この夏発売されたBenQの27インチ4Kモニター「SW272U」は、従来機のウィークポイントを改善した新たなフラッグシップモデルと呼んでいいかもしれない。SW272Uは、今最も気になるモニターのひとつだ。

BenQは各分野のプロシューマーに向けたパフォーマンスの高いモニターを数多くラインアップし、多くのクリエイターから支持されているメーカーだ。4K動画編集用としては32インチの「SW321C」がフラッグシップとして位置する一方、ビデオグラファーの間では一回り小さな27インチの「SW271C」が人気を博してきた。

映像制作者にとって映像モニターは映像信号を監視するいわば測定器だ。測定器としてのモニターに求められるのは決してキレイに見えることではない。最終的にどの方向にどれくらい色や明るさなどを追い込んで行けばよいのかその基準となる値を正しく指し示してくれることこそが最も重要な部分となる。それを実現するのがハードウェアキャリブレーションに対応したカラーマネジメントモニターと呼ばれる装置だ。

ここ数年、筆者の仕事の中心は4K、8Kのプロジェクトだ。UHD番組の多くはHDRでポストプロダクションが進行し、編集の要はHLGだ。筆者のスタジオシステムでもHLGに対応するSW321Cを組み込んでみたことがある。通常の編集作業では過不足ないもののSW321Cの輝度ピークは250cd/m2と低い。結果としてHLG編集のモニターとしては圧倒的な力不足を感じていた。

そんなおり、SW271Cの後継機種として登場したのが27インチ4Kモニター「SW272U」だ。SW271Cの発売から2年余りだが痒い所に手が届く細かな改善とともにより使いやすくより実用的な機材に仕上がっていた。

SW272Uの主な特徴

従来機種との外観の違い

従来機種のSW271Cとの外観的な違いは主にスタンドまわりだ。穴の空いた板状のデザインだったSW271Cに対しSW272Uでは円柱のポールを採用し堅牢性が高まった。スタジオにブラインド越しに柔らかな外光が差し込む環境のため比較的頻繁に高さや仰角、左右の調整をする。調整後モニターから手を離した際に振動がいつまでも収まらないことに少なからずストレスを感じていた。円柱スタンドを採用したSW272Uはこの振動のおさまりがかなり早い。個人的にはかなり好印象だ。

高さ、ティルト、スイベルの調整ともに動きがスムーズなのはこれまでと変わらない。またデジタルサイネージやスマートフォン向けの縦型動画作品の制作では欠かせない回転機能も踏襲し、標準で遮光フードが付属するのもこれまで通りだ。ちなみにBenQの遮光フードは初めての人が説明書を読まずに組み立て始めると部品が余ってしまいちょっと戸惑うかもしれない。もちろん予備パーツが入っているわけではなく、通常の横置き用と90度回転させた縦置き用とで使用するパーツの組み合わせが異なるためだ。特に縦置き用の遮光フードは下部までしっかり囲いながら視界を邪魔することなく効果的に外光を遮ってくれる。

余談だが、これまでモニター下部中央で存在感を示していたBenQのロゴマーク。好き嫌いはあると思うが映像に集中する上ではノイズのひとつというのが正直なところだ。特に縦型スタイルで設置した時に90度傾いたロゴマークは違和感を醸し出していた。それに対してSW272Uは一瞬ロゴマークが消えたのかと思わせる。良く見ると画面左下部のベゼルにインクをのせずにさりげなくデボス加工されていた。小さなことかもしれないが仕事を邪魔しないメーカーのこうした配慮は大好きだ。

SW272UではBenQのロゴマークがデボス加工となっている

レザーパッド付きの台座

安定したモニター支持を実現するために台座は思いのほか広い面積をとっている。SW272Uはモニタースタンドの台座部分にレザーパッドが採用された。若干のクッション性と滑り止め効果のあるこのレザーパッドはリモコンUSBメモリー、ペンやカードリーダーなどちょっとしたアイテムを置くのに便利だ。デッドスペースだった空間を有効利用してもらおうというアイデアだが見た目も良く、滑り止め効果のあるレザーパッドは思いのほか便利だ。

モニタースタンドの台座部分のレザーパッドにはカードリーダーなどのアイテムを置くことができ地味に便利だ

映り込みが気にならないAGLRパネル

SW272Uに映像ソースを入れてまず目を引いたのは画面反射の少なさだ。スタジオの天井には3個の小さなダウンライトと部屋の四隅に仕込んだ間接照明があるのだが、特にダウンライトは角度的にどのモニターにも映り込んでしまうため作品全体をしっかりプレビューしたい時には一旦照明をすべて落としている。

ところがSW272Uはどのモニターと比べても映り込みが驚くほど少ない。反射を最小限に抑えたTUV Rheinland Reflection-Free認証を取得したアンチグレアコーティングパネルを採用することで画面の反射が最小限に抑えられているという。照明環境下でも正確な色再現を実現するマットで落ち着いたイメージは印刷物を思わせるほどだ。これは機材リプレイスのトリガーとなりえるポイントのひとつかもしれない。

従来機種での反射
SW272Uでの反射。アンチグレアコーティングパネルを採用することで画面の反射が最小限に抑えられているのがわかる
写真左側のモニターがSW272U

ムラ補正技術による均一なユニフォミティ表示

BenQの写真・動画編集向けラインアップの多くで採用されている特筆すべき機能のひとつが、輝度・色再現の均一性を保つユニフォミティ補正技術。画面全体を数十個の区域に分けて色と明るさを微調整することでモニターの隅々までムラのない正確な色表現を可能にする機能だ。

一般的なモニターでは特に電源を入れてしばらくの間は画面の四隅で顕著な減光が見られる。表示にムラがあるのだ。ラージフォーマットセンサーを搭載したカメラに大口径の広角レンズをつけて撮影したカットなどはどうしても周辺減光が発生しがち。それがレンズ収差の影響なのかそれともモニターのムラなのかが判断できない状況はカラーグレーディングを進める上で大きなリスクになる。

SW272Uは電源投入直後からムラの無い均一性を保った表示を実現する。複数のプロジェクトを同時進行で抱える筆者場合、クライアントから急な修正対応の連絡がはいることもしばしば。すぐに作業の核心に入ることができるSW272Uのユニフォミティ補正表示は一度使ったら手放せなくなる機能のひとつだ。

10bitパネルを採用したSW272Uは約10億7000万色を表現でき正確な映像監視が可能。素材収録から編集過程を通して10bitで仕上げる映像プロジェクトで安心して使うことができる。

90W給電に対応するUSB Type-C端子

SW321CやSW271Cでも搭載されていたPower Delivery対応のUSB Type-C端子。1本のUSB Type-CケーブルノートPCやMacへの給電と映像音声出力、データ転送まで対応する便利な機能のひとつだ。

従来機種では60W給電だったがSW272Uでは90Wまで拡張され編集やプレビューの間にラップトップへの急速給電も賄える。小さな機能ではあるが編集システムへ気軽にデバイスを加え拡張できることは作業効率アップや大型モニターの有効利用にもつながるありがたい配慮。カメラのバッテリーチャージ用としても有効だ。近年では必須の機能のひとつと言っていいかもしれない。

ワイヤレスOSDコントローラー

SW321CやSW271Cに付属しているホットキーパックG2。ケーブル接続することでモニターに触れることなく手元で設定を行うことができるリモートデバイスだ。これまでも十分便利だったのだがSW272UではホットキーパックG3となりワイヤレスを実現した。リモートケーブルがなくなったことで見栄えも良くなりモニターから離れた場所からの操作は思いのほか快適だ(仕様では6mがリモート操作の有効範囲)。

SW272Uではワイヤレス接続を実現きたホットキーパック「G3」を同梱

スイッチのレスポンスも良くこれまでと変わらない使い心地を保ちながら使い勝手は向上。ユーザーが任意にアサインできる3つのカラーモードをワンプッシュで切り替えられるほか、利用頻度の高いOSD設定メニューにワイヤレスでアクセスできるのは地味ながらなかなか便利だ。

4K HLG編集環境を構築する

フラッグシップモデルのSW321Cは輝度ピークが250cd/m2と低く、HLG編集用としての実用性は厳しいものがあった。今回ピーク輝度400cd/m2のSW272UがどこまでHLG編集で使えるかどうかが個人的には最も気になる部分だ。

1000cd/m2までの表示が可能なHDR対応モニターであれば最終的なHLGのカラーグレーディングをポストプロダクションと同じ環境で確認できて便利なのだが、マスモニレベルのモニターは一桁違うため誰もが手を出せるものではない。圧縮された輝度ピークの中で前段階の作業を進め最終的にポスプロにフッテージを受け渡すことを前提にすれば、SW272Uでコストパフォーマンスの高いシステムを組むことが出来るかもしれないと皮算用していた。もちろんHDRの強烈でリアルな輝度表現は期待出来ないことは十分承知のうえだ。

筆者のスタジオでは8Kネイティブ編集に対応したWindowsマシンを複数運用している。モニター環境は編集ソフトのプライマリーモニターとしてBenQのSW2700PT(27インチWQHD)を、またフッテージ管理用のセカンダリーには別メーカーの2Kモニターをそれぞれグラフィックボード経由で接続している。SW2700PTはかなり使い込んでいるもののハードウェアキャリブレーションに対応した製品のため、色温度と輝度の経時変化に対しても定期的なキャリブレーション管理を施すことでいまだ現役だ。

書籍や雑誌、ポスター、パンフレットなどの紙媒体の仕事も担当するのだが、長年同じモニターを使っていると作業フローと最終アウトプットとのちょっとしたズレを感覚値として補正できるようになる。そんな事情もあってSW2700PTで行うPhotoshopやillustratorの作業には欠かせない存在になっている。最新のモニターにリプレイスすればもっと精度や効率が上がるのだろうけれど、それぞれのモニターの特徴を感覚で理解してしまうと、そこから離れるのが少々怖くなる面もあるのだ。ロジカルでないのは良く分かっている。

さて、最新機種のSW272Uをスタジオの映像モニターとして組み合わせるにはI/Oデバイスからの信号入力が必要となる。今回はBlackmagic DesignのDeckLink Mini Monitor 4Kを介した出力信号をHDMIケーブルで入力した。編集ソフトェアはDaVinci Resolve Studio、HLGに設定したプロジェクトで早速チェックしてみた。

SW272Uの画面は反射が少なくマットな質感が強い。HDR表示用としては400cd/m2は十分な輝度とは言えないが、スーパーホワイト手前の比較的豊かなハイライト諧調は確認することができた。一方マットな質感の画面は反射が抑えられていて見やすい反面、黒浮きが強くHLGに期待する深い黒の質感とはトレードオフだ。D65の色表現はしっくりくるものだった。

HDR作品ではほとんどの場合Log撮影が前提となるため暗部のノイズがどうしても目立ちやすい。ハイライトを抑えて素材を撮影してくるとグレーディングで暗部をかなり持ち上げることになり、暗部のディテール表現は常にノイズリダクション処理とのバランスがカギを握る。この点においてはSW272Uの表示は基準を探るが難しいと感じた。ただ波形スコープと合わせた監視運用をきちんと行えば今必要な作業には対応できそうだ。HLGのカラーグレーディングを行う際には、SW272Uと合わせて輝度ピーク1000cd/m2でHDR対応の小型ポータブルモニターの表示も参照しながら最終的なイメージとのバランスをとることもできる。

ちなみにSW272Uの表示設定は、編集ソフトウェアからのメタデータを受けて同期し、最適なカラーモード表示に自動で切り替わる。そのため実際にユーザーが触れるパラメーターは輝度、コントラスト、シャープネスなどに限られる。またRec.709のタイムラインでは色温度は6500Kに固定され、番組コンテンツで必要な9300Kでの確認はそのままではできない。色温度を変更するにはカラーモードから「ユーザー」を選び個別に設定を行う必要がある。

編集ソフトをGrass ValleyのEDIUS X Proに切り替えてみたところ、1080p/30HzプロジェクトがSW272Uでは1080i/60Hzとして認識されてしまい画面が乱れて使うことが出来なかった。カラーモードの「ユーザー」設定には周波数の変更項目はないので、残念ながらこの相性問題に対しての解決策は今のところ見当たらなかった。メーカーにはメタデータによる自動判別だけでなくユーザー側でも設定出来るようにしておいて欲しいと強く願うところだ。なお電源投入直後は前回表示した表示設定が保持されているので慌てないよう注意したい。

まとめ

大小様々なモニターで溢れる狭いスタジオのなかで、それぞれのモニターがそれぞれの役割を果たしている。SW272Uはそれらの基準となる重要な存在となるはずだ。モニターから距離を取らなくても映像全体と細部のディテールを同時に一目で認識できる27インチというサイズはデスクトップで使うにはベストサイズ。しばらくは良い相棒になりそうだ。

BenQのモニターは、工場出荷時に個別校正を行い全てのモニターにキャリブレーションレポートが付属する。またハードウェアキャリブレーション対応機種では無償の専用ソフトウェア「Palette Master Ultimate」が提供され、サードパーティー製のキャリブレータで校正が可能だ。SW272UはPalette Master Ultimateを使ったキャリブレーションの時間が大幅に短縮されている点も見逃せないポイントのひとつ。さらにSW272Uは修理期間中に代替機貸出できる「センドバックサポート」の対象製品なので業務用途ではかなり心強い。

HLGは放送のほかYouTubeなどの動画共有サービスアップロードするHDRコンテンツの制作でも広く使われている。コストパフォーマンスに優れたモニターのリプレイスを検討している方にはおすすめの一台だ。

竹本宗一郎(ZERO CORPORATION)|プロフィール
暗闇から光を取り出して魅せる日本で唯一のナイトカメラマン。世界各地の夜の絶景をフィールドに、ネイチャードキュメンタリー番組や映画、CMなどの特殊撮影を数多く手がける。星空やオーロラ、発光生物など特殊機材を使った超高感度・超高画素撮影に精通し、メーカーの技術開発におけるスーパーバイザーとしても活躍中。

主なTV出演「情熱大陸TBS系列)」、「グレートネイチャー(NHK BSP)」、「マジックアワー(NHK BS4K)」、「アラスカ 闇夜の閃光(NHK総合)」、「目撃!オーロラ爆発(NHK BS4K)」、「コズミックフロント(NHK BS4K)」「3原色の海へ(WOWOW)」など。

Vol.09 BenQ新フラッグシップモデル「SW272U」で4K HLG編集システムを組む[Monitor Review]