幼いころに養子縁組で韓国からフランスへ渡った25歳の主人公が、再び韓国の地を踏む。日本で公開中の映画『ソウルに帰る』は主人公フレディ(パク・ジミン)が韓国で生みの親を捜す物語だ。カンボジアフランス人のダヴィ・シュー監督が友人の実話に着想を得て、祖国や生みの親に対して抱く複雑な感情の移ろいを丁寧に描いた。2022年のカンヌ国際映画祭のある視点部門で上映されたのを皮切りに、2023年にはアカデミー賞国際長編映画賞カンボジア代表に選出され、ボストン映画批評家協会賞作品賞を受賞するなど注目を浴びた。

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フレディ役のパク・ジミンはフランスでビジュアルアーティストとして活動中で、俳優としては今回がデビュー作。見た目はコリアンだが、フランスで育ってフランス語を話すという点はフレディと共通している。フランスと韓国を行き来しながら揺さぶられる内面を繊細な演技で表現できたのは、自身の実感に基づくものもあったようだ。

■生まれた国を訪れた主人公の複雑な内面を描く『ソウルに帰る』

フレディにとって韓国は憧れの祖国ではない。休暇で日本へ行こうとしていたところ、台風で東京便が欠航になり、成り行きでソウル便に乗った。そんな韓国の第一印象は“違和感”として描かれる。ソウルで出会ったフランス語を話す韓国人の友人テナ(グカ・ハン)とドンワンとソジュ(韓国の焼酎)を飲むシーン、手酌でソジュをつごうとするフレディにドンワンは「手酌は一緒に飲む相手への侮辱になる」と注意するが、フレディは気にせず注ぎ、くいっと飲み干す。“韓国人”の枠に収めようとする韓国の人たちへの反発は随所に描かれていた。周囲の固定観念をかき乱す自由奔放なフレディのキャラクターはこの映画の魅力の一つだ。

フレディはテナとドンワンに女性が赤ちゃんを抱いた1枚の写真を見せる。写真の女性について「生物学的には母」と言うフレディに、テナはかつて「この人に会いたい」というテレビ番組があったことを話す。「この人に会いたい」は2007年から数年間実際に放送されたKBS(韓国放送公社)の番組だ。筆者も観たことがあるが、米国やフランスなど海外で育った養子が直接、またはテレビ電話で出演し、誕生日や身体的特徴、預けられた施設など自身についての情報、現在の生活状況、両親に伝えたいメッセージを語り、番組を通じて生みの親を捜すというものだった。

フレディは生みの親を捜すつもりで韓国を訪れたわけではなかったが、ドンワンが「ハモンド」という養子縁組の団体に行くことを提案し、写真の裏にあったメモがきっかけでハモンドを通じて父(オ・グァンロク)と連絡が取れる。『ソウルに帰る』というタイトルはフランスからソウルへ帰るという意味もあるが、父の住む群山へ向かうバスの中でフレディが叫んだ言葉でもある。突然、運転手に向かって「ソウルに引き返して」と叫び出す。父に会いたいが会いたくない、フレディの中の相反する感情を表す言葉だった。

群山では父をはじめ親族が出迎えるが、感動の再会とはならない。父は再婚し、フレディには腹違いの妹が2人いることも分かる。祖母はフレディの将来のために養子に出したと弁解するが、詳しい内容は語られず、おそらく経済的困窮が理由だったようだ。フレディは不信感いっぱいの表情で、なかなか心を開こうとしない。フレディに同行したテナが通訳するが、テナは時々言ったこととは違う内容を伝える。例えば、祖母から母親に会ったのかを聞かれたフレディは「関係ない」と素っ気なく答えるが、テナは「まだ連絡はないそうです」とニュアンスを和らげて訳す。テナなりの配慮だが、2人の溝のようにも感じた。近づいたり、離れたり、フレディとテナの関係は、フレディと韓国との微妙な距離感を象徴しているようでもあった。

■海外でも製作されている国際養子縁組をテーマにした作品

ところで筆者が初めて韓国の海外養子縁組に関心を持ったのは、2004年に放送されたドラマ「ごめん、愛してる」を通してだった。韓国で大ヒットし、日本を含む各国でリメイクされた。主人公のムヒョク(ソ・ジソプ)は幼い頃オーストラリアへ養子に出されるが、養父母にも捨てられ、ストリートチルドレンとして育つ。成人して韓国へ戻ったムヒョクは、自分を貧しさゆえ手放したと思っていた生みの母が実は裕福に暮らしていた事実を知り、ショックを受ける。

近年話題になったドキュメンタリー映画では『Twinsters』(15)がある。1987年生まれの双子の女の子がそれぞれ韓国から米国とフランスに養子に出され、互いの存在を知らずに過ごしていたところ、SNSを通じてつながる。顔も声もそっくりの2人はやがて、生年月日も生まれた場所も同じという事実が分かる。米国で育ったのがサマンサ、フランスで育ったのがアナイスで、サマンサはこの映画の監督も務めた。印象的だったのはサマンサもアナイスも朗らかでよく笑うことだ。生みの母を捜す過程で涙も見せるが、2人が出会えた喜びのほうが大きいように見えた。

韓国系アメリカ人ジャスティン・チョンが監督・脚本・主演を務めた『ブルー・バイユー』(21)では、韓国生まれでアメリカに養子に出された主人公アントニオが移民政策によって妻と子供と引き離されそうになる。事件を起こしたことがきっかけで、強制送還を命じられるのだ。3歳から米国に住んでいるのに韓国に帰れ、とは。30年以上前の養子縁組の際の書類不備が理由だった。養子が味わう理不尽に唖然とした。実際にも米国に送られた養子が、不法滞在者として追放されたケースがある。

韓国から海外への養子縁組は、1950~53年に起きた朝鮮戦争がきっかけで始まった。親を失った孤児が多く、国が経済的に余裕のない状況で欧米諸国に養子として送られるようになったのだ。一方、北朝鮮朝鮮戦争の孤児を東欧諸国に送り、数年後に強制的に連れ戻したという歴史がある。これについては近年、チュ・サンミ監督『ポーランドへ行った子どもたち』(18)、キム・ドクヨン監督の『金日成の子どもたち』(20)という2本のドキュメンタリー映画が韓国で作られ、日本でも劇場や配信で公開された。

■20万人を超える子どもが韓国から海外へ

経済的に発展し始めてからも韓国から海外への養子縁組の数は減らず、朝鮮戦争以降、20万人を超す子どもたちが海外へ養子に出されてきた。軍事独裁政権下では外貨獲得の手段だったとされ、ピーク時の1985年には8837人に達した。80年代後半から民主化と共に減少してきたが、今日にいたるまで続いている。

少子化が急激に進む韓国では2022年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)が0.78という前代未聞の低さまで落ち込んだが、それでも海外へ養子として出される子どもたちがいる。2022年は142人だった。大半が未婚の母の子だという。経済的な困難、あるいは父がいないことに対する偏見が海外養子縁組の背景にあるようだ。

海外に養子として出され、生みの親に育てられるよりもいい環境で幸せに育つ場合もあれば、「ごめん、愛してる」のムヒョクのように再び養父母に捨てられて苦労する場合など、その境遇は様々だ。だが、『ソウルに帰る』はそういった観点とは少し違う。フランスで養父母に恵まれて育ったフレディがたまたま祖国の地を踏み、真実を知りたいという気持ちが芽生えるが、その気持ちも揺れ動く。フレディが失望したのは、「ハモンド」が母の連絡先を把握しながら、フレディに教えないことだった。出生にまつわる真実を知りたい子どもの権利と知られたくない親の権利。守られるべきはどちらなのか。「子より親を守る?」と憤るフレディの言葉が刺さった。

近年、韓国では海外養子縁組のために戸籍などの記録が改ざんされていた事実が明らかになるなど、多くの問題が指摘されている。真相究明に乗り出した養子も少なくない。養子が出生について知る権利が尊重されるようになってきたのは、ごく最近のことだ。

祖国で大きな壁に阻まれたように感じたフレディだが、時を経て再びソウルに帰る。フレディの真実を求める旅路は続く。

文/成川 彩

主人公フレディの8年に渡る“自分探し”を描く『ソウルに帰る』/[c]AURORA FILMS/VANDERTASTIC/FRAKAS PRODUCTIONS/2022