秋田の横手焼きそばの元祖とされる「神谷焼きそば店」の焼きそば。ソースが後がけであることも特徴のひとつ
秋田の横手焼きそばの元祖とされる「神谷焼きそば店」の焼きそば。ソースが後がけであることも特徴のひとつ

「ソース焼きそば」といえば、全国民がビジュアルと味わいを瞬時に連想できる、日本屈指の庶民派グルメのひとつである。しかし意外にも、そのルーツや各地での発達など、食文化的な観点でまとめた書籍はこれまで存在しなかった。それを解き明かしたのが『ソース焼きそばの謎』だ。

本書では、主に明治期から昭和期を中心に「ソース焼きそば」の「謎」について追究していきながら、戦前戦後の日本のさまざまな食料事情の「謎」も解き明かしていく。読み終えた頃には、ソース焼きそばとともに日本の食文化への愛が深まっているはずだ。本書を書き上げた焼きそば研究家・塩崎省吾氏に、同じく「シュウマイ」を研究するライター・シュウマイ潤が、話を聞いた。

【写真】各地方のソース焼きそばの名店を紹介!

■命懸けのオフロードから、焼きそばブログへ

――完成おめでとうございます。まず、塩崎さんは日本でも数少ない焼きそばを専門とする研究家として、2011年から『焼きそば名店探訪録』というブログを開設し、現在まで国内外の1000軒を超える焼きそばを食べ歩き、情報発信していますが、そもそも「焼きそば」を研究対象にしようと思ったきっかけは?

塩崎 実は、『焼きそば名店探訪録』ブログを始める前は、グルメとは全く無縁の記事を発信していました。趣味だったオフロードバイクでのツーリングをテーマに、あえて未舗装の林道を探して走ったポイントの情報をアップしていましたが、それがどんどんエスカレートして、冬の北海道宗谷岬までの雪道を走るレポートなどを、発信したりしていましたね。

全国各地の焼きそばを食べ歩く塩崎さん。かつてはオフロードバイクの情報サイト『SaltyDogの犬小屋』というサイトを運営していた。その経験から、焼きそば遠征も苦ではないそう
全国各地の焼きそばを食べ歩く塩崎さん。かつてはオフロードバイクの情報サイト『SaltyDogの犬小屋』というサイトを運営していた。その経験から、焼きそば遠征も苦ではないそう

――マニアックを通り越して、クレイジーの域ですね......。

塩崎 マニアな読者は集まってきましたが、絶対数が少ないのか、アクセスが伸びなかった(苦笑)。あとは、これ以上突き詰めると、命に関わると思いまして......ツーリングではご当地グルメを食べるのも好きだったので、グルメをテーマにしてみようと思いました。

――グルメの中で、なぜ焼きそばを?

塩崎 ラーメンやカレー、餃子はすでに専門家やメディアが存在しました。せっかくなら、専門家や情報サイトがない分野ということで探していたら......焼きそばが残っていました。

(左)塩崎さんが把握している北海道最古の「マルキン焼きそば」(昭和29年創業)の焼きそば。トウモロコシやジャガイモなどが豊富に取れる北海道では、コナモン文化の普及が遅かったそう。(右)長野松本市にあるソース焼きそば専門店「たけしや」(昭和30年創業)の焼きそば。元々長野は「あんかけ焼きそば」が主流だった珍しい土地で、ソース焼きそばはマイナーだそう
(左)塩崎さんが把握している北海道最古の「マルキン焼きそば」(昭和29年創業)の焼きそば。トウモロコシやジャガイモなどが豊富に取れる北海道では、コナモン文化の普及が遅かったそう。(右)長野松本市にあるソース焼きそば専門店「たけしや」(昭和30年創業)の焼きそば。元々長野は「あんかけ焼きそば」が主流だった珍しい土地で、ソース焼きそばはマイナーだそう

――実はシュウマイも似たようなところがあって、私も同様な視点でシュウマイに注目しました。

塩崎 そうですよね(笑)。あとはちょうどご当地焼きそばが出始めて、『B級グルメ』グランプリなどで上位に入ったりして、焼きそばが追い風になり始めた頃でもありました。

ただ、焼きそばには、あんか焼きそば、かた焼きそば......といろいろジャンルがあり、どのジャンルに絞るか迷っていましたが、一方で、昔ながらの鉄板焼屋、お好み焼き屋、居酒屋駄菓子屋、競輪場の売店などさまざまな場で食べられたり売られていたりして、僕はむしろジャンル分けよりも、店ごとの個性に興味が湧いてきました。それで、ジャンル問わずに全国でその店でしか食べられない焼きそばを探し歩こうと思ったのです。

■ソース焼きそば誕生は、お好み焼きから

――ブログでは、そのお店の焼きそば自体だけでなく、お店の成り立ちやそこから派生する焼きそば全体の歴史についても触れていますね。

塩崎 特にその土地では誰もが知る名店を訪れると、焼きそばそのものの歴史と関連してくるんですね。それがわかると、もっと歴史を知りたくなって、関連書を探すのですが、先に言った通り、焼きそばをテーマにした書籍自体が存在しないので......納得するまで調べようとした結果、お好み焼きやソース、中華麺などなど、関連する他ジャンルの食の文献から引用するようになりました。

(左)静岡県富士宮市にある老舗「すぎ本」の焼きそば。昭和23年と富士宮でも一番古く、B級グルメで名を馳せた「富士宮焼きそば」の元祖ともいえる。(右)栃木県宇都宮市にある「石田屋」の焼きそば。浅草と東武鉄道で繋がっている栃木群馬との両毛地域では、早期からソース焼きそばが普及していたそう
(左)静岡県富士宮市にある老舗「すぎ本」の焼きそば。昭和23年と富士宮でも一番古く、B級グルメで名を馳せた「富士宮焼きそば」の元祖ともいえる。(右)栃木県宇都宮市にある「石田屋」の焼きそば。浅草と東武鉄道で繋がっている栃木群馬との両毛地域では、早期からソース焼きそばが普及していたそう

――本書『ソース焼きそばの謎』も、ページにして30ページ分の膨大な文献量でしたが、納得できました(笑)。その後、2019年に電子書籍『焼きそばの歴史(上巻)』も出し、それが早川書房の編集担当の目に留まり、書籍化につながったとのことですが、電子書籍化の経緯は?

塩崎 本当、色々な偶然が重なったのですが、中でもお好み焼きの文献を調査したことが、大きなきっかけになっています。『お好み焼きの近代史』(近代食文化研究会)という電子書籍と出会い、著者とソース焼きそばについての持論を交わしたのですが、気がついたら『あなたが焼きそばの本を書いたらいいと思う』という風に仕向けられてしまった(笑)。ただ、焼きそばの文化や歴史を中心にまとめたいとは思っていて、ブログよりも1冊の書籍の形にしたほうが適しているとも思い、私も電子書籍を作りはじめました。

――本書でも登場機会の多いお好み焼きですが、ソース焼きそばの関連性とは?

塩崎 そもそもお好み焼きという料理自体、当時流行っていた和洋中の料理を、小麦粉とソースを使い、模倣やパロディ化して鉄板で焼くもので、だから『お好み』なんです。浅草周辺では明治40年ごろから中華料理の店が現れたのですが、そのなかの麺料理やきそば」を、大正初期にお好み焼きの一種として作った、というのがソース焼きそばの発祥と僕は分析しています。

ソース焼きそばについての最古の証言は、大正6年に浅草で生まれた女性の「小さい頃の食べ物」の話であり、「戦前の浅草でソース焼きそばは生まれた」と塩崎さんは分析。写真は浅草の老舗「浅草染太郎」の五目焼きそば(左)としゅうまい天(右)
ソース焼きそばについての最古の証言は、大正6年に浅草で生まれた女性の「小さい頃の食べ物」の話であり、「戦前の浅草でソース焼きそばは生まれた」と塩崎さんは分析。写真は浅草の老舗「浅草染太郎」の五目焼きそば(左)としゅうまい天(右)

――実はこのお好み焼きアレンジのなかに、シュウマイも出てくる......!?

塩崎 そうなんです。昭和初期近辺創業のお好み焼き屋には、今でもシュウマイオマージュした『シュウマイ天』がありますよね。もともとは「天」がつかない「シュウマイ」という名前でした。シュウマイが人気の料理だったと推測できます。

■お店のいうことはアテにならない?

――国内外1000軒以上も食べ歩いている塩崎さんですが、まだ行きたいお店はありますか?

塩崎 近年は新しい焼きそば専門店も登場して、もちろんそれらも気になりますが、僕はどちらかというと焼きそばの歴史や文化に興味があって、新旧問わず、歴史や文化と繋がりあるところに行くことにしています。しかも、僕ひとりのアウトプットには時間も限界がありますから、多くても1日2、3食にするようにしています。

――私もついついシュウマイを食べすぎるので、アウトプットの限界......激しく同感です。ブログを見て感じますが、焼きそばの名店は、かなり都市部から離れた僻地や、交通の便がよくない立地のところも少なくありませんね。

塩崎 ブログ開設初期はバイクで僻地まで行ったりしていましたが......お酒も好きなので(笑)、最近は公共交通機関を乗り継いで行きますね。数時間かけて現地に行って、近隣に観光地や温泉がなくて、そのまま帰ってくることも多いです(笑)。

ショックなのが、そこまでして行ったのに売り切れていたり、お店を辞めたりしていた時! 特に、地方にある老舗の名店は、ウェブ上に情報自体ないことが多いので仕方ないのですが......昨年、岐阜で焼きそばの食べ歩きをした時は、行きたかった3軒すべてに振られました(苦笑)。

グルメ研究家あるあるで盛り上がる塩崎さんとシュウマイ潤さん
グルメ研究家あるあるで盛り上がる塩崎さんとシュウマイ潤さん

――私もシュウマイで"振られる"ことは多いですが、3連続空振りは流石にないです......。でも、同じ食の研究家として感じますが、文献やデータも大事ですけれど、そのお店に行って食べて、直に情報を収集することは大切ですよね。

塩崎 一次情報は大事です。ですが......『お店の言うことは当てにならない』部分にも気付いて。特に老舗は、店員さんの記憶が曖昧だったり、代替わりして誤って情報が伝わっていたりします。なので、できるだけ客観的事実を知るために、資料文献など二次情報も収集するようにしています。

■究極の焼きそばは、ふつうの味

――聞かれ飽きていると思いますが、1000種以上を超える焼きそばを食べた中で、最も印象に残っているソース焼きそばは?

塩崎 難しいんですが......(腕を組み1~2分考えた後)岐阜県の高山にある『ちとせ』は、焼きそばを本格的に探求しようと思ったきっかけになったお店のひとつですね。ラーメンなどいろんなメニューのある地域の食堂なのですが、ソース焼きそばも、いい意味で"普通"。でも、地元の家族連れが行列に並んでまでして食べているんです。特別ではないけれどまた食べたくなる、それが日本人に親しまれる焼きそばの究極系ではないかと思います。

お好み焼きが普及する広島、大阪の焼きそば。左は「みっちゃん総本店」(広島)のイカ天そば肉玉子ネギ掛け、右は「長谷川」(大阪)の焼きそば
お好み焼きが普及する広島、大阪の焼きそば。左は「みっちゃん総本店」(広島)のイカ天そば肉玉子ネギ掛け、右は「長谷川」(大阪)の焼きそば

――その感覚、神奈川横浜の「崎陽軒」のシウマイに通じるところがありますね。

塩崎 そうそう、個性とか食材へのこだわりとかも大事なんですが、それよりも家庭的でホッとするようなところに、私は焼きそばの魅力があると思っています。

――最後に、本書を出したことでソース焼きそばに注目が集まると思いますが、今後の焼きそばの未来予想図を教えてください。

塩崎 壮大ですね(笑)。いや、冗談抜きで焼きそばは、今や世界を代表する麺料理のラーメンに引けを取らない、むしろ超えていくポテンシャルを持っていると思います。最近、専門店が増えているのはその現れだと思いますが、正直、ラーメンやカレー、餃子に比べればまだまだ可能性がある。さらなる地位向上のため、僕も貢献していきたいと思います。本書がその一端を果たしてくれたら嬉しいです。

九州にソース焼きそば文化を広めた大分の「想夫恋」の焼きそば
九州にソース焼きそば文化を広めた大分の「想夫恋」の焼きそば

――先程の『シュウマイ天』だけでなく、ソース焼きそばの名店にも、シュウマイがあることは多いので、ぜひ一緒にラーメンを超える仲間に加えていただき、地位向上に貢献したいです!

塩崎 ぜひぜひ、一緒に盛り上げていきましょう!

奥さんが誕生日プレゼントで作った「炒麺(チャーメン=焼きそば)Tシャツ」を着る塩崎さん。ちなみに裏には焼きそばのイラストともに「めちゃウメ~ん!」も文字がプリントされている
奥さんが誕生日プレゼントで作った「炒麺(チャーメン=焼きそば)Tシャツ」を着る塩崎さん。ちなみに裏には焼きそばのイラストともに「めちゃウメ~ん!」も文字がプリントされている

●塩崎省吾 
1970年静岡県生まれ。ブログ「焼きそば名店探訪録管理人日本国内だけでなく、海外も含めて1000軒以上の焼きそばを食べ歩く。テレビ・ラジオなどメディア出演多数。本業はITエンジニア。
公式X(旧Twitter)【@SaltyDog_wow】 

シュウマイ 
本名:種藤潤(たねふじ・じゅん)。1977年 神奈川県生まれ。シュウマイジャーナリスト、研究家、『日本シュウマイ協会』の発起人。2015年頃からシュウマイ研究を開始し、インスタグラム『焼売生活』を中心に情報を発信。オンラインや実イベントとして『シュウマイを食べる会』を開催と活動の場を広げている。詳細は『日本シュウマイ協会』公式サイトにて。
公式X(旧Twitter)【@tanefuji】 
公式Instagram【@syumai.life

取材・文/シュウマイ潤 撮影/鈴木昭寿

秋田の横手焼きそばの元祖とされる「神谷焼きそば店」の焼きそば。ソースが後がけであることも特徴のひとつ