筆者のファイナンシャルプランナー・浜田裕也さんは、社会保険労務士の資格を持ち、病気などで就労が困難なひきこもりの人を対象に、障害年金の請求を支援する活動も行っています。

 浜田さんによると、障害年金を請求するには、その障害で初めて病院を受診した日(初診日)を文書で証明する必要があり、基本的に初診の病院で書類を作成してもらわなければなりません。

 しかし、病院によっては、最終診療日から一定の期間が過ぎた患者のカルテを破棄することがあり、この場合、当時の記録が分からないため、初診日の証明書を作成してくれないことがあります。そのような場合、どのような対応を取る必要があるのでしょうか。ある親子の事例をモデルに、浜田さんが解説します。

最後の診療から5年経過でカルテが破棄されることも

ひきこもりの長男(28)の障害年金を請求しようとしたところ、最初の病院ではすでにカルテが破棄されていると言われてしまい、途方に暮れています」

 私は、そのような相談を持ちかけた母親(58)から事情を伺うことにしました。

 長男は17歳の頃に心の不調を訴え、心療内科であるA病院を受診したそうです。その後、一時通院を中断して再度体調を崩し、今度はB病院を受診しました。さらに転院して、現在はC病院を受診中とのことです。

 母親から聞き取った長男の受診歴は、次の通りです。

17歳から18歳まで A病院を受診
19歳から23歳まで 受診なし
24歳から25歳まで B病院を受診
26歳から28歳現在まで C病院を受診

 初診からすでに10年以上が経過しています。なぜもっと早く請求しなかったのかと疑問に思った私は、母親に聞いてみました。

 すると、長男は今まで障害年金の請求に前向きではなく、つい請求を先延ばしにしてしまったとのことでした。そんな長男は、もうすぐで30歳を迎えます。うつ病により就労は難しく、先々の収入に不安を覚えた長男は、母親と相談し、やっと重い腰を上げることになったのです。

 そこまで話を伺った私は、初診日の証明について、母親に解説しました。

 障害年金の必要書類の一つに「初診日の証明書」があります。初診日の証明書は病院で作成してもらう必要があり、原則、次の書類で証明します。

・初診時の病院と障害年金を請求する時点で受診している病院が同じ⇒診断書
・初診時の病院と障害年金を請求する時点で受診している病院が異なる(転院している)⇒受診状況等証明書

 転院している場合、最初に受診した病院で受診状況等証明書を書いてもらう必要があります。ただし、カルテの保存期間は最後の診療から原則5年とされており、転院して最初の病院に行かなくなってから5年以上が経過すると、カルテが破棄されていることがあります。

 もしカルテが破棄されていると、病院からは「カルテがないので当時の状況は何も分かりません。受診状況等証明書は書けません」と言われてしまいます。初診日の証明ができないと、障害年金を認めてもらえる可能性はかなり低くなってしまいます。

 すると、母親は私に疑問を投げ掛けました。

「A病院のことは除外して、B病院を初診として請求することはできないのでしょうか」

「それは難しいです。同一の病気で転院があった場合は、最初に医師の診療を受けた日が初診日となるからです」

「でもA病院にはカルテがありませんから、証明はできませんよね。一体どうすればよいのでしょうか…」

「息子さんのケースでいうと、まず各病院でこのような書類を作成していきます」

A病院⇒受診状況等証明書が添付できない申立書
B病院⇒受診状況等証明書(※)
C病院⇒診断書
※A病院で受診状況等証明書が入手できなかったため、B病院で作成してもらうことになる。

「A病院では受診状況等証明書が入手できないので、その代わりに『受診状況等証明書が添付できない申立書(以下、添付できない申立書)』を作成することになります。添付できない申立書は、ご本人やご家族または代理人が記入します。さらにA病院を受診していたことが分かる書類も添付することになります。具体的には、A病院の診察券やお薬手帳などが該当します。これらの書類はご自宅に残っていますか」

 すると、母親の顔はさらに曇り出しました。

「今から10年以上前のものですよね。果たして残っているかどうか。添付できない申立書だけではだめなのでしょうか」

「当時、A病院を受診していた証拠書類が何もないと、受給はかなり難しくなってしまいます。まずはご自宅に何かしら書類が残っていないか、家中を探してみてください。もし何もなかったら、再度、別の方法を検討しましょう」

「はい、分かりました。長男と一緒に探してみます」

 母親は自信なさげに答えました。

診察券とお薬手帳はどこに?

 私との面談後、母親と長男は自宅のありとあらゆる場所を探しました。すると、引き出しの奥からA病院の診察券が出てきました。残念ながら当時のお薬手帳は見当たりませんでしたが、診察券が見つかっただけでも大きな成果です。

 母親から連絡を受け、私はさっそくA病院の診察券を見てみました。幸いにも裏面に初診日の日付が記載されていましたが、西暦や和暦の記載はなく、「10月9日(火)」としか書かれていませんでした。

 その後、診察券を母親から預かり、「これだけでは、17歳当時に受診したことを証明することは難しいかもしれない。できる限りのことはしておこう」と思い、長男が17歳当時である2012年(平成24年)のカレンダーをインターネットで調べました。

 すると、2012年10月9日は火曜日であることが判明。さらに私は添付できない申立書を別途作成し、「長男の初診日が17歳の2012年のときであり、その証拠として2012年のカレンダーも添付します」と主張することにしました。

 その後、私は診断書やその他の必要書類をそろえ、障害年金の請求を行いました。

 請求してから4カ月がたった頃、母親から「無事に障害基礎年金の2級を受給できた」という報告を受けました。

「病院から『カルテがないので受診状況等証明書は書けません』と言われてしまったとき、半ば障害年金の請求はあきらめていました。それでも、こうして何とか受給できるようになったので、本当によかったです。この度はご協力いただき、どうもありがとうございました」

 母親はうれしそうに言いました。

 今回のケースでは当時の証拠書類が残っていたので何とかなりましたが、いつもこのようにうまくいくとは限りません。やむを得ない理由がないのに障害年金の請求を先延ばししていると、その間に病院がカルテを破棄してしまう可能性があるので、注意が必要です。

社会保険労務士ファイナンシャルプランナー 浜田裕也

障害年金を請求するには、初診日の証明が必要