岐阜で起きた自衛艦候補生の乱射事件で出動した陸上自衛隊の警務隊。犯罪捜査以外の多岐にわたる任務のほか、国賓が来日した際に目にする「特別儀じょう隊」も担う組織です。その実態に迫ります。

麻薬取締官などと同じ特別な位置づけの自衛隊「警務官」

今年(2023年)の6月14日岐阜県にある陸上自衛隊の屋内射撃場において、自衛官候補生が銃を乱射し、2名が死亡、1名が重傷を負うという悲惨な事件が発生しました。実はこのとき、当該隊員を逮捕し、検察庁へ送った(送致)のは、警察ではありませんでした。

警察の代わりに動いたのは陸上自衛隊の「警務隊」です。なぜ警察ではなかったのでしょうか。そして警務隊とはどのような役割を担う組織なのでしょうか。

「警務隊」とは、いわば自衛隊の中の警察です。旧日本軍アメリカ軍などでいうところの憲兵(ミリタリーポリス:MP)にあたる部隊で、冒頭に記したのは陸上自衛隊の警務隊ですが、海空自衛隊にも配置されています。

自衛隊内における秩序を維持するのが主な役割で、「警務官」と呼ばれる専門の教育を受けた隊員で構成されています。なお、彼ら警務官は刑事訴訟法に基づく司法警察員としての身分を持っています。

この司法警察員というのは2種類あり、一般的な警察署や交番で勤務している警察官が「一般司法警察職員」であるのに対し、自衛隊の警務官は特定の管轄下でのみ犯罪捜査を行うことができる「特別司法警察職員」と定められています。なお、この特別司法警察職員には、海上保安官や麻薬取締官なども含まれます。

自衛隊の警務官 権限はどこまで?

自衛隊の警務官が担う主な役割は、今回の岐阜での事案のように、司法警察職員として自衛隊内の犯罪に関する捜査や被疑者の逮捕を行う以外に、保安職務としての交通統制や警護任務なども含まれています。

この保安職務としての任務がよくわかるのが、記念式典での警務隊の動きです。中央観閲式を始めとして各地で行われる航空祭や駐屯地記念行事などでは、来賓として会場入りした政治家の警護や交通誘導を行っています。ほかにも、災害派遣要請に基づき自衛隊が出動し、活動を行っている被災地などでは、現場で交通統制にあたる姿も見られます。

警務隊は陸海空の3自衛隊で組織されているため、全てを記すと膨大になってしまいます。そこで今回は、3自衛隊の警務隊の中で最も規模が大きく、かつ目撃頻度も多い陸上自衛隊の警務隊について見てみましょう。

陸上自衛隊の警務隊は、防衛省自衛隊の総本山ともいえる市ヶ谷駐屯地に、大元である警務隊本部と中央警務隊が編成されており、地方組織として5個の方面警務隊があります。そして方面警務隊の下位部隊として地区警務隊と保安警務中隊が組織され、さらに細かく警務派遣隊や警務連絡隊が編成されることで、全国の駐屯地にくまなく警務官が配置される形を採っています。

では、実際に自衛隊の警務官はどこまでの権限を有しているのでしょうか。

旧日本軍の憲兵であれば、民間人への司法警察権や行政警察権などもありましたが、自衛隊の警務官にその権限はありません。あくまでも、罪を犯した自衛官に対する捜査や逮捕などが行えるだけです。この背景には、日本国憲法の第76条第2項前段にあるように、特別裁判所となる軍法会議を設置することができないため、警務官が罪を犯した自衛官を独自に起訴したり、何かしらの法的処分を行ったりすることができないという制限もあるからです。

こういった理由から、冒頭に記したように岐阜の事件でも、警務官は罪を犯した自衛官を逮捕し、取り調べを行った後は、被疑者の身柄を検察庁へと送るのです。

特別儀じょう隊も警務科所属

また、陸上自衛隊の警務隊が担う重要な任務に、「儀じょう」があります。これは海外から国賓などが来る際に、防衛省本省や迎賓館などで実施されるもので、特別儀じょうや栄誉礼という名で知られています。

この儀じょう任務を数多く実施しているのが、市谷駐屯地に所在する第302保安警務中隊です。この部隊は、一般的な警務隊と同様の仕事をしつつ、もう一つの顏である「特別儀仗隊」としても活動しています。

特別儀仗隊とは、主に天皇や内閣総理大臣などの要人、国賓などに対する儀仗を行う専門部隊です。隊員の選考には審査があり、規定の身長や容姿端麗などの条件があります。そのため、陸上自衛隊の警務官となり、第302保安警務中隊に配属となっても、無条件で特別儀じょう隊員になれるわけではありません。

2021年度分の公表されている自衛隊の懲戒処分は、陸海空あわせて免職106件、停職484件、減給296件、戒告180件の計1066件となっています。この中には私的行為に係る懲戒処分も含まれていますが、ほとんどの処分は警察官以外に警務隊も捜査などで関わっているため、非常に多忙な部隊であるともいえるでしょう。

自衛隊内の犯罪を抑止し、必要があれば犯罪捜査から逮捕まで行う警務官。では最後に警務科職種ならではのメリットも。一般的に自衛官は、陸曹以上の階級の場合、他国でいうところの中将や少将にあたる将および将補以外はおおむね55歳前後で定年を迎えます。一方、警務官だと、階級に限らず定年退職の年齢が満60歳までと少し長くなっています。そのため、実は警務科は魅力的な職種として自衛隊内では認知されていたりもします。

上陸演習で海上自衛隊の上陸用舟艇(LCAC)から海上輸送されてきた警務隊の小型トラック(武若雅哉撮影)。