フランス空軍の戦闘機ラファール」や輸送機A400Mが関東に飛来し、注目を集めていた日、横須賀港にひっそりとたたずむ1隻のアメリカ軍艦船がいました。まるで民間フェリーのような外観の「怪しい船」の役割とは。

デンマークの貨物船を米海軍が中古で購入

フランス航空宇宙軍(空軍)の戦闘機ラファール」と輸送機A400Mの関東飛来や、フランス海軍の情報収集艦「デュピュイ・ド・ローム」の横須賀寄港に沸いた2023年7月28日横須賀沖にはもう1隻、特殊な船が来ていました。どこにも船名が書かれていないうえ、AIS(船舶自動識別装置)にも表示されない船です。

この船は「オーシャン・トレーダー(Ocean Trader)」。アメリカ海軍軍事海上輸送司令部が運用する特殊作戦支援母船ですが、アメリカ海軍も詳細を明らかにしていません。

オーシャン・トレーダー」は、もともとデンマークの海運大手A.P.モラーマースクグループが運航していたRORO船「クラッグサイド(CRAGSIDE)」です。2011年に竣工したこの船をアメリカ海軍が購入し、所要の改造を施したうえで、2015年ごろに改めて運用を開始しました。総トン数は約3万総トン、全長は193m、幅は26m。最高速力は21ノット(約38.9km/h)とされています。

灰色と白によるツートンカラーの外観はRORO船時代から変わっておらず、ぱっと見では商船に思えます。しかし、その役割はアメリカ軍特殊部隊が運用する資器材を搭載して目的地の近くへと運び、空と海の両方から戦力の投入を助けるというものです。

船体の形状を見ると後部の車両ランプRORO船時代とほぼ変わらないものの、車両甲板の開口部が塞がれてフラットな甲板が設置されている上、大型化した居住区の前方に格納庫らしきものが増設されていることから、航空機の整備や補給を行う環境が整えられていると考えられます。

投入される作戦の種類が幅広く、広い飛行甲板を確保していることから、アメリカ軍が保有するほぼ全てのヘリコプターに対応していると推測され、陸軍第160特殊作戦航空連隊(ナイトストーカーズ)のMH-60「ブラックホーク」やMH-47G「チヌーク」、海軍のMH-60S「シーホーク」、海兵隊CH-53K「キングスタリオン」はもちろん、ティルトローター機のV-22オスプレイ」も昼夜問わず発着艦ができるとみられます。これに加え、情報収集で活躍しているUAV(無人航空機)の運用も行うことができるでしょう。

アメリカの世界戦略を陰で支える特殊な船

オーシャン・トレーダー」の船内には最大で209人の特殊作戦要員を収納でき、45日間にわたり補給なしで作戦を支援できるだけの物資を積載することができます。船内には、アメリカ海軍特殊部隊ネイビーシールズ」(海軍特殊戦グループ)や同陸軍の「デルタフォース」などの隊員が生活できるよう食堂やジムが設けられているほか、武器や装備の保管スペースや秘匿性の高い通信に対応した指揮通信設備も用意されています。

洋上から作戦エリアに特殊部隊を侵入させるための複合艇(RHIB)や水上オートバイ(いわゆるジェットスキー)などを船尾側ランプから発進させることができるだけでなく、右舷側にはネイビーシールズの特殊舟艇チームが運用するステルス形状の強襲戦闘艇、通称「CCA(Combatant Craft Assault)」を4隻、搭載することができます。これによりネイビーシールズなどの潜入や撤収だけでなく、周辺の警備にも対応することができます。

同じく特殊部隊の拠点として使われる船としてはルイス・B・プラー級遠征海上基地(洋上拠点機能を有する貨物船転用の艦艇)がありますが、「オーシャン・トレーダー」はそのような船型をしておらず、軍艦のようなグレー主体の塗装も施されていないことも、商船っぽさを際立たせているポイントでしょう。

目立つことなく密かにアメリカの世界戦略を支える特殊作戦支援母船。次も人知れず日本の沖合に姿を現し、密かにどこかの港に停泊しているかもしれません。

2023年7月28日、横須賀沖に停泊していたアメリカ海軍の特殊作戦支援母船「オーシャン・トレーダー」(深水千翔撮影)。