増税ラッシュを主導しているとのイメージが先行する岸田首相だが、「風評被害」が否めない部分あるという
増税ラッシュを主導しているとのイメージが先行する岸田首相だが、「風評被害」が否めない部分あるという

'22年に突如発表された「防衛費増税」、「令和の大愚策」とも評された「異次元の少子化対策」、SNSで猛バッシングを受けた「サラリーマン増税」――。令和版「所得倍増計画」を掲げ、'21年の総裁選では「消費税率を上げることを考えていない」と明言していた岸田首相が今になって乱発する増税プランについて、元国税調査官の松嶋洋氏が解説する。

【写真】増税のキーマン!

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'24年以降とされていた防衛増税の開始時期が、'25年以降に先送りとなる公算が大きくなってきました。その理由は、'22年度の一般会計税収が71兆円超と過去最高を更新したからだと言われています。この行き当たりばったり感にも不信感は募りますが、ひとまず増税延期は吉報といったところ。まあ、伸ばすのが当たり前ですが......。

そもそも政府の防衛強化策では、'23年度からの5年間で総額約43兆円の財源を確保し、そのうちの1兆円強を法人、所得、たばこの3税で賄うとされていました。法人税は「付加税」という方式で課税され、納税額に税額の4%~4.5%が上乗せされます。たばこ税は1本当たり3円相当の引き上げが段階的に。たばこには依存性があるため、「取りやすいところから取る」という意味でも狙われやすいところです。

そして、なにより国民にとってつらいのが所得税増税です。所得税を1%上げる代わりに復興特別所得税を1%下げるというもので、一見、プラスマイナスゼロのようにも見えますが、'37年までの25年間とされていた復興特別所得税の課税期間が延長となることから、長い目で見れば負担増となります。

また事実上、復興特別所得税の一部を転用する形になるため、復興に回る総額は維持されるとはいうものの、単年でみれば半減。被災地からは懸念の声が出ています。所得税増税による国民の怒りを少しでも軽減したかったのでしょうが、その隠れ蓑として復興特別所得税を使うのは、正直、悪手としかいいようがないと思います。

■注視すべきは「退職金の非課税枠の縮小」のみ

では、本格的な増税はまだ先なのでしょうか。まずは、政府税制調査会が6月にまとめた中期答申で、退職金や通勤手当、配偶者控除、扶養控除、生命保険控除に加え、社宅の貸与、食事の支給、従業員割引といった現物支給まで課税制度の見直し対象となっているとして、国民から猛批判を招いた「サラリーマン増税」についてです。

これに関しては、批判が過熱したことで情報が錯綜して「増税が決まった」と勘違いされている方もいるかもしれませんが、岸田首相ら政権幹部が相次いで弁明を行なったように、サラリーマン増税は、少なくともすべては行なわれないと考えられます。

あまり知られていませんが、政府税制調査会には税制の決定権はありません。大切なのは与党税制調査会でどう審議されるか。今なら自民党の宮沢洋一税調会長がどう判断するかです。

今回の騒動に関しては少しだけ岸田首相にも同情の余地があり、簡単に言えば、政府税制調査会の学者が「サラリーマンにかかる税制度は古いので見直しの必要があるかもしれない」と提言したにすぎません。「増税する・しない」ではなく、あくまで建設的な議論として、です。

そのため、個人的には「間違った情報が走りすぎている」という印象がありました。ただその反面、これまでの流れを見ていると岸田首相ならこれを口実に増税に舵を切りかねないという懸念もあり、この段階で火消しに回らせたことが結果的に奏功するかもしれないという思いもあります。

今後の増税の行方のカギを握る、自民党税調会長の宮沢洋一氏。防衛増税の24年の実施は見送る見通しを示しているが......
今後の増税の行方のカギを握る、自民党税調会長の宮沢洋一氏。防衛増税の24年の実施は見送る見通しを示しているが......

とはいえ、退職金の非課税枠の縮小だけは滞りなく行なわれる可能性が高いと考えています。なぜなら、退職所得控除の見直しの話は以前から議論の対象になっていたから。サラリーマン増税に関して、これだけはしっかりと動向をチェックしておくべきでしょう。

次に問題となるのが、国民年金の保険料の支払期間延長です。20歳以上60歳未満の40年間から5年延長し、64歳までの45年間になります。

延長とだけ聞くとわかりづらいですが、現在の保険料は年間約20万円なので、支払期間が5年間延びれば約100万円もの負担増に。現行制度では40年間満額を支払っても受給額は月6万5000円ですが、100万円多く払ったからといって、今後、受給額が増える保証はありません。つまり、負担だけが増える可能性があるのです。

また、たばこ税と同様に「取りやすいところから取る」という理論から、単純に人口の多い高齢者も狙われています。後期高齢者医療保険の保険料の上限が73万円に引き上げられ、さらに65歳以上の高齢者の介護保険の自己負担が1割から2割に。また、生前贈与の相続税加算期間も亡くなってから3年以内だったのが7年以内に延びる予定です。これらは当事者となる高齢者だけでなく、介護に奮闘される親族の方も直面する問題だと思います。

■増税プランの多くは「実現性なし」!?

その他にもさまざまな増税プランが数多く検討され、今後、私たちの生活を圧迫すると考えられていますが、正直、そのほとんどは実現可能性が低いのではないかと踏んでいます。もし実行されるとしても、なんらかの軽減措置があるはず。

なぜなら、近々で岸田首相の選挙が控えているからです。事実、防衛増税の開始時期も先送りになりましたし、'25年に予定されていた結婚・子育て資金の一括贈与の非課税特例廃止も延期となりました。岸田首相肝いりの「異次元の少子化対策」でしたが、その財源を子育て世代から財源を確保するという本末転倒なトンデモ案で、案の定、実現には至らなかった。

また、実際問題として、現在予定されている増税プランがすべて実行されてしまったら、国民は生活できません。これくらいのことは岸田首相もわかっているはず、いや、わかっていてほしいと願っています。今後は増税に関するニュースに注視しつつ、このまま岸田首相が退陣してくれるのを待つ。受け身にはなってしまいますが、これが最善の流れだと考えています。

●松嶋洋(まつしま・よう) 
元国税調査官、税理士。2002年東京大学卒業。金融機関勤務を経て、東京国税局に入局。2007年に退官した後は税理士として活動。税務調査対策のコンサルタントとして、税理士向けセミナーの講師も務める。著書に『押せば意外に税務署なんと怖くない』(かんき出版)ほか多数

構成/桜井カズキ 写真/時事通信 首相官邸HP

増税ラッシュを主導しているとのイメージが先行する岸田首相だが、「風評被害」が否めない部分あるという