いまだ謎に満ちた病、「がん」。数々の「画期的」治療法が産声を上げては消えていく中、論文発表から異例の早さで実用化に到ったがん治療法がある。光免疫療法。「ノーベル賞級」とメディアを沸かせ、「第5のがん治療法」とも呼ばれるこの治療法は理論上、「9割のがんに効く」という。開発者は米国国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員。この「天才」に5年間密着、数十時間に及ぶインタビューを基に、いまだ普及途上にあるこの治療法が現在どのような状況にあるのか、また、これまで知られることのなかったドラマを明かした一冊が刊行された。『がんの消滅――天才が挑む光免疫療法』(芹澤健介[著]/小林久隆[医学監修]、新潮新書)だ。

 数々の研究者が「エレガント」と賞賛し、楽天グループ三木谷浩史会長をして「おもしろくねえほど簡単だな」と呟かせたがん治療法、「光免疫療法」。

 2009年11月に論文が発表されるや注目を浴び、論文発表から2ヶ月という早さで当時のバラク・オバマ大統領が年頭の一般教書演説で取り上げた。その言はこうだ。「今日、連邦政府が支援する研究所や大学において、数々の発見がなされている。健康な細胞を傷つけることなく、がん細胞だけを殺す治療法が開発されつつあるのだ」

 遡ること2年、世界最高峰の医学研究機関である米国国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員の研究室では奇妙な現象が起こっていた。放射線科医として10年以上の臨床経験を持ち、がんを可視化する研究(がんの分子イメージング)に取り組んでいた小林の研究室で、「がん細胞がぷちぷちと壊れていく」様が蛍光顕微鏡のモニターに映し出されていたのだ。小林の研究はがんを診断するために画像化することであり、「治療する」ことではない。ましてやがん細胞を破壊するなどということが目的ではない。だが、その現象は、現実に起こっていた。

 その時、「これは治療に使える」と確信した小林が2年の歳月を費やし書き上げた論文が現在の光免疫療法の原型だ。

「がん細胞だけを殺す」とオバマが評したこの治療法について、同書の中でも元テレビ朝日の玉川徹氏は「数あるがん治療の中でも切り札になるものでしょう」と述べ、ノーベル医学・生理学賞受賞者である京都大学iPS細胞研究所(CiRA)名誉所長の山中伸弥教授も「本当にびっくり仰天したんです。がんにこれほど効く治療法ができたのかって」とその驚きを語っている。日本のメディアの注目も続いた。NHKが、「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日系)が、光免疫療法をたびたび取り上げ、「情熱大陸」(TBS・MBS系)が、「ガイアの夜明け」(テレビ東京系)が、小林に密着した。小林は今年5月の「カズレーザーと学ぶ。」(日本テレビ系)にも出演しているから小林の名前や光免疫療法という名称をご記憶の方もいるかもしれない。

 楽天メディカルの支援を得た研究開発は驚くほどの早さで進み、光免疫療法は2020年9月、世界で初めて、日本の厚生労働省に承認された。国立成育医療研究センターによるとひとつの薬ができるまでに通常、「約9~ 17年」かかるという。かかる時間の長さもさることながら、かかる費用も莫大だ。日本製薬工業協会によれば、ひとつの薬ができるまでのコストは数百億~1000億円以上。数々の候補化合物の中から実際に薬として承認されるのは3万分の1。中外製薬のHPによると、「ほとんどの候補物質は途中の段階で断念されています」というのが実状だ。

 しかも、光免疫療法はたったひとつの薬を開発するのではない。がん治療の新たな幕を開けると言っていい「新たな治療法」を開発するというプロジェクトだ。その実現は「天才だからなしえた成功」と呼びたくなる。

 だが、なぜ、あえて言えば“一介の医師”に、そんなことが可能だったのか。

 なぜ異例のスピードで国に承認されたのか。莫大な費用はどうやって調達したのか。そもそも、なぜ小林はアメリカで研究を続けているのか。そして、放射線科医であった小林が、なぜ光免疫療法を開発し得たのか。

 小林の経歴は一見すれば「天才」らしく、華麗そのものだ。神戸の名門、灘高校を卒業、京都大学医学部を出て臨床医としての経験を積んだ後、渡米。医学研究の最高峰である米国国立衛生研究所で研究を続け、現在は自身の研究室を持つ終身の主任研究員である。

 ところが同書で触れられている小林の姿は意外だ。劣等生だった高校時代、研究どころではなかった臨床医時代、自信満々だった論文が見向きもされない最初の渡米時、帰国後味わったどん底の研究生活……ここで描かれる姿は「サクセスストーリー」の主人公とはほど遠い。

 丁寧に描かれる光免疫療法の現在地と未来図が、この治療法に期待をかける多くの人々に貴重な知識とパースペクティブを与える一方、同書は人間くさい「天才」の知られざる苦闘とドラマを描き出す。なぜ小林久隆という一研究者が「がんという複雑怪奇な病」に「エレガントな解」を示せるに到ったのか。どうして資金や治験といった圧倒的に高い壁を乗り越えることができたのか――それは同書で確認していただくとして、研究者の「志」こそが世界の新たな地平を切り拓くのかもしれない、と思わせてくれる一冊だ。

■著者コメント

がんをもはや「怖くない」と言う人もいる。

国立がん研究センターによれば、日本人の2人に1人ががんになる。東京都をはじめ、各自治体は「早期発見すれば、90%以上が治ります」とがん検診を勧める。「全身にがんが広がっていなければ、約50%の人が治ります」と言う医師もいる。

だがそれでも、日本人の死因1位は1981年から変わらずがん(悪性新生物)だ。2021年の厚生労働省の統計によると、がんの26・5%は2位の「高血圧性を除く心疾患」の14・9%を大きく引き離す。年間170万人ががんになり、そのうち70万人が治療法がないなどの理由で「がん難民」になると言われる。

結局のところ、日本人は2人に1人ががんになり、4人に1人はがんで死ぬ。

この数字が示すのはむしろ、身内や親しい友人をがんで失ったことがない人など、どのくらいいるのだろうということだ。

「9割のがんに効く」治療法があれば、どのくらいの人たちと私たちはまだ一緒に過ごせていただろうかということだ。

光免疫療法はまだ途上である。現状は、限られた病院で、限られた患者の、限られたがんに施されるに過ぎない。「夢の治療法」が現実化するためには、越えなければならない壁がいくつもある。

本書では足かけ6年にわたる小林久隆医師への直接取材を基に、光免疫療法のメカニズムとその現在、過去、未来を描くとともに、私たちが直面する「壁」とは何なのか、この治療法が生まれた背景に何があったのかを報告したい。

■著者紹介

芹澤 健介(せりざわ・けんすけ

1973(昭和48)年、沖縄県生まれ。横浜国立大学経済学部卒。ライター、編集者、構成作家、映像ディレクター。著書に『コンビニ外国人』『となりの外国人』など、共著に『本の時間を届けます』などがある。

医学監修:小林 久隆(こばやし・ひさたか)

1961(昭和36)年、兵庫県西宮市生まれ。光免疫療法の開発者。医学博士。京都大学医学部卒。同大学医学部附属病院などで臨床経験を積んだ後、京都大学大学院修了(内科系核医学専攻)。2001年に2度目の渡米、以後は米国国立衛生研究所(NIH)に所属、現在は「分子イメージングプログラム」にて終身の主任研究員。2014年にNIH長官賞、17年にNCI(米国国立がん研究所)長官個人表彰を受けるなど受賞多数。2022年4月、NIHに籍を残したまま関西医科大学光免疫医学研究所長に就任。

■書籍データ

【タイトル】『がんの消滅――天才医師が挑む光免疫療法』

【著者名】芹澤 健介

【発売日】2023年8月18日

【造本】新書判

【定価】924円(税込)

【URL】https://www.shinchosha.co.jp/book/611006/

配信元企業:株式会社新潮社

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