欧米では、動態保存されている昔の軍用機が有料のエアショーで飛行し、観客の目を楽しませていますが、日本には動態保存されている例がありません。なぜ、日本では零戦など昔の飛行機が、エアショーで飛んだりしないのでしょうか。

復元零戦の前に立ち塞がった登録制度の複雑さ

2017年、残骸を元に復元された零式艦上戦闘機(いわゆる零戦)二二型を日本の実業家が海外で取得し、日本で「JA」から始まる登録記号での航空機登録を目指しました。維持費などをまかなうためクラウドファンディングも実施し、各地で飛行する姿を見せてくれましたが、最終的に日本での登録を断念し、再び海外へ流出してしまっています。

この取り組みが頓挫した背景には、日本における「航空機登録制度」の壁が立ちはだかっていました。結論から言うと、現行制度上では復元されたビンテージ航空機が「JA」で始まる登録記号を得ることは、ほぼ不可能なのです。

日本で航空機を登録する場合、輸入機は製造国(輸出国)の発行した輸出耐空証明書が、国産機では航空法第20条で規定される製造者が発行する航空機製造証明書か基準適合証が必要です。基準に適合した製造設備で作られ、型式証明や耐空証明を得ていることが前提となります。

耐空証明について詳しく定めているのは航空法第10条および国土交通省令ですが、要は機体の強度やエンジンの性能など、設計・製造過程や現状を検査するということ。クルマの車検と同じようなもので、安全に飛行できるか性能を検査し、有効期間は1年となっています。耐空証明がないと日本国内で飛ばすことはできません。

新規に耐空証明を受ける場合、型式証明を受けた量産機であれば、型式証明を受ける時点で規定をクリアしており、手続きは簡便なものとなります。しかし、零戦を始めとした「ウォーバーズ」と呼ばれる第2次世界大戦で活躍した航空機は「量産機」であるものの、軍用機のため民間登録の機会がなく、最初から検査を受ける必要があります。

機体の強度試験については、実際に負荷をかけて変形や破壊に至らないかをチェックするわけですが、試験機を別に用意できる量産機と違い、1機しかない復元機は破壊されたら終わりというハードモード。愛好家が設計・製作した自作機も同様で、組み立てキット機を含め、日本における航空機登録は現状、「量産機」を前提とした制度、と言わざるを得ません。

「量産機以外」は耐空証明をとれるのか?

一応、例外規定も存在し、耐空証明の必要性を定めた航空法第11条第1項には「但し、試験飛行等を行うため国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない」となっています。しかし、これは自作機や試験機など、オンリーワンの航空機を念頭に置いた規定です。こういった機体のことを、外国では「エクスペリメンタル」機と呼んでいます。

日本において、エクスペリメンタル機に対して用意されているのが、JAとは別の「JX」で始まる登録記号です。航空機の性能は実際に飛ばしてみないと詳しく判別できないため、その試験飛行を可能にする登録制度となっています。

ウォーバーズなどの復元機も、設計・製作段階での基準を満たせば「JX」登録が可能です。こちらは量産機が前提のJA登録と比較するとハードルは低くなっていますが、これはこれでまた試験飛行に関する日本独特の制度がネックになっているのです。

それは、あくまでも「試験飛行」なので、飛行場の周囲でしか飛べないこと。また飛行に際しては、飛行する時期や使用する飛行場、操縦者などを国土交通省航空局に申請し、許可を得なければなりません。そのため、有料のエアショーをはじめ遊覧飛行、映画やドラマの撮影協力で飛行するなど、飛行そのものをマネタイズすることも禁じられています。

別の場所へ飛んで行くこともできず、飛行もマネタイズできないとなると、ウォーバーズ復元機の維持費をまかなうことは困難。これらを鑑みると、エクスペリメンタルの「JX」登録は、不自由な点が多すぎると言えるでしょう。

では、欧米のエアショーなどで飛んでいるウォーバーズは、一体どんな仕組みになっているのでしょう。イギリス空軍やオーストラリア空軍では、ウォーバーズを動態保存し続ける専門の部隊を編成することで、各地のエアショーや国家行事において昔の機体を飛ばしています。その一方で、アメリカを筆頭に多くのウォーバーズは民間団体や個人が所有しています。

例えば、映画『トップガンマーヴェリック』に登場したプロペラ戦闘機P-51マスタング」。これは主演のトム・クルーズが個人で所有しているものです。このほかにも海外では戦闘機だけでなく、B-17B-29のような大型爆撃機、そしてMiG-29のようなジェット戦闘機も民間登録で空を飛んでいます。

欧米では扱いの違う「エクスペリメンタル」登録

実は、これら民間所有のウォーバーズも「エクスペリメンタル」登録。ただし、日本とは扱いが大きく異なります。

一例としてアメリカでは、エクスペリメンタル機であっても一般の旅客機などと同様に「N」で始まる登録記号(Nナンバー)が付与されます。違いは種別欄に「エクスペリメンタル」と表記される点。それを除けば、扱いは一般の航空機とあまり変わりません。エアレースで飛んでいるレース機も、1機ごとに異なる改修をしているため「エクスペリメンタル」機に分類されています。

この背景には、日本とは比べものにならないほど豊かなゼネラル・アビエーション(軍やエアラインなどを除く一般の民間航空)文化があります。自家用機を保有する人も多く、エアラインや軍のパイロットで、初飛行はゼネラル・アビエーションだった……という例も少なくありません。

自作機や復元機を飛ばそう、という人も歴史的に多く、少しずつ安全性を国に認めさせ、現在に至っているのです。日本では、まだそういったゼネラル・アビエーションの文化は広く普及しておらず、自作機や復元機の自由な飛行を国が容認するまでには至っていません。

第2次世界大戦前には日本でも有料のエアショーが各地で開催され、将来のパイロット育成に資するとして、文部省が学校にグライダー部を作るよう奨励したこともありました。しかし、敗戦が大きな転換点となりました。日本占領の元締めとなったGHQ(連合国軍総司令部)による航空禁止令は「航空機産業の遅れを招いた」と表現されますが、それ以上に人々から「空を飛ぶこと」を奪い、ゼネラル・アビエーション文化の流れを断ち切ってしまった面が大きかったように思われます。

冒頭に記した実業家が取得した零戦も、そのままアメリカの「Nナンバー(エクスペリメンタル登録)」で維持するという手段もありましたが、それでも耐空証明を更新するたびにアメリカへ移送しなくてはならず、日本で維持するには費用がかかりすぎます。ウォーバーズをはじめとした復元機を日本で動態保存するのは、現実的ではないと言えるでしょう。

動態保存は果たしてベストか?「テセウスの船」のジレンマ

では、日本で動態保存できないことは欠点なのかというと、必ずしもそうではありません。古代ギリシャの伝説「テセウスの船」と同じジレンマが、動態保存には存在するのです。

テセウスの船」とは、ギリシャ神話に登場するアテナイ(後のアテネ)王、テセウスがクレタ島での戦いに勝利した際、帰還した時に乗っていた木造の船を後世に伝えるため保存したというのに起因する例え話です。末永く残すため、経年変化で朽ちてしまった部分は徐々に新しい木材で修復されていきますが、やがて修復を重ねた船からはオリジナルの部材が消えてしまいました。

そして、遂にオリジナルの部分がほとんどなくなってしまったとき、はたしてこの船は「テセウスが乗って勝利した船」そのものと言えるのか――という問いかけです。

同じことがウォーバーズなど復元機の動態保存にも当てはまります。飛べる状態を維持し続けるということは、計器や無線機などを現代の規定に適合させるため、新しいものに置き換えていかねばなりません。

構造部材も経年劣化するため、飛行に耐えるよう新しくしていく必要があり、その分オリジナルの部品は減っていきます。そのため修復を重ねると、将来的に「同じ形をした新造機」となる可能性を含んでいます。

旧日本軍機は残存する個体が少なく、ほぼオリジナルに近い状態で動態保存されているのは、アメリカのカリフォルニア州チノにある航空博物館「プレーンズ・オブ・フェイム」の零戦五二型くらい。実業家が入手した零戦二二型も、残骸をもとにしながらも胴体や主翼など大部分が新造されたものになっており、海外のデータベースサイトによっては「レプリカ機」に分類されているのが現状です。

日本ではオリジナルを後世に残す「静態保存」が向いている?

また、空を飛ぶばかりが動態保存ではありません。イギリスなどでは、耐空証明を取得せずエンジンを稼働状態にしている「飛ばない」動態保存機もいくつか存在しています。耐空証明をクリアし続けるのは費用も多くかかりますが、エンジンを動かすだけなら整備を万全にすればOKなので、負担は少なく済みます。

これら「飛ばない」動態保存機は、エンジンを動かして地上を移動させるタイプの有料イベントも年数回実施されています。寄付や奉仕活動の文化が根付いていることもあって、維持費はファンクラブ制度で寄付を募ったり、関連グッズを作って販売したりして捻出しているようです。

逆に静態保存であれば、適切な保存処理を実施することで、オリジナルの部分を長く残すことができ、後世の研究に役立てることが可能です。

その好例が、旧陸軍の福生飛行場(現:横田基地)で鹵獲(ろかく)され、2023年現在は生まれ故郷である川崎航空機(当時)岐阜工場に近い「岐阜かかみがはら航空宇宙博物館」で展示されている三式戦闘機「飛燕」です。川崎重工の手で2016年に実施された大規模修復時、塗膜を剥がしオリジナルに限りなく近い状態に戻されたのち、東京文化財研究所の監修で所有する一般財団法人 日本航空協会が調査したところ、今までわからなかった製造時の様子などが新たに判明しました。

日本でウォーバーズを始めとした復元機を動態保存するのは、法令面で難しいのが現状であり、それを変えていくには長い年月が必要なうえ、その前提となる文化面での環境すら整っていません。現状を変えていく努力は必要ですが、その間にもできることとして、今あるオリジナルの個体を適切に保存し、劣化から守っていくことが大切でしょう。

戦争という悲しい過去から解き放たれ、大空を自由に舞うウォーバーズの姿を日本国内で見たいと願うのはファンだからこその夢と言えますが、航空機を「産業文化財」として見ると、必ずしも飛ばすことがベストではありません。個体数の多い機種なら話は別ですが、数少ない貴重な日本機の場合、静態保存でオリジナルの状態を維持し、後世に残すことの方が、より重要かもしれないのです。

日本の実業家が取得し、日本の空を飛んだ零戦二二型(咲村珠樹撮影)。