適切な麻酔の選択や気管挿管、循環動態の管理など、手術において欠かせない存在である「麻酔科医」。他の科に比べ“高給取り”といわれる麻酔科医ですが、いま深刻な人手不足に悩まされていると、東京西徳洲会病院小児医療センターの秋谷進医師はいいます。いったいなぜなのでしょうか。麻酔科医の仕事内容と給与事情、人手不足の原因についてみていきます。

麻酔科医は「圧倒的人手不足」

救急医療や手術では欠かせない存在の「麻酔科医」。実際、医療の中心的な役割を果たしており、その重要性にもかかわらず、彼らの仕事はしばしば見過ごされがちです。

手術の成功は、実際にオペを行う医師の「腕」だけによりません。適切な麻酔の選択や気管挿管、循環動態の管理などを行う麻酔科医の専門的なスキルが大いに役立っています。言い換えれば、大いに依存しているともいえます。

そのため、麻酔科医は他の医師よりも高給であることが多いです。にもかかわらず、麻酔科医の人手不足は深刻化しています。

麻酔科医は手術における“舞台監督”

麻酔科医の仕事は、「手術中の患者さんを眠らせ、痛みを取り除くだけ」と思われがちですが、実はもっと幅広く複雑なことをしています。

あえて麻酔科医の仕事を一言でいうと、「手術という舞台の監督」です。

患者さんにとって、手術は“一世一代の大舞台”といえます。リスクは万が一でも受け入れたくないでしょう。

そこで、麻酔科医が中心となって、患者さんの状態を完全に把握し、手術リスクのシミュレーションを行い、安全に手術を乗り切るための下準備を行います。

1.呼吸管理

まず、麻酔科医は手術中の患者さんの生理状態を常にモニタリングし、その状態を正常範囲に保つための医療を行っています。

たとえば、外科医がお腹の手術を行う際には、筋肉を柔らかくするための薬物(筋弛緩薬)が必要になります。しかし、筋肉が完全に緩むと患者さん自身では呼吸ができなくなるため、人工呼吸が必要になります。これを「呼吸管理」といいます。

2.疼痛管理

また、手術中には「痛み刺激」が患者さんに加わるわけですが、その大きさは一定ではありません。

したがって麻酔科医は、強い痛み刺激操作のときには麻酔薬や鎮痛薬を多く投与して、痛みから患者さんの身体を守り、弱い痛み刺激操作のときには投与量を抑え、余分な麻酔薬を投与しないように気を配ります。これを「疼痛管理」と呼びます。

3.循環管理

さらに、手術中に出血が続くと、血圧は下がる一方、心拍数は代償的に増加します。これらを防ぐために、麻酔科医は輸液や輸血を行います。これが、いわゆる「循環管理」です。

このように、手術は医師が「切ってつなぐ」だけではなく、裏で麻酔科医が患者さんの身体をトータルサポートしています。

麻酔科医は、患者さんが手術を乗り切れる状態かどうか、都度正確に把握しなければなりません。そのため、手術の何日も前から患者さんを診察し、麻酔管理のために必要な検査を追加することもあります。また、手術のあとも患者さんの呼吸、循環系の安定や意識レベルの回復を確認します。

「麻酔科医は舞台監督である」と言った意味が、なんとなくおわかりいただけたでしょうか。

1年目から1,000万円!“高給取り”麻酔科医の懐事情

冒頭でも述べましたが、このように手術において“監督”の役割を果たす麻酔科医は、そのスキルと経験が評価され、他の科よりも「高給取り」になる傾向にあります。

一般的に、初年度の麻酔科医の年収は約1,000万円ほどです。経験を積むにつれさらに上昇し、10年以上のキャリアを持つ麻酔科医の年収は、平均して約1,500万円~2,000万円となります。

また、大学病院の麻酔科医は、約1,200万円~1,500万円となっています。

一方、開業医やフリーランスとして働く麻酔科医の年収は、その診療所の規模や地域、患者数などによって異なるものの、一般的には2,000万円以上となることが多いです。病院によっては年収3,000万円の医師もいます。

平均年収は1,335万円と、他の診療科と比較すると4番目に高い数字になっており、医師のなかでもかなり高年収な部類であることがわかります。

また、スポットバイト(※)もその高いスキルから高給であるのが麻酔科の特徴です。

※スポットバイト:不定期に、自分の空いた時間にだけ働ける単発のバイトのこと。

麻酔科医がたくさんいる都市部については、日中時間帯で最低1回10万円程度、麻酔科医が不足している地域では、日中で1回12万円程度収入があります。夜間では15万円ほどとなるケースもあります。

このように、金銭面だけみると非常に魅力的な職業ですし、専門性が高くやりがいがありそうです。しかし、麻酔科はさまざまな科のなかでも「不足しやすい科」といわれ、慢性的な人手不足に陥っています。いったいなぜでしょうか。

麻酔科医が「増えているのに足りない」ワケ

実際、麻酔科医は年々増加傾向にあります。2020年の調査によると、「主たる診療科」と「従たる診療科」を合計した麻酔科医の数は約1万2,000人。10年前(2010年)と比べ増加しています。また、若手では特に女性麻酔科医が増えているようです。

人手不足に拍車をかける「仕事内容の変化」

かつての麻酔科医の仕事は、先述した「手術の監督者」の役割のみでした。

しかし、前述のとおり麻酔科は「疼痛管理のプロ」という側面がピックアップされ、「ペイン科」という他の科では扱わない痛みを専門に扱う科として役目が担われています。

さらに、そこから発展して「いかに痛みがなくがんの終末期を迎えられるか」という側面から、緩和ケアに従事することもあります。また、分娩も「無痛分娩」が流行しはじめ麻酔科の役割も「鎮痛」という観点からどんどん発展しているのです。

もう1つの理由は、医師の女性化と地域の医師の偏在化です。

どの地域でも手術は必要です。手術でしか助けられない命は必ずあります。

しかし、地域による人気・不人気がでてくると、一定の地域には「麻酔科がない」ということも往々にして出てきます。

特に、緊急手術はいつ行われるかわかりませんから、麻酔科は24時間体制でいなければなりません。多くなっているとはいえ、全国で「主たる科」として標榜している麻酔科医は10,000人。しかし、都道府県別の内訳をみると、非常に大きな「偏在化」が見受けられます。

たとえば、麻酔科医が多い地域は北海道大分県鹿児島県で、約4.7%が麻酔科医となります。一方、麻酔科医が少ない地域は三重県新潟県などで、多い県の約半分(2.3%)しかいません。

当然麻酔科医の割合が減ると、相対的に1人あたりの責任や仕事量は増えます。精神的ストレスも多く、医療事故の可能性も出てきます。

このように、さまざまなスキルを持ち合わせている魅力の高い科だからこそ、色々な病院でひっぱりだこであり、地域の医師偏在化に耐えられていないのです。

麻酔科医の高年収は見合ってる?

麻酔科医は、手術の成功と患者の安全を担保する重要な役割を果たす大切な職業。そのため、麻酔科医の年収は他の専門医に比べて高い傾向にあります。

しかし、その一方で、麻酔科医は常に「不足」が叫ばれており、「監督」としての精神的ストレス、夜間勤務も余儀なくされることによる睡眠障害、そして幅広い状況に対応しなければならない職業性ストレスなど、多くの健康リスクやデメリットに直面しています。

また、麻酔科医の仕事は専門性が高く、その知識と技術を習得するには長い時間と労力が必要です。さらに、麻酔科医から開業医へのキャリアアップが難しいという問題もあるでしょう。

これらの要素を考慮すると、麻酔科医の年収が高いことは、その責任とリスクを反映していると言えます。

これらをふまえて、あなたは麻酔科医の年収に見合っていると思いますか? 手術でしか救えない患者さんを救うためにも、麻酔科医不足が早く解消されることを願っています。

秋谷 進

東京西徳洲会病院小児医療センター

小児科医

(※写真はイメージです/PIXTA)