「韓国の経団連」ともいえる経済団体が紆余曲折の末、何とか新しいスタートを切った。

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 かつて「政経癒着の温床」と強い批判を浴びたが、サムスンなど4大財閥が再加入し、名称も変更して出直すことになった。

 2023年8月22日、韓国の経済団体である全国経済人連合会(全経連)は臨時総会を開いた。

脱退していた4大財閥が再加入

 朴槿恵パク・クネ1952年生)政権末期の2016年に起きたスキャンダルで、全経連は「政経癒着の温床」とのイメージが定着し、サムスンなど4大財閥はそろって脱退した。

 いまだに批判が消えない中で、4大財閥の再加入がこの日決まったが、どんな役割をできるのかは依然不透明だ。

 そんな中で会長に就任したのは、知日派、知米派ではあるが、一般の知名度はほとんどない中堅企業グループの総帥だった。

 8月22日の総会では、3つのことが決まった。

 まずは、傘下のシンクタンクである韓国経済研究院を吸収・統合して団体名を全経連から「韓国経済人協会(韓経協)」に変更した。

 さらに、脱退していたサムスン現代自動車、SK、LGグループ企業15社が再加入した。

 3つ目に、空席だった会長に中堅企業グループ、豊山(プンサン)グループの柳津(リュ・ジン=1958年生)会長が就任した。

「全経連55年ぶりに韓経協に 4大グループいったんは合流」

 韓国の聯合ニュースが8月22日につけたのは、こんなすっきりとしない見出しだった。

暗黒の期間

 ここ7年間、かつては韓国を代表する経済団体だった全経連にとっては「暗黒の期間」だった。

 2016年の秋、韓国は大騒ぎだった。

 朴槿恵パク・クネ1952年生)大統領(当時)の長年の知人女性が国政に介入し、利権を得ていたという疑惑が表面化したのだ。

 結局、朴槿恵氏は2017年初めに弾劾される。このスキャンダル、不正行為に加担したのが全経連だった。

 この知人女性は、文化、スポーツ財団を作り財閥から巨額の資金をかき集めた。多くが不正なわいろと認定された。

 この時に、寄付(わいろ)のあっせん役として財閥に「指示」を出したのが、全経連だったのだ。

 2016年12月、財閥総帥が国会に招致され、厳しい追及を受けた。この場でそろって謝罪し、全経連との絶縁を約束した。

 まずLGが脱退し、これに続いてサムスン現代自動車、SKグループも次々と2017年春までに全経連から脱退した。

 このスキャンダルで朴槿恵氏もサムスンの李在鎔(イ・ジェヨン=1968年生)氏(現サムスン電子会長)も有罪となり、収監された。

 2人とも特別赦免を受けたが、大きな傷として残ってしまった。

 朴槿恵氏の弾劾を受け「積弊清算」を掲げて就任した文在寅ムン・ジェイン1953年生)政権が全経連との関係を絶ったのは当然だった。

 全経連は2016年末以降、ほとんど存在感がなかった。

 6年が経過して全経連は再出発を模索し始めた。政権交代もあり、徐々に全経連の活動範囲も広がり始めた。

メンバーでない4大財閥が参加

 とはいえ、困ったことも起きていた。例えば、長年続いていた全経連と日本の経団連との会合だ。

 日本からは住友化学会長や三井物産会長が経団連会長や副会長として参加する。

 これに対して、サムスン現代自動車、SK、LGグループは脱退したので参加できないというのでは具合が悪い。

 結局、経団連との会合には、4大財閥の社長クラスが全経連の招待を受けた「オブザーバー資格」として参加することになった。韓国紙デスクはこう話す。

「米中対立の激化、サプライチェーンの再構築、資源確保など外交面で政府と産業界の協力がさらに重要になっている」

「尹錫悦(ユン・ソンニョル=1960年生)政権内にも、全経連が必要な改革を進めて4大財閥が再加入できるような措置を講じてほしいという声が高まっていた」

簡単に再加入できない

 4大財閥からすれば、そう簡単に「再加入します」とはいかない。

 未曽有の「政経癒着」スキャンダルでサムスンの場合、総帥が有罪にまでなったのだ。4大財閥のオーナー会長が国会で脱退を約束したことは重い。

 全経連は年初以降、水面下で4大財閥に再加入を働きかけてきた。4大財閥はなかなか応じない。再加入しやすい環境を整えるためにはどうすればよいか。

 8月22日の総会で全経連は傘下のシンクタンクを吸収・統合して名称も変更することになった。

 全経連が強い批判を浴びたのは、「政経癒着の温床」だったからだ。では、どういう役割を果たすべきなのか。

 政権と大企業との不透明なパイプ役ではなく、産業界の立場をまとめて政策提言することに活動の重点を移す。このためにシンクタンクを吸収・統合してさらに機能を強化する。

 吸収・統合にはもう一つの狙いもあった。

 4大財閥は、全経連からは脱退した。だが、シンクタンクである韓国経済研究院にはとどまっていた。

 全経連と韓国経済研究院が統合すれば、4大財閥はそのまま統合する新しい組織のメンバーになる。

 新たな手続きなしでも再加入になるということだ。

「ずるい」といえばそれまでだが、何とか4大財閥に復帰してほしいという全経連の意欲の表れでもあった。

再加入はしたものの・・・

 ここまで迫られても4大財閥はすんなり首を縦に振らない。

 サムスンは再加入するかどうかを外部の有識者などで構成する「サムスン遵法監視委員会」での議論に委ねた。

 監視委員会は2度にわたって議論したが、その結論は、何とも解釈が難しいものだった。まとめ役の弁護士はこう説明したのだ。

「全経連は政経癒着の憂慮を完全に解消できてはいない」

「だが、再加入するのかどうかは個別企業の理事会(取締役会に相当)と経営陣が最終的に決める問題だ」

「仮に加入したとしても、政経癒着の行為があった場合はすぐに脱退する必要がある」

 普通に読めば、「今の段階ではまだ改革は不十分だ」となる。そのうえで「自分で判断しろ」といわれた個別企業もさぞ困ったはずだ。

 全経連から脱退していたサムスングループ企業は、サムスン電子サムスンSDIサムスン生命保険サムスン火災海上保険、サムスン証券の5社だ。

 結局、サムスン証券は、理事会で「再加入はしない」ことを決めた。他の4社は、再加入に踏み切った。

 サムスン以外の3グループは、合わせて11社すべてが再加入した。サムスングループの4社と合わせて15社が「復帰」したことになる。

 だが、依然として批判も根強い。

 進歩系のハンギョレ新聞の8月23日付社説の見出しは「小細工で看板だけ変えた全経連 政経癒着を憂慮する」だ。

 4財閥もこの点を意識して、韓国メディアに今後の活動については慎重な立場を示した。

「会長が会議に参加するなど積極的に関与するかどうかは今後の状況を見て決める」

 ある4大財閥の有力企業の社長もこう打ち明ける。

「全経連が本当に必要な組織なのか。グループ内には否定的な意見が少なくない」

 それでも再加入したのはどうしてだったのか? この点は、いま一つはっきりしない。

柳津会長とは誰か?

 こんな難しい状況で会長を引き受けたのが柳津氏だ。

 韓国紙デスクによると、「誰に会長就任を打診しても断られた。柳津会長も固辞していたが、最後は自分以外にいないと引き受けたようだ」という。

 韓国でもあまり知られていない柳津氏とはいったいどんな人物なのか?

 韓国メディアによると、同氏が率いる豊山グループは、2022年末時点の総資産が4兆5000億ウォン(1円=10ウォン)だ。

 韓国の企業グループとしては上位50にも入らない中堅グループだが、堅実な経営で知られている。

 柳津会長は2代目のオーナーだ。創業者の父親は日本で伸銅の事業で稼ぎ、その資金をもとに韓国で事業を拡大させた。

「銅」がキーワードだが、具体的な事業は、「防衛」と「貨幣」という珍しい組み合わせだ。

 弾薬、爆弾、さらに銅貨などを製造・販売する企業グループだ。韓国だけでなく、世界各国の銅貨を受託生産している民間企業だ。

 事業の性格柄、様々な政府との密接な関係を維持した。さらに米国の政界にも長年、独特の人脈を築いてきた。

 親子で大統領に就任したブッシュ家とは親しいことで有名だ。

 韓国メディアによると、柳津会長は、高校までを日本で過ごした。アメリカンスクールに在学したという。

 韓国に戻ってソウル大学の英文科を卒業後、米ダートマス大に留学した。経営学部、大学院で学び父親が創業した事業を継いだ。2000年に会長に就任した。

 消費財とは無縁の事業が主力であったためか、表立って活動することはほとんどなかった。メディアのインタビューにも全くといっていいほど登場してこなかった。

 かといって外部との接触を避けていたわけではないようだ。

 日本の企業人や政府関係者とも機会があれば会食するなど親しく付き合った。何度かあった日本企業幹部によると「英語はネイティブ、日本語にも不自由しない。ゴルフが好きで社交的だった」という。

 別の日本人企業人は「日本での生活経験も長い。米国では大学、大学院に通っただけでなく、様々な分野で人脈を築いている。韓国の企業人の中では相当の日本通、米国通だ」と話す。

大統領の訪米の際に活躍

 韓国紙デスクは「柳津会長は、韓国の大統領が訪米するたびに韓国政府をサポートしてくれた」と明かす。

 米国政府高官や経済人への働きかけなど、豊富な人脈を駆使して「民間外交官」として活躍してきたことを知る関係者は少なくない。

 全経連活動にも熱心で、20年間副会長を務めてきた。

 そんな柳津会長は韓経協と名称を変更した組織をどう変えていくのか?

 8月22日の会見では、韓経協のモデルとして「CSIS」を挙げた。

 米国のワシントンにあるシンクタンク、国際戦略問題研究所(CSIS)のことだ。

 柳津会長は「いま私が理事を務めているCSISこそが韓経協が進むべき方向だ。多くの分野を中立的にみて国にとっての最優先問題が何かを研究している」と述べた。

 韓経協を本格的なシンクタンクに作り変えていく意向を示した。

 さらに柳津会長は、過去の政経癒着問題について「内部(統制)システムがなかったことが問題であり、恥ずかしいことだ。二度と繰り返さないようにする」と語る。

 そして、「皆さんを失望させることがないようなメンバーで構成する倫理委員会を設置してすべての重要事項を決定する際にこれをゆだねる」と約束した。

 8月23日に会った経済閣僚経験者はこう話す。

「豊山は企業規模も小さい。防衛と貨幣という特殊な事業が主力で、経済団体のまとめ役になれるのか。CSISを目指すというが、何をするつもりか分からない」

「一方で、豊富な海外ネットワークがあり、グローバルスタンダードに基づいて判断できる。人柄も良い。改革の担い手としては大いに期待できる」

 強い権限を持つ大統領と巨大な財閥が存在する韓国では、政権と財閥の関係はいつも微妙だ。一歩踏み外すと「癒着」が生まれてしまう。

 かといって、お互い別の方向を向くわけにもいかない。

 政府と産業界が協力した「経済外交」の重要性もさらに高まっている。
こういう情勢の中で韓経協はどういう役割を果たせるのか。4大財閥はどこまで協力できるのか。

「誰も引き受け手がいなかった」という会長職を最後に引き受けたのは、「これまで陰で支える仕事ばかりしてきたが、こうやって表に出て活動するのは初めて」と8月22日の会見でも「告白」した意外な企業人だった。

「私は日本や米国については多くのことを知っており、いろいろと窓口の役割もする。韓経協の会員企業が必要とするマッチングサービスも提供したい」

 柳津会長は、日本との関係をさらに強化することに意欲を示しもした。

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