昭和63年に建てられた4階建ての賃貸ビル。エレベーターは老朽化が進み、運転を止めることが多くなっていました。すると、2階に入っているフレンチレストランのオーナーが「エレベーターが使えないと困る!」と家賃の支払いを拒否。これに頭を抱えた貸主は、賃借人のレストランオーナーを提訴しました。裁判所はどのような判決を下したのでしょうか。弁護士の北村亮典氏が、実際の判例をもとに解説します。
「エレベーターが使えない!」と賃料支払いを拒否した借主
【ビルオーナーからの相談】
ビルにはエレベーターがありますが、すでに30年程経過して老朽化が進んでおり、点検業者から運転を差し控えるよう言われたため、最近は運転を止めることが多くなっています。
修理するには2〜300万円、リニューアルする場合には7〜800万円程度を要すると言われており、どうすべきか思案しているところです。
そうしたところ、2階部分の賃借人であるフレンチレストランが、エレベーターが使えないことを理由に賃料の支払いを拒絶してきました。
レストランのオーナーいわく、
「このレストランには個室とカウンターがあり、個室については、エレベーターと直結していて、個室の利用客は、他の客の用いる店舗入口を経由せずに個室に入ることができる造りになっていて、これがレストランのウリとなっている。
このエレベーターが使えないまま放置していることは、賃借物件の重要な設備を使用不能にしていることにほかならず、したがって賃料は支払わない」とのことでした。
たしかに、レストランの個室に直結するエレベーターが使えなくなることは申し訳ないと思っていますが、ただ、レストランは2階にあり階段で登ることは容易であって、エレベーターが使えないということの影響は微々たるもののはずですので、賃料全額を支払わない正当な理由があるとは思えません。
賃料の不払いは3ヵ月にもおよんでいますので、契約の解除をしたいと考えていますが認められるでしょうか。
【弁護士の解説】
この事案は、東京地方裁判所令和3年6月22日判決の事案をモチーフにしたものです。この事案について、もう少し細かく時系列で説明しますと、
・平成28年3月に、賃貸ビルの2階部分につき、フレンチレストランとして利用するため賃料月額35万円で契約締結
・エレベーターが平成29年10月頃からしばしば停止して使用できない状態になった
・賃借人が平成30年6月分からエレベーターが使用できないことを理由に賃料の支払を拒絶した
・賃貸人は、平成30年9月16日に賃料の不払いを理由に契約解除の通知(同時に明渡訴訟も提訴)
・賃借人は、令和元年6月に未払賃料のうち275万円を支払い、その後は、月額賃料35万円のうち、毎月30万円を支払っている
という時系列となっています。
裁判所が借主の主張を「一刀両断」したワケ
この事案で争点となったのは、
1.エレベーターが使用できないことを理由とした賃料の支払拒絶について正当性があるか
2.契約解除通知後に、賃借人が未払い賃料の大半を支払った場合、解除の効力は否定されるのか
という点です。
1.借主による「賃料支払い拒絶」に正当性はあるか?
まず、1の争点について、裁判所は、エレベーターが使用できないことについて、
「改正前民法611条1項またはその類推適用による賃料減額の事由に該当する場合であっても、賃借人は使用できない「部分の割合に応じて」減額を請求できるに過ぎないから、そもそも賃料全額の不払いの根拠にはなり得ない」と判断しました。そのうえで、賃料減額の程度については、
「仮にエレベーターを使用できないことによって賃料減額となる場合でも、レストランは2階に所在し、賃借人やレストランの顧客は階段で昇降して出入りすることが可能であることを踏まえると、その減額幅はせいぜい月額5万円と見るのが相当である」と判断し、この減額幅を超える賃料の不払いが3ヵ月分を超えた時点で信頼関係破壊による賃貸借契約解除が認められると判断しました。
2.事後的に賃料を支払った借主…契約解除は“不当”か?
また、上記2の争点については、賃借人側は
・事後的に未払賃料の大部分が支払われたこと ・賃借人にとってレストランが唯一の収入源であることを主張して、信頼関係は破壊されていないと争いました。しかし、裁判所は
「前者は解除後の事情であり、後者は賃料不払を正当化する事情には当たらない」
と一刀両断しており、賃貸人側からの解除を認めています。
さすがに全額の賃料不払いは行き過ぎということで結論としては至極当然と思われますが、本件においては賃借店舗が2階部分だったことから、エレベーターの利用ができないことの賃借人の不利益を賃料35万円のうち5万円程度と評価していますが、賃借部分がさらに上階だった場合には、さらに賃料の減額幅も大きくなるであろうことを示唆する裁判例として参考になります。
なお、この裁判例は、エレベーターが使用できない状態になった場合において、賃貸人としてどこまで対応していればよいかという点について、以下のように述べています。
「賃貸人は賃借人に対しエレベーターの保守・点検・修繕などを行う債務は負っているものの、エレベーターは昭和63年から稼働する古い型式のものであって、古いものであることは契約締結前の内覧・内見等により賃借人側も認識し得たものである」
「賃貸人においては、古い型式であることを前提として保守点検・修繕やその努力を行っていれば賃貸借契約上の賃貸人としての債務は履行しているというべきであり、少なくとも700万円を超えるようなリニューアル工事を実施して常時使用できる状態に復旧しなければならない債務までを当然負うとはいえない」。
傍論ではありますが、この点も同種事案において参考になると思われます。
北村 亮典
弁護士
大江・田中・大宅法律事務所
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