『ローマの休日』(53)の製作70年を記念した4Kレストア版が8月25日(金)より公開される。本作といえば、スペイン広場でのジェラート、真実の口でのドッキリなどアイコニックなシーンやアイテムのオンパレード。デートの足として使われる「ベスパ」もその一つだ。そこで今回は、ベスパが活躍する映画を集めてみた。
【写真を見る】映画やドラマにおけるベスパの活躍ぶりをチェック!(『ローマの休日』)
ベスパとは、イタリアのバイクメーカーであるピアッジオ社が1946年から発売しているスクーターのこと。もともとピアッジオ社は船舶用のパーツメーカーから、鉄道、航空機へと事業を拡大。敗戦国となった戦後1946年から、航空で培った技術を投入したベスパの生産を始めていく。
ベスパとは”スズメバチ”の意味で、その由来はエンジン音とぷっくりと丸い後部のルックスから。エンジンをリアに搭載したスカートでも乗れるボディデザイン、ヒールでも扱えるように手元に設けられたギアなど、当時の二輪車の概念を覆すユニークな造形だったが、誰でも乗りやすい庶民の足として浸透していった。
発売当初は苦戦が続いていたベスパの人気拡大に貢献したのが『ローマの休日』だ。ローマを舞台に公務に疲れた某国皇室のアン王女(オードリー・ヘプバーン)とアメリカ人記者のジョー(グレゴリー・ペック)のひと時の恋を描いた、言わずもがなの名作だ。
ベスパはコロッセオなどローマの名所を巡る手段として登場しており、運転するジョーの腰に手を回しながら脚を横に投げだして腰掛けるアン王女の姿を覚えている人も多いはず。
また好奇心旺盛なアン王女が運転席に跨るとそのままベスパが発進してしまい、なんとか追いついたジョーを後部に乗せながら暴走する一幕も。皇室の息苦しさから解放され、スリルを楽しむアン王女の心理が表現されたシーンだった。
時代を超えたアイコンとして愛されるベスパは、イタリアにまつわる作品にたびたび登場している。その一つが、第47回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したシネマエッセイ『親愛なる日記』(93)だ。
ナンニ・モレッティ監督自ら演じる主人公の映画監督モレッティが、ローマやシチリアの島々を巡る様子が綴られていく本作。第1章のタイトルがずばり「ベスパに乗って」で、モレッティが気の向くままに緑色のベスパをよろよろと走らせながらローマの街を案内していく、自然体な姿が印象的だ。
最近では、1950年代の北イタリアを舞台に、シー・モンスターの少年2人が人間の世界で巻き起こす騒動を描いたピクサーアニメ『あの夏のルカ』(21)でもキーアイテムとして抜群の存在感を放っている。
本作で主人公のルカ(声:ジェイコブ・トレンブレイ)とアルベルト(声:ジャック・ディラン・グレイザー)はトライアスロンの大会に出場することになるのだが、その優勝賞金で手に入れたいものが、自分たちをどこへでも連れていってくれるベスパなのだ。また、悪党エルコレ(声:サヴェリオ・ライモンド)の愛車としても登場しており、いかにベスパが50年代当時のイタリアで普遍的な存在だったのかをうかがうことができる。
ちなみピクサー作品では『レミーのおいしいレストラン』(07)でも、ねずみのレミー(声:パットン・オズワルト)を捕まえようとする悪党のスキナー(声:イアン・ホルム)がパリの街をベスパに乗って疾走している。
『ローマの休日』と並び、ベスパが印象的な映画といえば『さらば青春の光』(79)だろう。本作は、ザ・フーによるアルバム『Quadrophenia』をモチーフに、1960年代イギリスに流行した“モッズ”と呼ばれる若者たちの青春を描く。
モッズカルチャーの一つにスクーターのカスタムがあり、ランブレッタやベスパといったイタリア車にライトやバックミラーをたくさん装着したものが大流行。そもそもトラディショナルな社会に反抗するモッズの若者たちは、イタリアの細身でイケイケなスーツを好んで着用し、スクーターもスーツにマッチするようにイタリアのものを好んだのだとか。
『さらば青春の光』で主人公のジミー(フィル・ダニエルズ)が乗っているのはランブレッタだが、モッズ界のカリスマであるエース(スティング)の愛車として銀のベスパが登場する。このベスパ、ラストで愛車を事故で失ったジミーに盗まれると、崖から海に投げ捨てられるハメに…。ジミーのモッズとの決別を示す重要なシーンだった。
イギリスのモッズカルチャーという観点で言えば、1958年のロンドン・ソーホーを舞台とした『ビギナーズ』(86)でもモッズの象徴としてベスパが躍動。しかしクライマックスでは、ジャズなどの黒人カルチャーを愛するモッズに憎悪を抱くファシストたちの手によって、ベスパは無残にも燃やされてしまうのだった。
■『アメリカン・グラフィティ』のなぜか心に残るあのシーン
1950年代からはヨーロッパだけでなく、世界中で生産、販売されていったベスパ。1962年のカリフォルニア州モデストの街を舞台に、旅立ちを控える若者たちのとある一夜を活写した名作『アメリカン・グラフィティ』(73)にも登場している。
映画のオープニング、車を持っていない主人公の一人、テリー(チャールズ・マーティン・スミス)は、ベスパに乗って溜まり場のドライブインレストランにやってくるが、操作を誤りゴミ箱に激突してしまう。なにげないシーンだが、テリーの鈍臭さを表したなんとも印象に残る一幕だった。
日本の作品では、映画ではないが松田優作が主演を務めたテレビドラマ「探偵物語」のなかで、主人公の工藤の移動手段として白のベスパが登場する。
変な音と黒煙を上げながら走ったり、大事なところで止まってしまったりと工藤からもポンコツ呼ばわりされていたこのベスパ。一方、運転している工藤もうまく停車できずに壁にぶつけてしまったり…どこかお茶目な工藤のキャラクターにぴったりのバイクだった。
時には『アルフィー』(04)でおしゃれなプレイボーイを象徴するアイテムとなり、かたや『デッドプール2』(18)でギャグ的な使われ方をし、『トランスフォーマー/最後の騎士王』(17)ではかわいらしいオートボットになり…と、実に1400以上の作品で登場してきたというベスパ。
時代やその土地の文化を示すアイテムとして使われたり、キャラクターの個性を表現するために使われたり、単なる移動手段以上の意味が込められた、まさにアイコンと呼べる乗り物なのだ。
文/サンクレイオ翼
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