瀬々敬久監督が佐藤浩市横浜流星をW主演につむぐ『春に散る』(公開中)。ボクシングに造詣が深く、ノンフィクション作家として数々のベストセラーを手がけてきた沢木耕太郎による人気小説を原作とする本作は、ボクシングを通じて“生きる”を問う衝撃の感動作。佐藤や横浜をはじめ、窪田正孝、坂東龍汰、哀川翔、片岡鶴太郎らが新旧ボクサーに扮した。

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不公平な判定負けで日本ボクシング界を去り、アメリカで事業を成功させて40年ぶりに帰国した元ボクサーの広岡仁一(佐藤)は、同じく不公平な判定負けでボクシングから一時離れていた黒木翔吾(横浜)と出会う。勘違いから仁一に道端でノックダウンさせられた翔吾は、仁一の腕を見込んでボクシングの指導を懇願。ともに不完全燃焼だった2人は再び世界チャンピオンへの道を目指すことに。

『春に散る』では、世代も考え方も違う男たちが、ぶつかり、励ましあいながら愛や絆、そして人生の意義を見出していく。“一瞬だけを生きると決めた”仁一と翔吾が織りなすホロ苦くも胸アツの人間ドラマにしみじみとさせられつつも、やはり見どころとなるのは劇中に登場するボクシングシーンだ。

本作のためにプロボクサーのC級ライセンスを取得した横浜と、過去にボクサー役を演じ、プライベートでもボクシングの指導を受けていた窪田。宿命のライバルを演じ、ともに芝居と現実のボーダラインをまたいでボクシングに関わる2人の過去作含めた格闘技シーンを振り返ってみよう。

■格闘技をリスペクトする横浜流星が選んだ“プロボクサー”としての説得力

極真空手の使い手として過去には世界一に輝いたこともある横浜流星。これまでも数々の映画やドラマでその卓越した身体能力の高さを披露しているが、キックボクサーとして華麗なるアクションを見せてくれたのが吉高由里子とW主演を務めた『きみの瞳(め)が問いかけている』(20)だ。

2011年の韓国映画『ただ君だけ』をベースとする本作は、事故で視力と家族を亡くした女性と過去の過ちで夢を諦めた男性の運命的な出会いを描いたラブストーリー。横浜が演じたのは、駐車場の管理人として働くことになった元キックボクサーの篠崎塁だ。将来を有望視されていたというこの格闘家を演じるため、撮影の1か月前からキックボクシングパンチや蹴りをいちからみっちりとトレーニング。時には熱がある状態で激しい格闘シーンをやり遂げ、撮り直しにも文句ひとつ言わず応じたという。体脂肪率5%まで絞り込んだ肉体から繰り出される打点の高いハイキックは絶品。正規の試合からアングラ試合まで、スピーディでアクロバティックなアクションに見惚れてしまうこと請け合いだ。

そんな作品のためには努力を惜しまない横浜が、『春に散る』ではさらなるストイックさでボクシングと向き合っている。佐藤は劇中の仁一と翔吾のミット打ちのトレーニングを振り返り、横浜の完成度を「この男(横浜)のパンチが重くてね」と表現しているが、命をかけて闘う格闘家のオーラをまとってリングに立つ佇まいはプロの選手そのもの。その躍動感に満ちた彫刻のような肉体美が、過酷な鍛錬の賜物であることは素人の目にも明らかだろう。

本作のボクシングシーンを指導&監修したのは、近年話題のボクシング映画にこの人ありの松浦慎一郎。菅田将暉ヤン・イクチュンのW主演作『あゝ、荒野 前篇/後篇』(17)松山ケンイチボクシングを深く愛しながらも勝てないボクサーに扮した『BLUE ブルー』(21)岸井ゆきのに日本アカデミー賞最優秀主演女優賞をもたらした『ケイコ 目を澄ませて』(22)などにも関わり、本作では翔吾のトレーナー役としても出演した。

この松浦に、横浜は撮影前のトレーニング段階で「今まで松浦さんが作ったことのないボクシングシーンにしてください。そして、プロから見てカットでごまかしていると思われないようにしてください」と頼んだという。このような強い覚悟で臨んだ横浜が、その演技に説得力を持たせるために選んだのがプロボクシングC級ライセンス取得だ。なんと受験したのは撮影終了後だったというが、役づくりを超えたこの挑戦は格闘家への敬意を示すとともに、「作品にかける思いを証明したかった」ためだという。

■たった一人で闘ってきた孤高の世界チャンピオンを窪田が体現

一方、最もキャスティングが難しかったという世界チャンピオンの中西利男を演じたのが窪田だ。これまで2本の映画でボクサー役を演じている。

『初恋』(19)は、三池崇史オリジナルストーリーで描くラブ・バイオレンス。窪田は、類まれなボクシングの才能を有しながらも格下の相手にKO負けし、診察を受けた病院で余命宣告を受ける天涯孤独のプロボクサーである葛城レオを演じた。呆然自失で新宿歌舞伎町を歩くレオは、逃げ去る少女モニカの助けを呼ぶ声を聴き、とっさに追っ手の男を殴り倒してしまう。宙を舞う追っ手という派手な演出にニンマリさせられるとともに、レオのボクサーとしての力量や反射神経をうかがわせる印象的なシーンだ。窪田はこの役ため、撮影の1か月前から体作りをスタート。現役ボクサーが相手役を演じた試合のシーンも自ら演じた。

そして窪田と松浦が出会うきっかけとなったのがヒューマン・ミステリー『ある男』(22)。ヴェネチア国際映画祭で上映され、日本アカデミー賞では最優秀作品賞を含む最多8部門に輝いた。窪田が演じたのは、幸せな家庭を築いているものの不慮の事故で亡くなる谷口大祐。だがその男は大祐の名前をかたった別人だったというミステリアスな役どころだ。どうボクシングが関わってくるかは作品を観てのお楽しみだが、撮影後も窪田はこの作品で共演した松浦から個人的にトレーニングを受けていたという。

『春に散る』では、たった一人で闘ってきた孤高の世界チャンピオンに扮した窪田。「流星君に遠慮されたくない」との想いでプロに匹敵する厳しい特訓を耐え抜き、さらには松浦がかつてミットトレーナーをした縁で元世界チャンピオン内山高志の指導を受ける機会も得てそのボクシングセンスを磨いていったという。

本作では、翔吾のメンタルの弱さが露呈する川島戦を皮切りに、かつて仁一が世話になった真拳ジムのホープである大塚(坂東)との東洋太平洋タイトルマッチ、そしてたっぷりと尺がとられた世界戦では、翔吾と世界チャンピオンの中西(窪田)との白熱のバトルが活写される。

徐々に規模が大きく、激しくなっていく3試合のフィナーレとなる世界タイトルマッチは4日間にわたり撮影され、その第11ラウンドではアドリブファイトが繰り広げられた。リアルを徹底的に追求する“役を生きる”横浜と窪田だからこその芝居を超えた演技は圧巻。勝ち負けの次元では語ることのできない魂のぶつかり合いに、誰しも深い感銘を覚え、そして魅せられるはずだ。

文/足立美由紀

“本気”のボクシングシーンに魅せられる!横浜流星、窪田正孝らが『春に散る』で挑んだリアル/[c] 2023 映画『春に散る』製作委員会