フランスやヨーロッパで上演され続けている人気戯曲『それを言っちゃお終い』(原題『Fallait pas le dire』)が六本木トリコロールシアターにて8月21日(月)に開幕した。フランスらしい夫婦のシニカルな笑いとウィットに富んだ会話劇で、夫役を演じるのはアニメ『ONE PEACE』のサンジ役などで活躍するベテラン声優・平田広明。妻役は歌舞伎役者の坂東巳之助と中村米吉がWキャストで務める。

左から)平田広明、坂東巳之助、中村米吉

同劇場で6回目の上演となる本作は、声優×歌舞伎役者という異色コラボで挑む意欲作だ。シンプルな舞台セットにピアノの生演奏が響く、平田・巳之助ペアの初日舞台を観劇した。

義母が息子のために何十年も作り続けてきたケーキ、ありがたいけど美味しくない「ケーキパサパサ問題」など、夫婦の“あるある”を通して男女の考え方の違いが浮き彫りになる。「あなたのママのケーキ、パサパサし過ぎ……」なんて思っていてもなかなか口にできないことを平然と言ってのける妻に、「本当のことなんて言わなくていい!」と反論する夫。お互いにわがままで融通は利かないが、どこか愛嬌のあるふたりの会話に客席から笑いが漏れる。

ベースにあるのは凸凹な夫婦喧嘩だが、扱うテーマはジェンダーや代理母、性についてなどセンシティブなものから時事ネタまで幅広く奥が深い。頭では理解しても感情で割り切れない部分を、エスプリの効いたセリフであばきだしていく。

巳之助が夫・平田に向ける不機嫌な目線や溜息交じりの相槌が、いかにもフランス女らしい。チクチク攻めてくる妻の攻撃を、素知らぬ顔で受け流す平田の間合いも良い。進歩的な妻VS保守的な夫という構図だが、自分の主張が揺らいだり形勢が悪くなると話題をすり替えたり相手のせいにしたりと、男女のズルさや甘さを人間くさく表現している。

日常会話の中でも議論するのが大好きなフランス人の国民性や、欧米的な思想や価値観を日本の観客に伝えるのは難しい面もあるが、熟年夫婦の良い意味での脱力感が、舞台の後味を軽やかにしている。

「本音を言うべきか、言わざるべきか?」というのは我々が常に迷ってしまう問題だ。昨今のSNS時代において、思ったことをありのまま包み隠さず言う人は、自分の意見を持った勇気ある人物に見えがちだ。しかし、本音はときに偏った考えの押し付けになりかねない。とある大きな秘密を抱えて悩む夫に妻が助言する、「本音を言うにも技術がいるのよ」というセリフが刺さる。夫婦の間にある“相手を思いやる心”が、言葉を介さず流れる瞬間に心が温かくなる。

スペシャル・カーテンコールとして終幕後に出演者のトークが楽しめるのも嬉しい。平田は「もとはストレートプレイ用の戯曲だったので、朗読劇としてやるために試行錯誤した」と稽古時の苦労を語った。巳之助は歌舞伎の公演と並行して出演しているため、「(歌舞伎座がある)東銀座で男を演じ、移動の電車の中で性別を変えて六本木に来ています(笑)」と客席の笑いを誘った。

Wキャストの米吉について、「歌舞伎ではあまり役が被ることがない」と巳之助が言うとおり、芯のある立役(男役)を演じることが多い巳之助と、可憐なお姫様などザ・女形な役どころがハマる米吉は真逆のタイプだ。平田は「相手が代わると自分の演じ方も変化していくかもしれない」と語る。ぜひ巳之助・米吉と2パターンの公演を見比べて違いを楽しんでほしい。

公演は六本木トリコロールシアターにて8月27日(日)まで。休演日は8月24日(木)。

取材・文:北島あや

中村米吉「なんとも不思議な取り合わせ」

【中村米吉コメント】

夏の盛りの六本木。 日本屈指の繁華街でフランスの短編を歌舞伎役者が読む。 なんとも不思議な取り合わせだと思われているでしょう。 大丈夫。私自身が1番不思議でよく分かっていなんですから(笑)

今回の作品は、風刺の効いた、ある種の人の心理を突いた作品だと感じています。これまで触れてきた作品とは全く 毛色が違いますね。 社会問題すらもサラッと扱うこうした作品はやはりフランスというお国柄ならではのものなのではないかなと感じています。

“本音と建前”が良きにしろ悪きにしろ駆使されている日本では書きにくいのではないでしょうか。 フランスの作品といえば、今年初めて歌舞伎以外の舞台、『オンディーヌ』に主演させていただきました。 水の精であるオンディーヌが人間に恋をし悲恋を迎える作品でしたが、その理由も純粋すぎて嘘のつけないオンディーヌが嘘や建前、お世辞に溢れた人間世界と相容れなかったからでした。 そんなオンディーヌを表現するために、セリフには風刺の効いた言葉をオンディーヌの口を借りて、作家が人々への 皮肉を込めたのでしょう。

演じさせて頂きながら、フランス戯曲ならではの作り方だなと面白く感じたものです。

今回もの作品も同じように風刺や皮肉が込められ、題の表す通り「それを言っちゃお終い」なのかもしれないけれど、 どうして言ってはいけないのか、言えないことの方が不健全ではないのか、そんなことを思わせてくれます。 言葉尻を取られて批判されることも多く、当たり障りのない言葉でしか表現が出来なくなりつつある今の時代に上演することの面白さのある作品なのではないでしょうか。

ご共演の平田さんは子供の頃から幾度となくお声を拝聴し、楽しませてくださった方です。嬉しい反面、朗読という声を駆使する今回のような作品では相対する怖さも感じています。 とにかく胸を借りまして、“クソ”お世話になりたいと思っています(笑)

また、常日頃からご一緒の巳之助兄さんとは、ある意味ダブルキャストとなりますが、同じようなお役を勤めること は普段あまり多くありませんし、一から役を組み立てる時の発想にいつも驚かされ、感心されられる先輩でもありますから、私自身も肩を並べられるように作っていかなくては! 個人的に、人となりに親近感や共通点を感じる兄さんでもありますから、こうした企画で共演せずともご一緒できるのは嬉しい限りです。

是非とも皆さんには見比べて楽しんでいただきたいと思っています。

3〜4ページほどの短い2人による会話のみで構成され、場所、時間、性別、年齢、関係性いった役柄すらも定めらておらず、自由に読んでいくという、読み手側の技量や引き出し、発想にかなり委ねられた作品でもあります。 中身もかなりセンシティブなワードも飛び出しますし、冷静に読んでいくと中々シビアなものになりかねないのではないでしょうか。 皆さんと相談しながら、遊べるところは遊んで、考えさせられるだけではなく、娯楽としての面をしっかり持った作品にできたら!

え? こんな暑い最中に六本木なんて行きたくない? 「それを言っちゃお終い」ですよ!(笑)

是非とも足をお運びくださいませ。よろしくお願い致します!

<公演情報>
『それを言っちゃお終い』ドラマ・リーディング公演

2023年8月21日(月)〜27日(日)

チケット情報
https://w.pia.jp/t/roppongi-tricolore/

朗読劇『それを言っちゃお終い』