転職が当たり前の時代。そうはいってもシニア世代の親には子供の転職を理解できないという人もいるようで……。本記事では、Aさんの事例とともに大企業の早期退職について、FP1級の川淵ゆかり氏が解説します。

転職希望者1,000万人、転職者300万人の時代

苦労して子供を育て上げ、就職させてこれで安心、と思っても終身雇用制度が崩壊しつつある日本では、定年退職まで在職してくれる保証はありません。

統計局「労働力調査(令和4年)【平均結果統計表】」によると、転職希望者は968万人(男女とも)にも上がっており、1,000万人に到達しそうな数字となっています。このうち、ミドル世代・シニア世代の35~64歳の男性についてのみピックアップすると、

■35~44歳 120万人

■45~54歳 110万人

■55~64歳  61万人

という結果が出ており、全体の約3割を占めているのがわかります。世の中のお父さんの苦労がわかるような数字ですね。なお、実際の転職者数の推移は次のとおりです。コロナ禍で2年間ほど落ち込みましたが、2022年からは再度増えています。

賃金や仕事の条件が合わなかったり、家庭の事情があったりで「転職はしたいが、なかなか実現しない」というのもあるでしょうが、それでも転職希望者の約3割は実際に転職していることになります。

終身雇用制度の時代を生きてきて、1つの会社で無事に定年退職まで勤め上げた親世代の方には、お子さんの転職希望や転職の実情がわからないという方もいらっしゃいます。国家公務員として60歳で定年退職を迎えたAさんも、そんな息子さんの気持ちがわかりにくく息子さんと距離ができてしまったひとりです。

※相談者からの許可を得て一部脚色して記載しています。

息子がリストラされた60歳・Aさん

69歳になるAさんは、60歳で国家公務員を定年退職したあとは、夫婦2人でのんびりと郊外の一軒家で暮らしていました。

<Aさんの現在の家計事情> 

 ・金融資産:約3,500万円

 ・住まい:持ち家・築25年(住宅ローンなし)

 ・年金月額

   Aさん……約22万円

   妻……約6万6,000円(国民年金のみ)

家も古くなりリフォームも考えていたのですが、売却してシニア向け分譲マンションの購入の検討もはじめ、老後資金の相談に来られた方です。Aさんには一流大学を卒業して大企業に就職した45歳の自慢の息子さんがいらっしゃいます。息子さんは結婚後に一戸建てを新築して、妻(42歳)とお子さん2人(中学生・小学生)と4人でAさんとは離れた地域で暮らしています。

そんな息子さんですが、「希望退職者の募集」という名のリストラに遭ってしまい、20年以上も勤めた大企業を辞めることに。その後は中小企業に転職しました。

この話を聞いたとき、Aさんは唖然としました。終身雇用時代でさらに国家公務員という安定した仕事で生きてきたAさんには、大企業リストラされて中小企業に転職した息子さんの気持ちはさっぱりわかりません。なにかの間違いでは、とさえ思ったほどです。優秀で自慢だった息子がなんだか別人に見えてしまった、といいます。

大企業での「希望・早期退職者募集」

(株)東京商工リサーチによると、2023年1~5月までに「早期・希望退職者」を募集した上場企業は、20社(前年同期19社)と発表しています。コロナ禍の2021年に比べると大きく減少はしていますが、「2022年末から米国を中心に、海外の大手テック企業が相次いで人員削減を打ち出しており、国内でもコロナ禍対応を進めた業種や企業で、見直しに伴う人員削減が現実味を帯びている」ともしており、今後も大企業での早期退職募集は続きそうです。

家計を考えるとそのまま勤め上げたほうがいいのでしょうが、

・「いま、居座ってもまた数年後に募集があるかもしれない。それなら若いうちに」

・「会社では自分の評価はよくないと思っている。会社に居続けても、辛いだけ」

といった理由で、「定年退職までいられそうもない」と判断されて、退職を決断される方も多いようです。

筆者は息子さんとは直接お話をしていませんが、当然息子さんのほうが大変な思いをされて転職に踏み切ったのだと思いますし、45歳という年齢で正社員に転職されたのはやはり優秀なのだと思います。もしかしたらいまのほうが本人はやりがいを感じてお仕事をされているのかもしれません。

20年以上も勤め上げた会社(しかも大企業)を辞めることを、育て上げてくれた親に告げることは、お子さん側からするとなかなか辛いものもあります。

Aさんのようにお子さんの退職にショックを受ける高齢者もいらっしゃるでしょうが、日本の終身雇用制度は崩壊しつつある、と捉えて広い心で接することも大事です。

「息子は住宅ローンもあるし、私立中学に通っている孫もいるので、退職金をもらったとしても家計もなかなか大変になると思います。女房は心配して内緒でいくらか渡したようですが、今後もまた『リストラされた!』となるかもしれません。経済的に援助しないといけないことも出てくるかもしれないので、憧れの分譲マンションも二の足を踏んでいます。正直私たちの老後までマズい状況に脅かされているんです」とAさんは不安そうに言います。

以前は孫たちを連れて度々遊びに帰ってきてくれた息子さんでしたが、転職後は「忙しいから」と言って、なかなか顔を出さなくなったそうです。Aさんは本来は優しい方なので、「もう少ししたらAさんのほうから奥さんを連れて息子さんのお家に行ってみたらどうですか?」と話してみました。

息子さんに会って、実際に暮らしぶりを見ていただければ、Aさん自身のこれからの終の棲家をどうするか(リフォームするか、マンションに移るか)、といった判断もできるようになる、と感じたからです。まずは、Aさんと息子さんが笑って話し合えるようになれるといいな、と思います。

<参考>

・統計局「労働力調査(令和4年)【平均結果統計表】」

川淵 ゆかり

川淵ゆかり事務所

代表

(※写真はイメージです/PIXTA)