2018年ごろから、みずほファイナンシャルグループとLINEが提携し、LINEアプリ上で完結できるオンライン銀行サービスの開発が発足しました。しかし、2023年3月にプロジェクトの中止が発表され、実現には至りませんでした。いったいなぜでしょうか。本記事では、特定非営利活動法人失敗学会理事の佐伯徹氏の著書『DX失敗学 なぜ成果を生まないのか』より、みずほ銀行とLINEのDX失敗原因について紐解いていきます。

要望を聞き入れすぎたことで招いた失敗

~事例から「他山の石」としていただきたいこと~

顧客のためにできるだけ要望を聞き入れるのは素晴らしいことである。しかし、そのためにビジネスモデルを変更し収益を悪化させた結果、事業が行き詰まり、撤退となってしまった。

みずほフィナンシャルグループとLINE「LINE Bank」

DX戦略

「『LINE』とリンクした、親しみやすく利用しやすい“スマホ銀行”」(LINEのプレスリリース)の提供を目指した。スマートフォンのLINEアプリの上で完結できるサービスになる予定だった。日経FinTechの記事によるとキャッシュカードは発行されず、銀行の店舗やATMも持たないオンライン専門の銀行だった。

LINE Bankとは?

2018年11月にLINEとみずほフィナンシャルグループが発表した新銀行で、2020年度の開業を目指していた。2019年5月には準備会社「LINE Bank設立準備株式会社」を設立した。議決権比率はLINE Financialが51%、みずほ銀行が49%だった。LINEがユーザー・インターフェースなどのサービス開発やマーケティングを行い、みずほ銀行は監督官庁の対応などコンプライアンスを担う。

LINEはQRコード決済のLINE Payなどスマートフォンを使った金融系のサービスに積極的に取り組んでおり、その一環として銀行設立を狙っていた。一方、みずほ銀行はLINEのメインバンクであり、オンライン専業銀行を保持していないことから、LINEとの協業は魅力的だった。どちらにとっても魅力のある提携と見られた。

失敗事象

当初は2020年度の開業を目指していたが21年2月には22年度中の開業と最大2年間延期した。理由はシステム開発の遅れと見られた。巻き返しのため親会社2社がそれぞれ追加出資をし、双方50%の議決権比率となった。新銀行の勘定系システムは富士通が受注して、構築を進めていたが、22年10月には富士通から韓国バンクウェアグローバルのパッケージソフトに変更になったことが明らかになった。

日経クロステックの記事によると「勘定系システムと銀行間送金を担う『全国銀行データ通信システム(全銀システム)』を接続するための機能開発に想定を大きく上回るコスト負担が発生する見通しになったことなどが理由」だという。

LINEは台湾でバンクウェアグローバルのパッケージを使った銀行を開業しており、その稼働実績が買われた。この間、21年3月にLINEはヤフーを有するZホールディングスと経営統合しており、並行してLINE PayをZホールディングスのPayPayと統合する取り組みも進められていた。

一方、みずほ銀行は21年2月にATM障害で大きなトラブルになったのを皮切りに21年内に9回ものシステム障害を起こし、社会的にも大きな問題になった。みずほフィナンシャルグループの社長や最高情報責任者(CIO)、みずほ銀行の頭取が辞任することになり、戦略の停滞も招いた。23年3月30日に両社はプロジェクトの中止を発表した。

「安全・安心で利便性の高いサービス提供にはさらなる時間と追加投資が必要で、お客さまの期待に沿うサービスの提供が現時点では見通せない」と、その理由を説明している。

失敗原因を考察

それでは失敗の原因をリストアップしていく。

「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」から全ての失敗原因を抽出する

以上、全ての原因について考察したあと、「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」に丸を付けてみると下記のようなイメージ図となる。

真の失敗原因を特定する

<直接的な問題点>

①構想の発表から開業に向けて4年以上経過(当初開業時期20年度から2年先送り)してしまった。

②システムベンダーの乗り換えがうまくいなかった。

③安全性への要求の高まりが想定できていなかった。

④経営環境の変化が発生した。

■筆者が考える今回の問題点

①「LINE Bank」の開業に向けて一番重要な「時間」が認識・共有されていなかった。【重要性の認識誤り】

②経営環境の変化した時点、安全性への要求の高まりでプロジェクトを止め、経営者へステアリングコミッティを行い、進むべき道を探る想像力がなかった。【想像力不足】

■筆者が考える対応策

①今回のケースは「開業までの時間」が最重要であったと思われる。開発が停滞している間に経営環境の変化が起こり、安全性への要求の高まりに対して、やるべきことが増えて、関係者を含め、やるべきことに対して開業する士気が比例するかのように萎えてしまったと思われる。プロジェクトを成功させるのも失敗させるのも人であることを認識し、経営者が重要な分岐点では開発メンバーを鼓舞しながら士気を高めること。

②システムを理解していない経営者はシステムベンダーの乗り換えを安易におこなってしまいがちである。システムベンダーの乗り換えが起こったということは設計思想も想定を変えなければならず、テスト工程においては人員の見直しや教育体制など大きく変化することまで想定できていなかったと思われる。大規模なシステムは大きな船と同じで、少しずつ舵をきらないと思ってもいないことが発生することを責任者は把握しておくこと。

③関係者間の不安(企業として:収益が確保されるのか、ニーズ:必要とされているか)を振り払うだけの好材料を見い出すことができなかった。

④想定されたリスクを超える問題が発生した場合は経営者へステアリングコミッティを開催し、経営者からの明確なメッセージがプロジェクトへ伝わらなかった。

まとめ

今回、メディアで報告された内容から「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」で真因の検討を行ったが、コミュニティツールと銀行のアライアンスは世間の注目度も高くデジタルトランスフォーメーションとして様々なメディアからも大きく取り上げられていた。

しかし、その後の経営環境の変化を皮切りにLINEとみずほ銀行は本来、<手段>であった「LINE Bank」を<目的>にしてしまった。本来の目的はLINEのもつユーザー層に向けた新しいビジネス市場の開拓であったと思われる。

時間が長く経ってくると、どうすれば「LINE Bank」が開業できるのか、と、いうことへ思考がシフトしていくことは容易に想像がつく。それを防ぐにはリスク管理の責任者が、ベクトル修正を行うため、経営者へステアリングコミッティの開催を進言し、そのステアリングコミッティで「軌道修正」をうまくできれば開発メンバーの士気も保たれたのではないか、筆者はとても残念に感じている。

また、上記にも記載しているが、システムベンダーの乗り換えは相当な覚悟で行わなければならないが、きっと、経営環境の変化の渦の中で、乗り換え案が出て、プロジェクト運営メンバーも大幅に変更となり、イエスマンだけで乗り換えが承認されてしまいリスクには目をつぶる結果となったのであろう。

筆者の経験からベンダーの乗り換えは「失敗」する。うまくいったケースは聞いたことがない。経営者であれば、他の経営者とコミュニケーションを行う場もあるはずであるが、なぜ聞いたりしないのか、また、第三者機関を使って調査してもよかったのではないかと考える。読者が経営者の場合、ベンダーを変えることには慎重の上にも慎重を期してほしい。

佐伯 徹

特定非営利活動法人失敗学会

理事