161年の歴史もつ全国委員会決定を一蹴
ドナルド・トランプ前大統領のアウトローぶりに磨きがかかってきた。
同氏の所属する共和党の全国委員会(Republican National Committee=RNC)の決定を完全無視し、この日行われた8人の大統領候補によるテレビ中継討論会(FOXニュース主催)を蹴り、同時刻にSNS上で単独インタビュー録画を公開したのだ。
共和党全国委員会は全米各州党支部長、党所属の上下両院最高幹部ら168人からなる党最高決定機関。
161年の歴史を持ち、政治資金収集、政治綱領作成、選挙戦略決定などのほか、大統領候補を指名する党全国大会を取り仕切る。
8月23日、ミルウォーキーで開かれた大統領候補による第1回討論会は、その全国委員会が企画したいわば2024年大統領選に向けた同党の「こけら落とし」だった。
(Republicans turn the tables on Fulton County DA after Trump indictments)
参加資格は直近の世論調査の支持率(1%)、選挙資金献金者数(4万人)とともに全国党大会で指名された党大統領候補を支持することを義務付けていた。
トランプ氏は「指名された候補」に対する支持宣誓を拒否、代わりにSNS「X」(元ツイッター)にインタビュー録画を流したのだ。
(トランプ氏は2016年の全国党大会公認の討論会をボイコットしたことがある)
インタビュアーはFOXニュースの看板キャスターで2023年4月、トランプ氏の選挙に絡む誤報の責任を取らされて解雇されたタッカー・カールソン氏だった。
かつてはトランプ支持一辺倒だったFOXニュース主催の討論会を蹴り、FOXニュースを解雇されたカールソン氏が立ち上げたSNSに登場した。
最近、トランプ氏に距離を置き始めたFOXニュース上層部に対する当てつけか、いずれにせよ、党内の大統領候補指名を争う上で自らが主導権を握ろうとする意図がありありだ。
カールソン氏との単独インタビュー(というよりも独演会)では、討論会に参加したクリス・クリスティ元ニュージャージー州知事とエイサ・ハッチンソン元アーカンソー州知事*1を「薄汚い奴らだ」と批判した。
両氏とも「憲法を無視した者は再び大統領になるべきではない」と反トランプを打ち出していた。
*1=ハッチンソン氏は参加申請締め切り寸前、選挙資金献金者が4万人に達して参加が認められた。
討論会でも、モデレーターが「トランプ氏が指名されれば支持するか」と質問したのに対し、両氏は手を上げなかった。
一方、トランプ氏はインタビューで討論会をボイコットしたのは、「皆が私に叫び声を上げ、怒鳴ると思ったからだ。質問に答えるのはやぶさかではないが、意味がないと思って欠席した」とコメント。
さらにカールソン氏が「反対者たちがあなたの命を狙っているのではないのか」と尋ねると、こう答えた。
「分かっている。彼らは野蛮な動物たちだ。皆、病にかかっている。病人だ。民主党内には偉大な人間もいる。私は彼らのやることを見てきた。何をやろうとしているかもずっと見てきた」
(この発言の意味が何を指しているのか、は不明だ)
トランプ大統領を支持したのは8人中6人
一方、討論会では、トランプ大統領(当時)から圧力をかけられながらも副大統領の責務を守ったマイク・ペンス氏の行動が俎上に上った。
2020年1月6日の米議会乱入時に副大統領として憲法上定められた投票結果最終認定を行ったペンス氏の行動を「正当だ」としたのは、クリスティ、ハッチンソン両氏とニッキー・ヘイリー元国連大使、ティム・スコット上院議員(サウスカロライナ州選出)の4人だった。
外交政策ではウクライナに対する軍事支援について取り上げられたが、「無期限の支援には反対だ」と言い切ったのは起業家のヴィヴェック・ラマスワミ氏だけだった。
一方、中国に対する脅威は参加者全員が異口同音に強調した。
そうした中で唯一政治経験のないインド系の起業家、ラマスワミ氏はトランプ氏への100%支持を唱えて、他の候補たちと一対一の論議に挑んで注目された。
両親はインドから移民したヒンズー教徒。同氏はハーバード大学を経てイェール法科大学院で法務博士号を取得、大学院生当時にヘッジ・ファンドを扱う企業を立ち上げている。現在38歳だ。
クリスティ氏は、マラスワミ氏の頭の回転の速さと弁舌に「まるで(バラク・)オバマ(前大統領)の再来のような男だ」(オバマ氏は共和党から忌み嫌われている)と冷やかした。
マフィア対象の「RICO」適用された19人
トランプ氏は、8月24日にはジョージア州フルトン郡地裁に出頭、罪状認否を行う。無罪を主張し、20万ドルの保釈金を支払って保護観察下に置かれる。
想定されていることだが、大統領選予備選が本格化するのと並行してトランプ氏に対する公判も次々と始動する。
同郡地区検察は8月14日、「犯罪集団」*2を結成し、2020年大統領選の同州での敗北を覆そうとしたとして、トランプ前大統領や当時の側近19人を州法違反で起訴した。
大統領選への介入では先に特別検察官が連邦法違反でトランプ氏を起訴したが、被告の数や事件の構成でより広範な内容となった。
しかも、大統領の恩赦権限は「合衆国に対する犯罪」に限られるため、トランプ氏が大統領に返り咲いた場合でも、今回のジョージア州の事件では自身を恩赦できないとの解釈が一般的だ。
*2=マフィアや麻薬カルテルのような犯罪集団を摘発・根絶するための法律としてRICO法(Racketeer Influenced and Corrupt Organization Act)がある。選挙に負けた現職大統領が組織立って犯罪を主導したとする起訴内容は、これまでに前例がない。
8月23日には、トランプ氏の個人弁護士だったルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長らが起訴事実を認め、保釈金15万ドルを支払って刑務所入りは一応免れている。
ジュリアーニ刑事被告人は恐喝・ゆすり・詐欺など13件の罪状で起訴されている。
「ロシア行き」願望は弱音か本音か
そんな中、トランプ氏は8月22日、自前のSNSでこう呟いた。
「アトランタの出来損ない判事は私に保釈金20万ドルを要求してきた。それで逃げも隠れもできないと思ったのだろう」
「そう、私はどこかへ飛んで行きたいよ」
「ロシア、ロシア、ロシアへ飛んで行って、ウラジーミル(プーチン大統領)と一緒に黄金ドームのスイートに住みたいよ。世間は二度と私を見ることも、私について聞くこともない」
「行くときは、機体にトランプと黄金で書かれた専用機ではなく、普通の民間機で。私が誰であるか、誰も分からないだろう」
(Trump jokes about flying to Russia after bond set in Georgia case)
4つの裁判所から起訴され、本来なら刑務所に拘置されるところを保釈金を払うことで保護観察下にある刑事被告人がロシアになど行けないことは本人も百も承知だ。
米メディアは「ジョーク」と受け止めているが、行間には、これだけ攻め立てられほとほと参っているトランプ氏の本音が見え隠れしている。
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