ウクライナに供与された西側戦車はドイツ製のレオパルト2以外にもあります。そのひとつがイギリス製のチャレンジャー2ですが、このたびウクライナ兵に対する訓練風景が公式動画で公開されました。

ドイツ戦車に苦しんだからこその重装甲戦車

イギリス政府が同国のMBT(主力戦車)であるチャレンジャー2ウクライナに提供することを決めたのは2023年1月のこと。その台数は14両で数は少ないですが、今までまったく扱ったことのない兵器を「渡す側」も「受け取る側」も、それなりの大変な準備が必要となります。

緒戦より戦車が本格的に用いられた第2次世界大戦において、イギリスは主敵であるドイツの戦車開発の後塵を拝することになり、終始苦戦を強いられました。防御力と攻撃力の双方で優れていたティーガーI重戦車や、避弾経始を採り入れた合理的な防御力と強力な長砲身7.5cm砲に良好な機動性を備えたパンター中戦車などに対して、常に劣勢だったのです。

ただ、敵戦車に対して辛酸をなめ続けた結果、大戦末期にようやく高性能な戦車の開発に成功します。「センチュリオン」と名付けられたこの戦車は、最前線への投入前に戦争が終わったため実質間に合わなかったものの、同車が誕生したことで、その後「チーフテン」という高性能戦車を生み出すことにつながりました。

以降、この「チーフテン」をベースに「チャレンジャー1」「チャレンジャー2」と、現代に続くイギリス戦車が開発されるのですが、これらは一貫して機動力よりも防御力を優先した設計となっています。

なぜ現代のイギリス戦車は、機動力よりも防御力を優先しているのか。それは、第2次世界大戦時、前出したドイツ戦車「ティーガーI」「パンター」などが、高い防御力を持っていたがゆえ苦しめられたからにほかなりません。だからこそ、そういった経験を忘れることなく、以後イギリス軍は一貫して機動力よりも重防御を優先した戦車を導入し続けているのです。

その結果、「チャレンジャー1」は1990年代初頭の湾岸戦争で、「チャレンジャー2」は2000年代初頭のイラク戦争において、それぞれ驚くべき抗堪性を発揮し、乗員を生還させています。長年引き継がれてきたイギリスの戦車開発におけるコンセプトの正しさを証明してみせたといえるでしょう。

イギリス国防省が公開 ウクライナ兵の教育風景

今回、イギリスからウクライナに対して提供された「チャレンジャー2」は冒頭に述べたようにわずか14両。この数は、1個中隊分ほどにしかすぎません。これには今日、「NATO標準戦車」と目されているドイツ製の「レオパルド2」と比べて、「チャレンジャー2」は輸出で振るわなかったため、そもそもの生産台数が少なく、しかもイギリスの現役MBTということも影響しているからだと考えられます。

しかし戦訓によって得られた「抗堪性の高さ=生残性の高さ」も影響して、提供する台数を絞った可能性も考えられるのではないでしょうか。もちろん、どんな兵器でも数が多ければ多いほど良いというのは間違いないでしょうが。

ただ、ウクライナはかつて旧ソビエト連邦を構成していた共和国の1つであり、このたびのロシア侵攻が始まるまでは旧ソ連ロシア)系の兵器を数多く運用していたため、同国の軍人らにとってイギリス製「チャレンジャー2」の運用は未知の領域ともいえます。

そこでイギリスでは、供与が決まったことに伴い、乗員となるウクライナ戦車兵の教育訓練も自国内で行っています。

イギリス第2次世界大戦中、ポーランドチェコなどの兵士たちに訓練を施してきた実績もあることから、通訳を介しながらウクライナの戦車兵に「チャレンジャー2」をレクチャーしています。

その様子は、イギリス国防省の公式動画で見ることが可能で、それによると場所は「イギリス戦車の聖地」であるボービントン・キャンプ。そこの装甲戦闘車両教導連隊(Armoured Fighting Vehicle Schools Regiment)で教育訓練が行われている模様です。訓練期間中には、ゼレンスキー大統領も同地を激励に訪れています。

ロシアの最新型戦車が登場した時の切り札か

砲塔の代わりにガラス張りのキャビンを備えた走行訓練用の教習車、コンピュータ画像を駆使したデジタル・シミュレーター、現物を扱う実地教育などが厳しく行われている様子は、「チャレンジャー2」がNATO(北大西洋条約機構)諸国によるウクライナへの戦車提供のキック・オフのケースという観点からも各種メディアにリリースされていますが、やはりプロパガンダ色の強いものといえそうです。

ちなみに、2両や4両単位といった複数のチャレンジャー2による連携戦闘訓練や、負傷兵の車内からの搬出訓練などは映像化されていないようです。

ウクライナ軍の反転攻勢におけるチャレンジャー2の運用状況は、現在のところ聞こえてきません。前述したように戦車としては有力な車種ながら供与台数が少ないゆえ、投入すべき時期や戦況が慎重に検討されているのかもしれません。

もしかしたら、その重装甲と大火力が評価され、ロシア最新のMBTであるT-14が前線に姿を現した際の「対抗馬」として用いるべく、温存されている可能性もあるのではと筆者(白石 光:戦史研究家)は考えています。

イギリス陸軍のチャレンジャー2(画像:イギリス陸軍)。