日本で年収1,000万円を超える給与所得者は、わずか5%といわれています(令和3年分民間給与実態統計調査)。もっとも、この「上位5%」のエリートたちも、年金について正しい知識を持っていなければ老後破産のリスクが一気に高まると、牧野FP事務所の牧野寿和CFPはいいます。いったいなぜなのか、具体的な事例をもとに詳しくみていきましょう。

ねんきん定期便を見て唖然…“老後はゆったり”の計画が白紙に

A氏(59歳)は、10歳年下の妻と2人の子どもを持つ4人家族です。

上場企業の食品メーカーで課長を務めるA氏の年収は1,200万円。A氏の会社は60歳が定年となっており、退職金は3,000万円支給される予定です。

A氏は定年後の暮らしについて、「65歳までは退職金や貯蓄を取り崩し、65歳からは年金でなんとか賄えるだろう。ここまで一生懸命働いてきたのだから、定年後は定職に就かずゆったり過ごしたい」と楽観的に考えていました。

しかし、生活費はもちろん、高3の長女と高1の長男はそれぞれ大学進学を控えており、これからまとまった教育費がかかります。また、住宅ローンも残債があり、70歳まで支払いが続きます。

59歳の誕生月に封筒で届いた「ねんきん定期便」を見て、A氏は驚きを隠せませんでした。「年金見込受給額」を見たところ、思った額とは大幅に異なっていたのです。慌てたA氏は、「ねんきん定期便」を持って、筆者のFP事務所に相談に訪れました。

※ 詳細は日本年金機構大切なお知らせ、「ねんきん定期便」をお届けしています」を参照。なお、通常「ねんきん定期便」は誕生月にハガキで届くが、35歳と45歳、59歳の誕生月には封筒で届き、月別の全期間加入履歴などが記載されている。

受給見込額は年収の「6分の1」…“これ、間違ってませんか?”納得のいかないA氏

A氏が持参した「ねんきん定期便」には、老齢年金の種類と受給見込額やこれまでの年金加入期間などが詳細に記載されていました。A氏の65歳からの受給見込額は下記のとおりです。

・老齢基礎年金……69万5,600円 ・老齢厚生年金の報酬比例部分……144万5,700円

合計……214万1,300円

約214万円というと、これはA氏の年収1,200万円の約6分の1。年金だけでは、これまでどおりの生活など到底成り立ちません。

納得のいかないA氏は、「これ、記載内容間違ってませんかね?」と声を荒らげます。そこで筆者は、1つずつA氏と確認することにしました。

「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」のしくみ

A氏のように厚生年金に加入していれば、老齢年金として「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」の2種類が受給できます。現在はパート勤めをしているA氏の妻も出産前は会社員でしたので、A氏と同様に受給することが可能です。なお、厚生年金に加入歴がなければ「老齢基礎年金」のみの受給となります。

■老齢基礎年金の受給額

「老齢基礎年金」は、20歳~60歳までの40年間(480月)のうち、国民年金の保険料納付済期間と保険料免除期間などを合わせて10年以上あれば、65歳から受給することができます(なお、厚生年金に加入している期間は国民年金にも加入しているしくみになっています)。

40年間保険料を納付した場合、満額79万5,000円(月額になおすと6万6,250円)受給できます。

※ 受給額は毎年変動する。上記は令和5年度の金額。

ただしA氏は、一浪して大学に入学し、大学院の修士課程を修了後、25歳でいまの会社に就職しました。そのため、20歳~25歳のあいだで5年間の未納があり、その期間分の9万9,400円は減額されます。

したがって、「ねんきん定期便」に記載されていた69万5,600円に間違いはありませんでした

■老齢厚生年金の受給額

「老齢厚生年金」は、「報酬比例部分」と「経過的加算部分」の記載項目があります。

「報酬比例部分」は、厚生年金加入期間の給与から算出されます(平成15(2003)年4月以降は、賞与も含めて算出します)。

※ 計算の詳細は、日本年金機構は行 報酬比例部分」を参照。

具体的には、毎月の給与(=報酬月額)を32等級に分けます[図表1]。たとえば給与が9万3,000円未満の場合、区分は「1等級」となり、標準報酬月額は8万8,000円となっています。給与が63万5,000円以上の場合は全員「32等級」となり、標準報酬月額が65万円として計算されます。

つまり、毎月の給与が63万5,000円であっても100万円であっても、標準報酬月額は等しく65万円として報酬比例部分の年金受給額が算出されるということです。

「経過的加算部分」は後述しますが、A氏の「ねんきん定期便」に書かれていた老齢厚生年金の報酬比例部分144万5,700円にも、なんら間違いはありませんでした。

なお、「ねんきん定期便」には記載されていないものの、A氏は65歳以降、妻が65歳になる(年金受給開始年齢になる)まで、39万7,500円(※令和5年度)の「加給年金」を受給できます。

A氏が提示した「3つの老後プラン」

ねんきん定期便に間違いがないことがわかり、その金額に再度衝撃を受けたA氏は、定年退職後の暮らしについてこれまでの考えを改め、下記の3パターンの働き方を提案してくれました。

①勤務先に再雇用

……勤務先の再雇用制度を使い、65歳まで勤務する。ただし給与は現在の約50%となり、ボーナスはない。

②他社に転職

……部長待遇で誘われている別の会社に転職し、65歳まで勤務する。給与は現在の70%となるものの、ボーナスも退職金も支給される。

個人事業主として起業

……起業当初は、事業収入から経費を差し引いた事業所得480万円が確保できる。A氏によると、「その後も上昇が見込め、70歳以降も働ける」という。

筆者は、「65歳まで働くのであれば、どのプランであっても老後の生活のめどは立ちます」と話しました。しかし続けて、

「ただし、懸念点があります。まず、どのプランを選ぶとしても、定年後の収入は生活費や教育費、住宅ローンの返済に使い、退職金や貯蓄を最小限の支出にする必要があります」。

「次に、上記のプランのうち、①か②を選んだ場合、A氏は引き続き厚生年金に加入していますので、ご家族の健康保険はA氏の扶養のままとなり、奥様の国民年金も第3号被保険者として保険料負担はありません。

※ 詳細は日本年金機構第3号被保険者」を参照。  

しかし、③を選びA氏が個人事業主になった場合、ご家族は国民健康保険に加入することになり、保険料の支払いが発生します。奥様は60歳まで国民年金保険料を納付することになります」と話しました。

60歳以降も働いたときの年金受給額

A氏が60歳以降も働いた場合、年金受給額も下記のように変動します。

※「65歳~」は、A氏のみの老齢厚生年金受給額。「75歳~」は、妻の老齢厚生年金96万2,500円が加算されている。

上記プランの①か②で働くと、「報酬比例部分」の受給額が給与収入分増えることになります。また、「経過的加算」も9万9,735円受給できます。「老齢基礎年金」の受給額は変わりません。

※ 経過的加算……A氏のように、国民年金加入期間が上限の40年(480月)に達していない人が、「『特別支給の老齢厚生年金』の定額部分」と、「厚生年金に加入している期間の『老齢基礎年金』」との差額を厚生年金保険に上乗せして受給できるしくみ。A氏の場合は5年(60月)分、 9万9,735円を65歳以降受給する老齢厚生年金で生涯受給できる。なお、計算式など詳細については日本年金機構老齢厚生年金の受給要件・支給開始時期・年金額の経過的加算」を参照のこと。

また、③を選び個人事業主として起業した場合、国民年金の加入期間は60歳までですが、A氏は先述したように5年間の未納期間があります。そこで、国民年金保険に任意加入して毎月1万6,520円保険料を納付すれば(※令和5年度現在)、65歳から老齢基礎年金が満額79万5,000円受給できます。なお、厚生年金の受給額は60歳で定年退職するときと同額です。

まとめ…A夫妻のこれから

筆者の話を受け、A氏は3つのプランそれぞれのメリット・デメリットを踏まえ、すでに起業した先輩方の話や妻の考えを聞きながらできるだけ早く自分の進路を決めることにしました。聞けば、③の起業にもっとも興味を持っている様子です。

A氏は、「長女の進路について相談に乗っていたところでしたが、自分の進路については逆に子どもに相談しなくちゃいけないかもしれませんね」と苦々しく笑ったのでした。

牧野 寿和

牧野FP事務所合同会社

代表社員

(※写真はイメージです/PIXTA)