現在のVTuberシーンにおけるトップランナーの一つであるにじさんじ。そのなかにおいてもタレントの活躍する分野は日々拡がっている。

 メインとなる生配信に加え、事務所が主導する企画への参加や監修、主に一人ひとりのライバーが主導となって進む歌ってみたなどの動画のほか、ここ数年ほどはエンターテインメントのフィールドでアーティストとして日の目を見る者も増加してきた。

【画像】神楽めあが公開した、グウェルによる「既婚者バレドッキリ」の企画書

 育成プロジェクトであるバーチャル・タレント・アカデミーVTA)からも新規ライバーがデビューし始めており、現在約150名のメンバーが所属・活動しているにじさんじ。その層の厚さで今後も大きな影響を与えるだろう。

「大前提として、わたしはVTuberを趣味の延長でやってます。そのうえで家族に重きを置いて今後は活動していきます」

 この言葉は、2023年8月8日に投稿した動画の冒頭でグウェル・オス・ガールが語った言葉だ。

 VTuberシーンについて少しでも理解のある方であれば、このたった一行ほどの短い発言に対して様々な疑問、驚きが脳に浮かぶだろう。

 そもそも「企業所属のVTuber」というものが“趣味の延長”としてできるものなのか? という疑問がひとつ、「にじさんじ」というシーンでも一、二を争う大手事務所の所属タレントがこの発言をしたこと、そうした活動方針で活動をしていることへの驚きが2つ目、そしてそんなVTuberが「家族を大切にする」(彼には息子もいる)という明確なスタンスを打ち出したことが3つ目だ。

 表舞台に立つタレントが、自身の活動とプライベートとのバランスを見極めながら活動をしていく、と宣言すること。にじさんじに所属するVTuberとして多くのエンタメを届けてきたグウェル・オス・ガールにとって、この宣言をすることには大きな不安・懸念があっただろう。

 だが、「自身の活動が今後どのようになるのか?」という10分ほどの動画の冒頭でこの話題を切り出し、それが多くのファンから理解されているということが、もっとも驚くべき点ではないだろうか。事実、この動画には彼の誠実な対応への感謝を述べるコメントが多く寄せられている。

 今回は、そんなグウェル・オス・ガールという男の魅力を紐解いてみよう。

■わずか2週間で起こしてしまった出来事による“気まずいデビュー”

 グウェル・オス・ガールは2019年11月28日にツイッター(現:X)に初めて投稿をすると、11月30日にYouTubeにて初配信をおこなった。黒いサングラスオールバックの髪型、赤色と薄茶色のスーツでバチっと決め、右手にはマイク。そのビジュアルを見たファンからは往年の名司会者・タモリを想像させるとの声が相次いだ。

 そんな彼だが、デビュー後2週間ほど経ったころ、ある出来事がきっかけで“炎上キャラ”としての一面を背負うことになってしまった。

 サバイバルホラーゲーム『Friday the 13th:The Game』のプレイ実況で先輩らとともにコラボ配信をした際、マップに配置されたベッドの下に潜り込み、周囲からの視線を一切遮ってゲームクリアまで持ち込もうとしてみせたのだ。

 一般プレイヤーであれば、あくまでプレイスタイルの一つという言葉で片付けることもできたかもしれないが、配信者としてはかなり消極的なプレイイングとも言える。ともにコラボしていた同期の不破湊白雪巴の2人、樋口楓桜凛月ベルモンド・バンデラスといった先輩らも参加するなかで、見どころの無い配信となってしまり、当時のリスナーからは大きな顰蹙を買うことになってしまったのだ。

 後年、白雪巴不破湊ら3人でこの時期を振り返った際、白雪は「デビュー1周年が見えなかった」「これがあったからこそ炎上に敏感になった」と語るほどに落ち込んだと明かし、不破も「ネガティブに捉えるのはやめません?」と場を和まそうと真面目に言葉を発するほど。

 デビューして2週間ほどという一番大事な時期に騒動となってしまったのだから、三人にとってかなり衝撃的なアクシデントだったのは想像に難くない。

 そんな中にあって、この一件を面白がって一つのネタとして昇華してくれたのが、にじさんじSEEDs組としてデビューしていた先輩、緑仙だ。騒動の後日、『Minecraft』内で「ベッドの下に隠れるグウェル」をネタにした企画をおこなったのだ。

 この企画に参加したグウェルが見せたのは、彼の持ち味でもある強靭なメンタルだろう。

 緑仙ら先輩とともに「ベッド」「ラジオ」にかこつけた企画をまっとうに引き受けて、「炎上すらも一つのお笑いネタ」としてバネにしていくパワーを発揮するのだった。

 この騒動に関して、緑仙は「面白くないから炎上した」とバッサリ切って落としていたが、グウェルの折れない・めげない・強靭な精神自体は面白いと感じたのだろう。グウェル、白雪、不破の3人は、先輩から差し伸べられたフォローによって「非常に救われた」とも語っている。

■「わたしは企画屋です」 宣言通りにつぎつぎと生まれる秀逸な企画たち

 その後グウェルが4年近くに渡ってリスナーやファンに届けてくれたのは、企画を軸にした種類の配信だ。

 グウェルは「にじさんじに応募した理由は何ですか?」というリスナーからの問いに対し、「わたしは企画屋で、にじさんじにたくさん人がいるから応募した」「同じ企画でもメンバーが違えばそれだけで違ったものになるし、人が多ければ違った企画を作れる」と答えている。

 そんな彼が手掛けてきた企画のなかには、今でも定番・名物として人気を博しているシリーズがいくつかある。

 ウミガメのスープ、人狼系ゲーム、ワードウルフなど、テーブルゲームクイズゲームを中心にしつつ、様々な企画を展開してきたグウェル。なかでも高い人気を誇る企画といえば『PanicQube(パニックキューブ)』であろう。

 バラエティ放送コミュニティとして活動しているグループ「Box TV」が制作・企画にくわわっており、クイズ番組としてのクオリティの高さからもリスナーの支持を集めている。

 番組構成・内容がまとまっていることもあってか、これまで2021年・2022年と2度開催されてきた大型イベント『にじさんじフェスティバル』ではステージプログラムの1つとしてピックアップされている。

 ほかにも、多くの人があまり思いつかない・辿り着かないアイデアを見出し、実際にやってみてしまおうという行動力の高さも、彼が人気を集める理由だろう。その一例をご紹介しよう。

「水中マリカ

 こちらは『マリオカート8 デラックス』で「水中」があるコースを走り、操作キャラクターが水中に入ったら、参加者も「水中にいるかのような“ブクブク声”を発しながら走らなくてはいけない」という縛りを設けた対決。「水中芸」とも呼ぶべき鉄板のネタを見事に企画に仕立てており、一度見ればクセになる内容だ。

にじさんじ五十音順に描いたら画力上がってる説」

 タイトル通り、にじさんじに所属する面々を「あ」から始まる名前順に描いていけば、自然と画力が上がるのでは? という検証系の企画だ。

 2020年8月11日からスタートしたこの企画は、回を増すごとにグウェルがイラスト制作に力を入れるようになり、途中からはペンタブと『CLIP STUDIO PAINT』を導入するほどに。企画途中から「本気で画力向上に挑む」企画へと変貌していった。

 長期間にわたって続いた同企画は、さまざまな事情によって休止期間をはさみつつも、2022年6月20日に無事に「童田明治」のイラストを描ききったことでひとまずの終わりを迎えることになった。

 足掛け2年近くの間に新たなメンバーが加入したという経緯もあり、今後は企画途中でデビューしたメンバーにも不定期で挑戦していくとのこと。

グウェルにじさんじのメンバーに教える勉強企画」

 2020年9月19日グウェルは「魔界ノりりむに積分の問題を解かせるまで終われない」という耐久配信を実施した。

 グウェルの予想では、数時間ほどで終わるだろうと考えていたようだが、想定よりもりりむが数学を不得意としていることがわかり、分数・方程式・一次関数・極限と小・中学生レベルの数学から順を追って教えていく流れに。

「こうして答えは出せたけど、なんでこういう答えになるのか分からない」など、わからないことがあれば積極的に尋ね、意欲的に数学に取り組んでいく魔界ノりりむ

 それに対し、グウェルも一段と熱を入れて教師役を務め、公式を丸暗記させて終わらせるのではなく、「なぜその解が導き出されるのか」ということを図や絵も駆使しつつ、イメージから理解してもらおうと工夫していくことに。

 不定積分の問題を解いたあと、「感動してしまった。ひとが積分することで感動したなんて初めてだぞ」と感激するグウェル。おそらく見ているリスナーの多くも、「積分の問題を正答するだけで感動した」ことはなかったはずだ。

 不得手な人間も一定数いるような「数学」という学問をライブ配信のネタにし、親切な応対や適切な言葉遣いと判断により、「中学1年生が学ぶ数学の理解すら怪しい人が、最終的に積分・微分の問題を解けるようになる」まで根気よく教えてしまう。教育職でもないのにそんなことをできる大人は、実際のところそう多くない。彼だからこそエンターテインメントできた企画であろう。

 教育・勉強といった、エンターテインメントからは少し異なる分野をドラマティックに仕上げた本配信は、、気がつけば8時間にもわたる長時間の「数学配信」となり、この日のTwitter(現:X)でも話題を呼び、教育系YouTuberが言及するなど、各所に届き話題を呼んだ。

 おそらく、グウェル・オス・ガールの名前を一気にシーンの外まで知らしめることになったきっかけを挙げるとすれば、この企画は大きなファクターとなるだろう。

 また、後日フレン・E・ルスタリオ山神カルタといったメンバーも勉強企画に参加し、同様に非常に実りある時間を過ごしている。どちらも見どころがあり、しっかり「企画」としてリスナーの間にも定着しているようだ。

 この他にも、非常に多くの企画配信を手掛けているグウェル。その量・質ともに申し分はなく、彼の「企画配信」というだけで期待してしまうファンも多いことだろう。

にじさんじ内では唯一 シーンでも類を見ない妻子持ちの“お父さんVTuber”として

 さて、冒頭でも述べたように、グウェル・オス・ガールは妻帯者であり、一児の父でもある。

 そのことが知られるようになったのは、彼が2019年11月30日にYouTubeデビューを果たしてから想像以上に早いタイミングだった。

 デビューから3ヶ月と少しが経過した2020年3月18日グウェルとコラボ配信をしていたこともある神楽めあが、自身の配信内で「グウェルさんって既婚者だよね?」とおもわず口を滑らせてしまったのだ。直後にグウェル本人も謝罪配信を行ない、既婚者であることを認めたという経緯がある。

 ここまでの話だけを聞くと、神楽めあが大きな失態をしてしまったようにも映るだろう。だが、実際この一件はグウェル本人が神楽めあに提案した上でおこなわれた“仕込みネタ”(神楽めあの配信では事前にグウェルから送られた企画書の存在も明らかにされた)。

 グウェル自身は「どこかのタイミングで結婚していることを伝えなければならないだろう」と感じており、神楽めあとともにうまく報告しようと試みたのだという。

 その後、2020年6月には第一子が誕生したことも報告。妻子を持ち、本業の仕事との兼業で活動するVTuberという、にじさんじ、いやシーンにおいても異色な存在として知られていくことになった。

 自分と妻子を含めた家族に重きを置く活動のかたわらで、先述したようなユニークな企画配信が生まれていたというのは非常に驚かされるだろう。グウェルは家族との生活を大切にしながら配信活動を続けていくこととなった。

 生配信中に子どもが近づいてきたらリスナーに一言断ったうえであやしてみたり、育児のことも考えて配信は出来る限り23時を目途にして終了したりといったように、グウェルの家族を大切にするスタンスについては、にじさんじリスナーにおいても注目すべき一面があったはずだ。

 30万人突破の耐久配信中には、子どもが配信中のグウェルの元へ乱入。配信者としてだけでなく、父親としての一面が垣間見える一幕も。なんとも心温まるハプニングであろう。

 3Dビジュアルお披露目配信を無事に終え、企画屋としての影響力も徐々に強めていくなかで、2023年7月上旬に「大事なお話し」と題した動画を投稿。その内容が大きな話題を呼ぶことになり、冒頭で紹介した動画「良かったら全部聞いてください」へと繋がっていくことになった。

 7月の動画で語られた内容をかいつまんでまとめると、企画配信をつづけるためのスポンサーシップを立ち上げたこと、連れ添ってきた妻に看護が必要な状況となったため本業の仕事を辞めたこと、そういった生活を数か月過ごしたのちに、再就職活動をスタートしていると明かした。

 一方で、これらの情報を一気に開示したためか「同情でスポンサーシップに入る方が多かった」とグウェルは話す。現在は動画そのものを削除、スポンサーシップの加入状況も白紙へと戻したうえで、あらためて「企画への応援」という形で加入してほしいと語った。

 なにはともあれ、彼がこのような状況で「VTuber活動は趣味である」と言い切り、辞める選択肢を選ばなかったことを、筆者としては非常に嬉しく思っている。

 仕事とプライベートの比重をどのように置き、自身の人生を生きていくか。そうした「ワーク・ライフ・バランス」の在り方は、現代において重要な問題として考えられている。そんななかで、多くのリスナーが「人生にとって大切なものは家族である」とはっきり言い切るグウェル・オス・ガールの活動をつよく支持していることは、時代背景・世代間の価値観の影響は大いにあるものの、とても重要な視点を感じられる。なによりも彼らの支持・賛同は、グウェル本人にとって心強い支えになるはずだ。

 ちなみに、グウェルは現在YouTubeチャンネル登録者数50万人達成を間近にしており、50万人を目指して「配信部屋を垂れ流し続ける」という一風変わったライブ配信を行なっている。時間によってはグウェル本人がリアルタイムで作業をしている姿が見られ、それ以外は部屋の風景が流れているだけという内容だ。

 まさに「なんでそんなアイデアを思いついて実行するんだ?」という彼の持ち味が活かされた内容で、どんな状況にあってもユニークな配信を続けようと試行錯誤するグウェルの姿勢を感じられるはずだ。今後もグウェルと家族の安寧を願いながら、活動を見守っていきたい。

(文=草野虹)

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