大谷 達也:自動車ライター

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 新型Eクラス国際試乗会では、メルセデス・ベンツの取締役でチーフテクニカルオフィサーを務めるマーカスシェーファーがグループインタビューに応じてくれた。それも、日本から参加した6名のメディア関係者だけのために、およそ1時間を費やすという大盤振る舞いである。

 ここでは、シェーファーが語ってくれた興味深いコメントのいくつかを拾い上げて紹介しよう。

ラグジュアリーブランドとして

 今後の商品展開について、シェーファーは次のように語った。

「私たちはいま、ラグジュアリー・セグメント(プレミアムモデルよりもさらに高級な、いわば超高級車)によりフォーカスしようとしています。130年間におよぶ私たちの歴史を振り返ると、私たちは飛行機や列車、さらには洗濯機などの電化製品にも進出したことがありますが、大きな成功を収めてきたのは、いつも決まってラグジュアリーカーに注力した時代でした。とりわけ革新的なラグジュアリーカーを手がけているときに、大きな成功を収めてきたといえます」

 ここから話題は過去から未来へと変わる。

「私たちの将来についても、これと同じ視点で捉えています。つまり、ラグジュアリーならびにプレミアム・セグメントにフォーカスしようとしているのです。それらは、私たちの出自であると同時に、技術の限界に挑む原動力ともなってきたものです」

 そしてラグジュアリーカーやプレミアムカーをビジネスの中心に据えたメルセデス・ベンツは、これまでのように販売台数を追うことを止めるともシェーファーは語った。

「数年前までは販売台数を意識したこともありましたが、今後、数を追うことはありません。私たちは、将来的にボリュームセグメント(大衆車クラスとほぼ同義)よりもラグジュアリーセグメントのほうが大きく成長すると考えています。なぜなら、今後は世界中で富裕層の数が急速に増えると予想されているからです」

 ちなみに、メルセデスは今後、AクラスやBクラスに代表されるコンパクトカーのモデル数を整理することを明言している模様。それらの開発に割いてきた開発資源や予算を、より高級なモデルの開発に投じるというのだ。

自社開発オペレーティングシステムMB.OS

 そうした新時代のメルセデスを考えるうえで、忘れることができないのが高度にデジタル化された次世代商品群の投入である。今後はエンジン車にせよEVにせよ、メルセデスは自社開発した自動車用オペレーティングシステムのMB.OSを順次導入し、今後のビジネスモデルもソフトウェアをより重視したものに転換していく方針だという。

「新型Eクラスには、MB.OSがすでに部分的に採用されています」とシェーファー。「Eクラスのインフォテイメントシステムには、すでに100%MB.OSを採用しています。そして来年末までにはMB.OSを全面的に採用した製品を発売する計画です」

 自社製オペレーティングシステムの開発は、メルセデス以外にも複数の大手自動車メーカーが取り組んでいるが、メルセデスのものはインフォテイメント、ADAS(運転支援システム)、ボディコントロール(サスペンションなどシャシー側のコントロール系)、ドライビング&チャージング(おそらくはEVを中心とするモデル用で、パワートレインならびに充電システムをカバーする)の4分野で構成されており、これまでは多くのCPUで制御していたものを、今後は少数のパワフルなCPUと高度なソフトウェアで制御。ソフトウェアの占める比率を高めることで柔軟なアップグレードを可能にすることを目指していく。

 ここで参加者のひとりがMB.OSとソフトウェア・デファインドカーとの関係について質問した。

 ソフトウェア・デファインドカーとは、ソフトウェアが製品の価値を大きく左右するクルマのこと。今後、EVが普及していくと、クルマは次第にソフトウェア・デファインドの傾向を強めていくと予想されている。

 そうした製品の多くは、これまでオプション設定されていた装備をあらかじめ車両に搭載して販売。納車時もしくは納車後にインターネット経由で車両のOSにアクセスし、特定の機能を使用可能な状態にすることでオプション機能を提供すると見られる。

 これであれば、工場ではオプションの装着の有無にかかわらず同じハードウェア構成で生産すればいいので生産効率の向上に役立つほか、納車後もオプション機能の追加が可能になるので、販売後も長期にわたって車両の価値を維持できると考えられている。

 そうした未来像について訊ねると、シェーファーは「あなたの捉え方は完全に正しいと思います」と答えたのである。

エクスファクトリーとは?

「私たちは今後も美しい製品を作り続けますが、それと同時に、エクスファクトリーという名のデジタルサービスを立ち上げ、たとえばエンターテイメント・パッケージやADASパッケージなどを提供することになります。こうすれば、顧客は購入後にも新しいデジタルサービスを入手することができる。こうしたデータのやりとりは、メルセデス・ベンツ・インテリジェント・クラウドを介して行われますが、私たちはデータのセキュリティ性を極めて重視してシステムを構築しています。このようなサービスを通じて我が社が得られる利益(ここでシェーファーは「売り上げではなく利益です」と改めて念押しした)は、2025年までに10億ユーロ(約1590億円)程度になると試算しています」

 こうしてメルセデスの製品はいよいよデジタル化、ソフトウェア化が進んでいくわけだが、だからといって、自動車としての伝統的な価値であるメカニカルな部分もおろそかにはしないと、シェーファーは約束してくれた。

メルセデスのドアを開いてキャビンに乗り込むと、あなたは特別な世界に迎え入れられることになります。その特別な世界を言葉で説明するのは容易ではありませんが、ひとたびクルマを運転し始めれば『ああ、これこそメルセデスだ』と感じることでしょう。ここで、とりわけ私たちが重視しているのがNVH、つまりノイズバイブレーション、ハーシュネス(路面からの突き上げなどを意味する)などに関連するものです。メルセデスは、これまでにも静粛性や快適性の面で傑出した存在でしたが、今後も改良の手を休めるつもりはありません。将来的にソフトウェアの重要性が次第に高まっていくのは間違いありませんが、だからといって、メルセデスが伝統的なクルマの価値を忘れるわけではないことを、ここで明言させていただきます」

 静粛性や快適性を軽視することなく、さらにデジタル化やソフトウェア化を進めていくことで時代の変化に対応していく。これがメルセデスの将来像とみて間違いなさそうだ。

 

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