身体に障がいをもつ人をサポートするテクノロジーは昨今、目覚ましい進化を遂げています。最も求められているのは、スマホやパソコンの操作、移動、会話など、日常的な場面の負担軽減です。本記事では、日常の動作や行動をスムーズにするデジタルデバイスにスポットを当て紹介します。※本稿は、テック系メディアサイト『iX+(イクタス)』からの転載記事です。

現代を生きる障がい者をスマートにサポートする「アクセシビリティ」

スマートフォンに「アクセシビリティ」という機能を設定できるものが増えているのをご存じでしょうか。音声入力や、音声のテキスト化ができます。この機能が普及したことで、身体に障害を抱える人の情報アクセスや、コミュニケーションの利便性は、格段に向上しました。

視認情報から判断する場面の多い現代生活。目の不自由をサポートするテクノロジー

現代生活では、目で情報を獲得し、判断する場面が沢山あります。

たとえば、日用品のパッケージや、街中の案内看板に車の往来、電車やカフェの空席などです。特に、人や車の往来が激しい都市圏は、それらの情報を知り得ないことで、道に迷ったり、事故に巻き込まれたりする確率が高まります。目の不自由な人をサポートするテクノロジーを見ていきましょう。

視覚障がい者の「1人で外出」をサポートする「あしらせ」

目の不自由な人が安全に外出するためには、視覚以外で情報を得ることが重要です。移動中は信号や車などの音、手にしている白杖(はくじょう、白い杖を指す)を主な頼りにします。

つまり、聴覚と触覚から次々にやってくる情報をキャッチし、処理しつづけなければならず、その負担は甚大です。結果、1人での外出を諦めてしまう場合も多いのが課題でした。

「あしらせ」は靴に取り付けたデバイスが振動で歩行者に合図を送り、目的地までナビゲーションしてくれるシステムです。スマホの専用アプリから目的地を音声入力すると、連動しているデバイスが足元を振動させて道順を知らせてくれます。

たとえば、両足の振動は直進の合図です。右折する角まできたら右足、左折する角まで来たら左足の、振動スパンが短くなります。音声案内よりも自分がどちらに進むべきか直感的に分かる仕組みになっているため、デバイスツールを利用しているというより、身体を拡張したような感覚をもてるのが特徴です。

これまで「安全面」「道順」の両方に留意しなければならなかった歩行者の聴覚を道案内で塞がないため、ユーザーが「安全面」への配慮に専念できるのが最大の利点です。

視覚障がい者の生活を手助けするさまざまなサービス

ウェブテキストを即座に点字化できる!「Dot Pad

昨今は、音声情報をテキスト化したり、テキストを音声化したりするサービスが増えています。

一方で、視覚や聴覚ではなく、触覚で情報を伝えるデジタルデバイスが登場しました。オンライン上のテキストを即、点字翻訳できる「Dot Pad」です。

「Dot Pad」は大型のタブレットのように平らな、一枚板の形状をしています。中央のディスプレイには先端に白い球体のついた2,400本の、極小のピンが、規則正しく並んでいます。

搭載されているAIクラウドテクノロジーが、文字情報を点字デザインに変換すると、必要なピンが垂直に盛り上がり、点字が浮かび上がってくるシステムです。さらに、文字情報のほかグラフや図形、画像なども、ピンの凹凸で表現され、表面をなぞると認識することができます。

たとえば、ある写真を、2,400本のピンの凹凸で表現するのは難しいですよね? AIはまず写真データを解析し「ここに写っているのは人間だ」と判断すると、人間の輪郭を強調した点描デザインを考案。それに基づいてピンが浮かび上がります。

ユーザーが触覚で認識するために、最適な工夫ができる「Dot Pad」は、教育やビジネスなどさまざまなシーンでの活用が期待されます。

ビデオ通話で視覚障がい者の「目」になるアプリ「Be My Eyes

1人でできることを増やすテクノロジーが求められる一方、障がい者とサポーターとのコミュニケーションを促進する、ユニークなITサービスが脚光を浴びています。

2015年にデンマークでローンチされた無料アプリ「Be My Eyes」です。専任のボランティアスタッフが、目の不自由な人の「目」となり、代わりにものを見るサービスです。

たとえば「牛乳の賞味期限が知りたい」「駅のホームの案内板に書かれていることを知りたい」――など、今すぐ見たいものに遭遇したら、まずアプリにアクセス。

その時に対応できるボランティアスタッフがマッチングされ、すぐさまビデオ通話が開始されます。カメラを介して、文字情報を読み上げてくれたり、状況を説明してくれたりします。

絵や彫刻といった芸術作品のように、人によって感じ方が異なるものも伝えてくれるのがこのサービスの面白いところ。わたしたちにコミュニケーションの喜びを教えてくれるこのアプリは、Appleが優れたアプリを表彰する「Apple Design Awards」のソーシャルインパクト部門を2021年に受賞しました。

聴覚障がい者の日常生活をサポートする最新技術

聴覚障がいの症状は1人1人異なるのをご存じでしょうか。

音が全く聞こえない人もいれば、1人の話は聞き取れるけど、会議のような複数人のやりとりは聞こえにくい人など、さまざまです。症状にかかわらず、人が集まるシチュエーションでは不便や孤独を感じやすい傾向にあります。

耳の不自由な人をサポートするテクノロジーを見ていきましょう。

複数人の会話を視覚化し、会議などの参加をスムーズにする「VUEVO(ビューボ)」

音声をテキスト化するサービスの多くは「高性能マイクを搭載しているが故に、外部の騒音までも拾ってしまう」という欠点がありました。複数名が同時に話すとテキスト化できないという問題が生じます。

複数名が代わる代わる発言する、会議などのシーンに特化したデバイスとして登場したのが「VUEVO」です。ボディは直径約8センチ、高さ約2センチの円柱形で、一見するとポータブルスピーカーのような形状です。

この片手に収まるほどの小さな本体には8つのマイクが内蔵されており、声が聞こえる位置や声質から音声情報を聞き分け、複数名の発言をそれぞれ色分けしてテキスト化します。発言のタイミングが重なっても問題なく全て文字にすることが可能です。

どの人がどのコメントをしたか直感的に理解できるよう、音声が聞こえる方角に応じてテキストの表示位置が変わり、会議のスピードについていけるよう意匠が凝らされています。

音のリズムやパターンを、光と振動で伝える「Ontenna(オンテナ)」

「Ontenna」は全長6.5センチ、厚さ1.5センチのヘアクリップのような形状をしています。髪の毛や耳たぶ、洋服のえりもとなどに装着すると、音の特徴を光の強弱や振動でユーザーに伝えます。

光の明暗でリズムを表現し、激しい音は強く、やさしい音は弱く振動します。手話や文章では伝えきれないリズムやパターンを、直感的に体験することができます。

「Ontenna(オンテナ)」を活用することで、耳の不自由な人と健聴者が合奏したり、スポーツ観戦で会場にいる人たちと一体となって応援したり、音楽を通じたコミュニケーションの幅が広がります。音を「伝える」のではく、「楽しむ」ことができる新時代のデバイスです。

四肢障がいをサポートするテクノロジーとは

音声操作の一般化や、公共交通機関・街中のバリアフリー化により、四肢障がいをもつ人のサポート体制は目に見えて進歩していますが、極めて限定的であるのもまた事実です。

手足の不自由な人をサポートするテクノロジーを見ていきましょう。

手指による操作が難しい人のキーボード「KEY-X(キーエックス)」

「KEY-X」は縦約30センチ✕横約30センチの正方形のパネルに、直径およそ5センチ弱の大きなボタンが11個のみ設けられている、パソコンやスマートフォンを入力するためのキーボードです。

一般的なキーボードと比べてボタンが大きく、間隔が広いため、手や指の細かい操作が苦手な人でも操作しやすいのが特徴。脳性麻痺、パーキンソン病、多発性硬化症、アルツハイマー、ダウン症、自閉症といった人の利用を想定して開発されました。

ボタンは軽い圧力で反応するうえ、強く押しても壊れにくく、足を使った操作も可能です。さらに、まばたきを認識するデバイス「a-Blin-X」などの拡張機能も用意されており、利用者の幅が広いのが特徴です。

美の自己表現のためのビューティーテック「HAPTA(ハプタ)」

メイクアップのような指先の細かな動作が難しい人は、世界におよそ5,000万人いると言われています。

より多くの人がメイクを楽しめるよう開発されたのが、化粧品メーカー・ロレアルのサイエンティストとエンジニアが開発した「HAPTA」です。

手や腕が不自由な人が食事をする際に食器を安定させる、介助テクノロジーを採用しており、2023年にロレアル傘下のランコムで試験的に導入される予定です。

手や腕が不自由な人でもきれいに口紅を塗ることができるようになります。内蔵されているスマートモーション(動作)コントロール技術により、幅広い動きに対応でき、開けづらい化粧品パッケージも開封しやすく、細かいメイクの動作も可能です。

車椅子の概念を拡張する次世代モビリティ「TRANSELLA(トランセラ)」

足が不自由な人の移動手段は車椅子が主流ですが、階段を降りる、段差を乗り越えるという動作には不向きです。

最先端テクノロジーを駆使するベンチャー企業のLIFEHUBが車椅子の課題を解決すべく現在開発を進めているのは、 次世代の椅子型モビリティ「TRANSELLA」です。

現在主流の車椅子は後方に大きなタイヤ(駆動輪と呼ばれる)が2輪、前方に直径10センチ弱のキャスタ―が2輪、ついているものが主流ですが、「TRANSELLA」は直径15センチ程度の小ぶりなタイヤの4輪構造をしています。

ロボットの歩行技術を応用しており、なんと4輪でありながら2輪構造に変化することが可能です。

4輪移動の際は、座席と前輪を繋ぐレバー、前輪と後輪を繋ぐレバーが、ちょうど人間が足を膝から折り曲げて正座をしているようなくの字型をしています。このくの字型をしているレバーが天井へ垂直に伸びることで、「立ち上がる」という動作ができ、4輪から2輪に変化します。

このスタイルが加わることで小回りが格段に向上します。狭い場所、たとえばレジやカウンターでの動作や、駅のホームの移動などで力を発揮します。

また、段差を乗り越えるといった動作が得意で、エスカレーターにも乗ることができます。一般的な車椅子は大型トラック、本製品は軽自動車にたとえると、分かりやすいかもしれません。

「狭い場所」「混んでいる場所」「段差がある場所」に適応でき、利用者が歩行者とほぼ同じルートで移動可能になることが期待されます。2023年12月に発売予定です。

最新テクノロジーが人生を豊かに

身体に障がいをもつ人の日常的な不自由をサポートすることで、行動範囲や知見を広げるきっかけをつくり、人生をそっと後押ししてくれる。そんなテクノロジーが続々と登場しています。

直感的に操作や認識ができ、よりユーザーの負担を軽減できるのも最新デバイスの特徴です。今後ますますの発展に期待が高まります。

文/小沼 理

企画から執筆・編集まで多彩なメディアのコンテンツ制作に携わる編集プロダクション・かみゆに所属。得意ジャンルは日本史世界史、美術・アート、エンタテインメント、トレンド情報など。

(※写真はイメージです/PIXTA)