米自動車業界がいま頭を痛めている大きな問題がある。

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 それは中国製電気自動車(EV)が米市場に流入してきた時、中国車に席巻される恐れがあるということだ。

 米メディアの中には「米国の車道のほとんどが中国車に埋め尽くされる」と表現する媒体もあるほどだ。

 いったい何が起きているのか。

 中国のEV大手、比亜迪(BYD)は2022年、190万台のEVを販売しており、すでに米国のEV最大手のステラ社の販売台数(130万台)を抜いて世界トップに立っている。

 米自動車業界ではすでに、EVにおいては中国が米国の先を歩いているとさえ言われるほどだ。

 しかも中国製EVは価格の点でも消費者が手に取りやすい設定になっており、はるかに競争力がある。

 米自動車評価メディアとして名高い「ケリー・ブルーブック」によると、米市場で販売されているEVの平均価格はいま、5万3438ドル(約775万円)で、かなりの高額である。

 米国では3万ドル(約435万円)以下でEVが購入できればラッキーと言われるほどだ。

 一方、中国では平均価格が約7万3800元(約150万円)で、米国で売られているEVよりはるかに安価である。

 ちなみに日本での新車EVの平均価格は約381万円(カーセンサー調べ)で、米中両市場の中間に位置している。

 ただ中国製EVはいま、米市場では入手が困難だ。

 というのも、米政府が中国製EVに対して高関税を課しているからである。トランプ政権時代に27.5%という税率を課し、バイデン政権になっても変化はない。

 業界では将来、関税が下がった時に中国製EVの市場占有率が大幅に上がるとの観測が出ているが、現時点では先が見えない。

 米市場での販売を目指して、中国メーカーはすでに首都ワシントンでロビイストを雇い、米市場へのアクセスを得ようと躍起になっている。

 中国のEVメーカー、NIO(上海蔚来汽車)の創業者ウィリアム・リー氏は英フィナンシャル・タイムズに「米国政府は中国のEVに平等なアクセスを提供すべきであり、メーカー側が米中の政治的軋轢の犠牲にさらされるべきではない」と訴えた。

 米市民の利益を考えると、最終的にはより安価なEVが入手できる方が理にかなっているため、中国製EVが将来、米市場を席巻するという流れを予測する業界関係者は少なくない。

 かつて中国車には品質に問題があると言われた時代もあったが、取材をした米自動車コンサルタントは「中国車の品質は特に過去3年で、飛躍的に上昇した」と述べ、状況は確実に変化してきている。

 米国が将来、中国EVに市場シェアを奪われると言われる別の理由がある。

 それはEVに使われるバッテリーの製造を中国がほぼ独占していることだ。中国はいま世界のコバルトの73%、リチウムの67%を精製していることでも分かる通り、バッテリーセルに必要な重要鉱物と採掘、さらに加工も実質的に手中に収めている。

 米国ではネバダ州の鉱山で世界のリチウム生産量の2%を生産しているに過ぎず、コバルト生産量に至っては0.4%未満という数字なため、米国内ではEV製造がどうしても高価になってしまう。

 バッテリーの主要部分である負極と正極のうち、中国は負極活物質の92%を、正極活物質の77%を生産している。

 さらにバッテリーの材料で重量比率では最も重い黒鉛を、米国はほぼ100%輸入に頼っており、その多くが中国産だ。

 米国内には「ここまで中国に頼っていてはいけない」との声があり、黒鉛の調達先を中国以外にも広げようとの動きがある。

 モザンビークマダガスカルなどが新たな生産国として挙がっている。

 米国がここまでEVにこだわり、ガソリン車からの切り替えに躍起になっているのには理由がある。

 それは近年、多くの国や自治体、企業がネットゼロ(Net Zero)を宣言していることでも分かるように、世界的な環境保全の取り組みをせざるを得ないからである。

 改めて記すと、ネットゼロとは温室効果ガスあるいは二酸化炭素(CO2)の排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにするという意味だ。

 排出量を完全にゼロとすることが現実的には難しいため、排出量を正味(=ネット)ゼロとすることを目標としている。

 ちなみに、ネットゼロはいわゆる「カーボンニュートラル」と同義である。

 経済・社会を維持していくために、どうしても排出せざるを得ない分を、間接的に減らすということだ。

 日本政府も、2020年10月の菅義偉首相による所信表明演説で、2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにする、いわゆる「2050年カーボンニュートラル宣言」を出し、脱炭素社会の実現を目指すと公言した。

 既に120を超える国が2050年までにCO2排出についてネットゼロを目指すと宣言しており、企業や投資家、都市でもネットゼロを目指す動きが加速している。

 ただ、こうした流れはいまに始まったことではない。

 環境保全に異を唱える人はいないだろうが、規制を厳格化することで、皺寄せがどこかにくることも事実で、規制よりも自国産業を保護しようとの動きは常にある。

 その一方で、世界貿易機関WTO)が推進するような自由で開かれた貿易の慣行もあり、EVの導入は二律背反に陥る危険性もある。

 そうした中、米ジョー・バイデン大統領2050年までのカーボン・ニュートラル達成を宣言し、2021年11月には1兆2000億ドル規模の大型投資法案を成立させた。

 公共交通機関を温室効果ガスの排出ゼロの車両に一新すると同時に、EV用充電設備の充実、再生可能エネルギーやクリーンエネルギー電力の推進や技術開発への投資など、クリーンエネルギー事業に対して4500億ドル(約65兆円)を投資する「ビルド・バック・ベター(よりよい復興)」を発表している。

 中長期的なスパンで今後を俯瞰すると、米国は中国のEVに門戸を開かざるを得なくなるかと思う。

 取材で見えてきたのは、2027年から32年にかけて、中国車は米環境保護局(EPA)の要件を満たす低価格なEVを米市場に導入できるようになるかもしれないということだ。 

 そうなると、冒頭で記したように、米国の公道に中国車が走り回るようになり、「中国車アメ車を席巻する」光景が現出するかもしれない。

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