかに、ロシア空軍の戦い方で一つ大きく変化したことが挙げられる。

 ロシア空軍戦闘機攻撃ヘリが、都市攻撃から近接航空支援(対地攻撃支援:戦場の地上軍を目標に攻撃すること)に、重点を移したことである。

 具体的には、ロシア軍戦闘機攻撃ヘリコプターが、ウクライナ軍防空網の外から対地攻撃支援を行っているのである。

 これによる、ウクライナ軍の被害状況は詳細に報告されてはいない。

 しかし、戦闘機等によるミサイルと爆弾による被害がかなり出ているとみてよいだろう。しかも、ロシア軍戦闘機手出しができていないのが現状である。

 そこで、ロシア空軍の戦い方が変化したことによってウクライナ軍に出た影響、さらに、ウクライナ軍の期待について、考察する。

1.やっと対地攻撃支援を始めたロシア軍機

ミリタリーバランス2021』によれば、ロシア空軍が保有する戦闘機攻撃機戦闘機等)は、864機であった。

 ウクライナでの戦争では、これまでの17か月間に315機を失った。保有機数に対する損耗率は36%で、残存しているのは64%、まだ約550機ある。

 ウクライナ軍が当初に保有していた戦闘機等は116機で、これまでに多くが撃墜された。残存機数は不明だ。

 ウクライナ軍機の半数が撃墜され、50~60機あるとしても、その相対戦力数は、ロシア軍が約10倍である。

ロシア戦闘機等の損失数の推移

(図が正しく表示されない場合には「JBpress」のオリジナルサイトでお読みください)

 グラフの推移を見れば、ロシア戦闘機等は、侵攻の3~4か月目以降は損失が急激に減少しているのが分かる。

 侵攻当初2か月は、ウクライナ領土内を飛行して撃墜され、多くの損失を出したのだ。

 しかし、その後、撃墜されるのを恐れてロシア領土内、ウクライナ防空兵器の外からミサイル攻撃を行い、都市部の攻撃を重点としていた。

 ウクライナ軍が2023年の6月頃に反攻を開始した頃から、戦場の戦闘支援を重視するようになった。

2.火砲が不足、戦闘機が対地攻撃支援に

 両軍地上軍部隊は、現在の接触線で防御ラインを突き抜けるか、くい止めるかの瀬戸際にある。ウクライナ軍が突き抜けようとしている正面もある。

 ここで、ロシア地上軍と空軍が連携して、ウクライナ軍の反撃を止めようとしている。

 ロシア空軍戦闘機が、ウクライナ地上軍の攻撃に対してミサイルや爆弾を投射して、地上部隊の戦闘を支援している。

 ロシア軍の火砲が多く破壊されてきているので、これを補うように航空攻撃をしているのだ。

 航空攻撃は、爆弾の威力が大きい。そのため、ウクライナ軍にとっては砲撃よりもダメージが大きい。

 特に、ウクライナ軍が地雷などの障害を処理し、その後、障害を通過するために戦闘車両が蝟集(狭い地域に密集すること)した時、航空攻撃を受ければ、その被害は大きくなる。

 ウクライナ地上軍は、ロシア軍戦闘機からの攻撃には、やられっぱなしの状態だ。

3.ロシア軍「戦闘機」の対地攻撃支援

 ウクライナは、基本的に都市防空のためにパトリオットミサイルなどの長距離防空ミサイルを、戦場(接触線付近)では、短距離防空ミサイルや高射機関砲を配置している。

 パトリオットミサイルなどを第一線部隊付近に配置すれば、戦闘部隊がロシア軍戦闘機からの攻撃を受けることはないが、反面、航空攻撃を受け、破壊されやすくなる。

 戦場で運用して破壊されてしまったら、キーウなどの防空ができなくなり、その影響は大きい。

 そのため、戦場にはパトリオットミサイルなどを配置しない。

 その代わり、射程は短いが発見されにくく移動が容易な自走のミサイルや機関砲を配置するのだ。

 では、このような戦場での防空環境において、ロシア軍戦闘機はどのような対地攻撃支援を行うようになったのか。

 ロシア軍の「Su(スホイ)」戦闘機は現在、接触線の戦場でウクライナ軍の短距離防空ミサイルの射程外(接触線から概ね10キロ)の安全な空域から、射程40キロ以内の空対地ミサイルを発射している。

 つまり、ウクライナ軍第一線部隊から、40キロ以内まで接近してからの攻撃である。

 しかし、この対地攻撃に対して、ウクライナ軍の防空ミサイルでは撃墜できず、阻止できていない。

アウトレンジからのロシア軍機対地攻撃イメージ

 ウクライナ軍は、自軍防空兵器射程外からのロシア軍機ミサイル発射そのものを止めたい。止められるのは、長射程ミサイルを使った空対空の戦闘だ。

 ロシアの「Su-30・34・35」戦闘機が保有する空対空ミサイル「R-77(アムラームスキー)」の射程は120~190キロである。

 ウクライナ軍「MiG-29戦闘機のミサイルの射程は約75キロだ。

 これだと、ウクライナ軍機は、ロシア軍機に接近する前に撃墜されることになる。

F-16が供与された場合の空中戦能力のイメージ

 ウクライナ軍にF-16が供与されれば、F-16に搭載される空対空ミサイルには、「AIM-120 AMRAAM(アムラーム)」のD(160~180キロ)タイプを搭載し、160km離隔した空中目標に対して攻撃することができる。

 単機の戦いでは、F-16とSu機とはほぼ互角の空中戦闘ができると予想される。

 現在、F-16戦闘機が供与されていないため、少数のMiG機を改良し、米欧のミサイルや爆弾を搭載し対応するしかない。

 だが、数的にロシア空軍が圧倒的に有利なので、ロシア軍戦闘機を撃墜できず、ロシア軍戦闘機からのミサイル発射自体を止めることはできないのだ。

 ウクライナにとって、ロシア軍機のミサイル攻撃を制限できるのは、今のところ欧米日が、ミサイル部品の供給を確実に禁止することだけだ。

 ロシア軍戦闘機を撃墜し、地上戦闘に協力させないために、F-16を早急に供与すべきだ。

 F-16戦闘機が供与されれば、同機が搭載する空対空ミサイルに撃墜されないように、ロシア戦闘機は飛行しなければならなくなり、対地攻撃支援はできなくなる。

F-16戦闘機供与で、ロシア軍機の対地攻撃支援を止められる

(図が正しく表示されない場合にはオリジナルサイトでお読みください)

4.ロシア軍「攻撃ヘリ」の対地攻撃支援

 攻撃ヘリは、侵攻当初1か月間はウクライナ領土内まで侵入し、地上作戦を支援していた。

 だが、その期間に損失が多くなり、その後、活動が低調になった。ウクライナ軍防空兵器から攻撃され、撃墜されるのを恐れたからだ。

 そのため、地上作戦をほとんど支援しなくなった。これまでの戦いでは、攻撃ヘリの「戦車キラー」としての活躍はなかったのだ。

攻撃ヘリウクライナ領内に侵入した場合のイメージ

 ロシア軍は、攻撃ヘリを約400機保有していた。

 侵攻からこれまで、40%近くが撃墜されたが、まだ大量に残っている。詳細なデータはないが、260機ほどは残っているだろう。

ロシア軍ヘリの損失数の推移

 ロシア軍攻撃ヘリは、どのような対地攻撃(対戦車戦闘)を行うようになったのか。

 現在は、防空ミサイルの射程外から、長射程対戦車ミサイルを発射している。

 今後、米欧の戦車等とロシア軍攻撃ヘリの戦いは、どのようになるのかについては次の通りである。

 ウクライナ軍の防空網が充実してきたため、ロシア軍攻撃ヘリは、ウクライナ軍の作戦範囲に侵入して攻撃ができなくなった。

 ウクライナ軍の防空網は、ウクライナ軍防空兵器の射程などから、接触線から最大10キロ以内だ。

 そのため、接触線から約10キロ離れた安全な位置から攻撃している。

アウトレンジからの攻撃ヘリ対地攻撃イメージ

 そのため、ロシア軍攻撃ヘリの撃墜は少ない。1か月にたった1機だけの時もある。

 稀に、ウクライナ軍陣地に侵入して、撃墜されているだけだ。

 これに対して、ウクライナ軍の攻撃ヘリ保有数は35機であり、侵攻開始から、多くの攻撃ヘリが撃墜されている。

 ロシア軍攻撃ヘリのアウトレンジからの攻撃には、現在のウクライナ軍としては、対策がない。

 このことをもってしても、空対空戦闘ができるF-16が喫緊に必要な状況である。

5.反攻を妨害する最後のカードか

 米欧から供与された防空兵器によって、ウクライナ軍の防空網が出来上がっている。その防空網には、都市防空網と戦場防空網がある。

 都市防空の実情は、日々報告されている通り、ミサイル攻撃や自爆型無人機の攻撃を一部撃ち漏らしてはいるものの、かなり対応できるようになった。

 戦場の防空はどうなのか。

 ロシア軍機は、戦場の上空を飛行してはいない。上空を飛行すれば、ウクライナ軍の短距離と近距離の防空ミサイル等に撃墜されるからだ。

 ロシア軍機はウクライナの戦場の防空網の外から、ミサイル等を発射し、反撃するウクライナ軍を攻撃している。

 これは、航空優勢を取れないロシア軍機の最後のカードといってよい。

 一方で、前線で戦っているウクライナ軍地上部からすれば、ロシア軍機がこの防空網の中に入ってこなければ、撃墜することはできない。

 このアウトレンジからの攻撃は阻止することはできず、壕の中に逃げるしかない。

 ウクライナ軍としては、ロシア軍機が対地攻撃を行うために、ウクライナ防空網の外で、対地攻撃用のミサイルなどを発射する位置に来た時、それが射程に入る長距離の空対空ミサイルで撃破が可能になる。

 これらのことができる戦闘機ウクライナ軍にあるのか。

 米欧の空対空の長射程ミサイルが発射できる戦闘機は、MiG-29を改良したものが数機あるが少ない。

 改良機では、敵機の情報を共有したり、機搭載のレーダーで敵機を捜索したりできるかというと、かなり難しいだろう。

 これらの能力を有するのは、供与される予定のF-16だ。

 ウクライナ軍としては、反撃を妨害するアウトレンジからの対地攻撃を止めたい。すなわち、それを実施するロシア軍機を撃墜したいと、強く期待していると思う。

 ロシア軍機のアウトレンジからの攻撃は、ウクライナ軍の反攻を妨害する最後のカードだ。

 F-16戦闘機は、ウクライナ軍がそのロシア軍最後のカードにとどめを刺すことになる。

 ウクライナとしては、できれば1機でも早く受領し、逐次投入でいいから戦場防空にあてたいところだ。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  ウクライナ軍の反転攻勢、地道な成果積み上げにロシア軍が悲鳴

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