親の老後のマネープランがしっかりしていても、その子の生き方が親の老後の生活に 大きく影響するケースがあります。「不自由なく育てたはずなのに」「厳しく育てたはずなのに」どこで歯車が狂ってしまったのか……。本記事ではFP1級の川淵ゆかり氏が、Aさんの事例とともに、引きこもりの子が家計におよぼす影響について解説します。

38歳・引きこもり息子のために、一生働き続けるのか

Aさんは現在65歳。5年前に大企業の役員を定年退職後、グループ企業の管理職に再就職しました。退職金や預貯金などで、老後には十分な資産のあるAさんは、本当は60歳の定年退職時にリタイアして、趣味のゴルフや海外旅行をゆっくり楽しみたかったのですが、家庭内に“ある問題”を抱えていたため働き続けることにしました。

Aさんは郊外の一軒家に63歳の妻と38歳の長男と3人で暮らしています。33歳の長女もいるのですが、すでに嫁に出ています。

Aさんの家庭の問題とは、Aさんの長男が引きこもりであることです。長女はこの兄を嫌 っていて、孫ができてもなかなか顔を見せに帰ってきてくれません。社交的で快活なAさんと違い、息子さんは物静かで大人しい性格のようです。

「長男は大学卒業後、就職に失敗してしまい、その後はコンビニやスーパーでアルバイト もしたことがあるのですが、人付き合いが苦手なせいか、どうしても長続きしませんでした。いまは、一日中2階の自室でゲームをしているようで、入浴と夜中にコンビニに行くときくらいしか下に降りてきません。私は仕事をしているため、まったく顔を合わせない日もあります。部屋から引きずり出そうとしたこともありますが、暴れたり、妻に食事を運ばないように言ったこともあるのですが、そうすると食べない日が何日も続くのです。

こちらも根負けしてしまい、いまでは妻が3食とも毎日2階まで運んでますよ。子供のころから厳しく育てたのにどうしてこうなってしまったのか……。私は親ですが、なにを考えているのかさっぱりわかりません。以前『なぜ働かないのか!』と強く当たったことで、完全に親子の関係性が断絶してしまいました。最近思うのは、私たちが死んだら息子は……」

2010年の厚生労働省ガイドラインでは、「引きこもり」を次のように定義しています。

「様々な要因の結果として社会的参加 (義務教育を含む就学、非常勤職を含む就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則的には6カ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念である。

なお、引きこもりは原則として統合失調症あるいは陰性症状に基づく引きこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが、実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである」

内閣府が2023年3月末に公表した「2022年度 こども・若者の意識と生活に関する調査」 によると、引きこもり状態にある人は、15~39歳で2.05%、40~64歳で2.02%であり、この数字から全国で約146万人と推計しています。

当初は筆者のところへ資産運用の相談で来られたAさんですが、息子さんが働かないので自分がこのままずっと働き続けないといけないのではないか――そんな悩みを打ち明けてくれるようになりました。

家庭内の引きこもりが家計に与える影響

引きこもりの子供がいる家庭は、親に十分な資産がなかったり、病気になって働けなくなってしまった場合、家計を支えられるだけの収入がなくなってしまい、やがては家計が破綻してしまいます。引きこもりは「貧困」と隣り合わせの深刻な問題といえるでしょう。

さて、Aさんの65歳時の現在の家計状況は次のとおりです。

・金融資産総額 (60歳時の退職金含む):約7,500万円

・住まい:一戸建て (住宅ローンなし 築30年)

・年金月額:Aさん 約22万円 (仕事を辞めた場合)

      妻   6万6,250円令和5年国民年金のみ)  ※2年後から受給予定

夫婦2人で生活していくには問題のない金額なので、Aさんは働き続ける必要もありませんが、息子さんの生涯の生活費までを考えるとこの金額ではとても賄えませんし、家計も破綻してしまいます。

Aさんの家計問題

奥様に伺ったところ、住宅ローンもないことから、毎月の出費は大きなものではない、ということなので、病気さえしなければ3人でご夫婦2人分の年金だけでも暮らしていけそうです。

ちなみに総務省の「家計調査報告(家計収支 2022年(令和4年)平均結果の概要」 によると2人以上の世帯の1ヵ月の消費支出は次のようになっています。

次に息子さんの老後の生活について考えてみましょう。

幸いAさん夫婦は息子さんの国民年金保険料を代わりに納付してきましたので、このまま納付が続き国民年金を満額受給できれば、持ち家ですし住まいには困りませんから1人になっても食べていくことはできるでしょう。

ただし、Aさん夫婦がいなくなったあとの社会保険料や固定資産税等の税金の納付については注意をしないといけません。そのためにも息子さんには自立してもらったほうが本当はいいのです。このまま引きこもりの状態が続いたと想定して、息子さんの老後資金について考えてみましょう。

総務省の「家計調査報告(家計収支編)2022年(令和4年)平均結果の概要」によると65 歳単身男性世帯の1ヵ月の消費支出は次のようになっています。

ですが、 引きこもりということを考えると、こんなに生活費はかからないでしょう。国民年金に毎月5万円ずつ生活費を補填していくとすると、Aさんの老後資金は、

5万円×12ヵ月×25年 (65歳~90歳まで) =1,500万円

 が必要になります。

なお、Aさんの家庭で今後一番大きなお金がかかる時期は次の3点です。

①親御さんが介護状態になった場合:出費が大きくなる

②親御さんが亡くなった場合:親御さんの年金がストップする

③家の修理・リフォーム (築30年のため)

ここが預貯金が大きく減ってしまう時期になります。

シミュレーションも難しいところなので、リフォームをする場合は、お金をかけすぎないように注意しましょう。

さらに、Aさんとしては引きこもりの息子さんの将来が心配でしょうが、息子さんばかりに遺産を残してしまっては、妹さんとの相続争いも起きかねません。前もって遺言書を用意しておく、といったことも考えておく必要があります。

引きこもりの生活費をどうするか

Aさんの場合はかなりの資産がありましたので、息子さんが国民年金を満額受給できる状態になれば生活できていけそうですが、資産のないご家庭では親御さんからの援助がなくなると瞬く間に生きていけなくなります。生活保護考える人も多いですが、必要な条件を満たさないといけないため、簡単に受給できるものでもありません。

なお、国民年金には、老後の生活のための年金だけではなく、障害年金もあります。

医師から「統合失調症」「発達障害」「躁うつ病」で日常生活が送れない、といった診断が受けられるとともに必要な受給要件を満たせば障害年金が受給できます。障害基礎年金の金額は、 障害等級1級が99万3,750円、2級が79万5,000円です。(令和5年度)

なお、 国民年金保険料を払っておかないと受給できませんので、きちんと納めておきましょう。

生活が苦しくなる前に早めの相談を

Aさんは、「私が家にいても息子は嫌でしょうから、妻の年金受給が始まるまでの2年間は続けて働いてみようかと思います」とおっしゃいました。

お金の問題も大事ですが、Aさんが仕事を理由に息子さんから逃げているように筆者は感じてしまいました。来る日も来る日も下の階から2階の様子を伺いながら暮らしている専業 主婦の奥さんの気持ちを考えると、そのほうが見るに忍びなかったです。

筆者は専門家ではありませんが、Aさんの息子さんに対する接し方にも問題があったと思い ます。そしてなにより我が国自体も財政状態は大きな問題を抱えていますし、今後高齢者問題が 本格化してきますから、年金を始めとする社会保障制度もどうなるかわかりません。いまからでも引きこもりの生活から脱却するために親子そろって考えていく必要がある時期だと思います。

筆者とAさんは長い付き合いなので胸中を打ち明けて話していただきましたが、ふつうは世間体もあって、親御さんの元気なうちは引きこもりの問題は表立って出てきません。ですから、親御さんが介護状態になったり、急に倒れたりしたときに一気に表面化してきます。そのときはすでに手遅れ状態になっていても不思議ではありません。

引きこもりには下記のような相談窓口があります。家庭内だけで解決しようとせず、悩みのある方は早めに相談してみましょう。

<参考>

厚生労働省 引きこもり相談窓口の紹介

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)