登山&撮影をライフワークとする花ライターがお送りする、高山植物の偏愛記。静かに、しかしアツ~く、お花をご紹介します!

前回で24回をカウントした本連載。月イチ連載ですから、スタートから丸2年が経過したんです!「おおスゲー、記念じゃん!なんかやろうよ」って言いたくなるのが、人情ってもん。ホントは1年経過のときにもそう思い、高山植物の女王・コマクサでいこう!と編集部と話し、取材まで構えていたら、コロナ禍に。泣く泣く諦めたというわけです。というわけで今年こそ、高山植物の女王が満を持して登場です。さあいってみましょう、特別編、コマクサ第一部が開幕です!

意外と見てない!?“高山植物の女王”の素顔

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コマクサ(ケシ科)
一般的な花期:6~7月
おもな生育場所:高山の岩場など

高山植物で、もっとも有名な花は?といえば、やっぱりコマクサ。「馬(駒)の顔に花のカタチが似ているという名前の由来もよく知られている、通称「高山植物の女王」です。ただ、人気は人気なんですケド、今年、爺ヶ岳と乗鞍岳でハイカーのようすを見ていて感じたのは、「写真撮ったら終わりなのか?」という素朴なギモン。まあ、仕方ないっすよね。コマクサ育成エリアは崩れやすい岩稜地帯で、保護柵も張ってあるし。休憩にも不向きだから、しみじみと観察するチャンスがあまりない、というわけでしょう。かくいうワタシも、じつはコマクサの長時間観察をした経験がなく……ということで、今回は特別にコマクサについて、専門家に教えていただくことにしました~!

コマクサのことなら、ここに聞け!

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大町山岳博物館
住所長野県大町市大町8056-1 TEL0261-22-0211
開館時間:9:00~17:00(4~11月)、10:00~16:00(12~3月)/閉館30分前までに入場
定休日:毎週月曜および祝日の翌日、年末年始/7、8月は無休
料金:大人450円、高校生350円、小中学生200円
※団体はそれぞれ50円引き。各種割引についてはHPをチェック

到着してまずお出迎えしてくれたのは、どどんと構えるカモシカ像。その威厳ある眼差しは、信濃大町市を見渡しているかのよう。でも、もっともスゴさを実感できるのは、やっぱり入館してから! コマクサはもちろんのこと、ライチョウから地質まで、山岳地帯に関するあらゆる情報が詰まっているんです!! それもそのはず、専門員が常駐しており、各分野の研究に勤しんでいるからです。山好きならば、必見ですよ。

今回教えてくれる方は……

さて、今回コマクサについて語っていただいたのは、学芸員の千葉悟志さん。おもにカモシカ調査をしていた父親の「カブトムシが採れるゾ。いっしょに行くか」という甘言に惑わされて、幼少のころから高山に入っていたとか(もちろん採れなかった!笑)。そのうちに高山植物への興味が芽生え、エキスパートの道に入ったといいます。かつて蓮華岳のコマクサ群落を数多く訪れ、いまも研究のかたわら、付属園(高山植物園)の整備・運営にまい進されている千葉さん。写真からもお人柄がにじんでいると思いますが、とにかく優しい! 愚問にも、真摯に向き合ってくださいました。

幻の“コマクサレッド”とは?

さてさて、では本題のコマクサについて……。まず千葉さんに伺ったのは、「御嶽山のコマクサって、独特ですよね?」というお話。というのもワタクシ、初めてコマクサに出合った御嶽山で見たのが、鮮烈なコマクサレッドだったんです(戦隊モノかっ!?)。そんな素朴な質問に、千葉さんからは意外な歴史的事実が……。

御嶽山ではかつて、生薬としてコマクサを採集していたそうです。『長野県生薬(株)五十年のあゆみ 2 御岳の薬草』に記された当時の取引相場(30匁=112.5gあたり1円)に対して、売上高が二千円とあります。すべてがこの金額のまま販売・消費されたと仮定して単純計算すると、コマクサの年間消費量は、年間約225㎏前後。本当!? と疑いたくもなってしまう量であり、明治40年代にはほぼ取り尽くされたのだそうです。そのような背景もあり、赤いコマクサが自生なのかわかりかねますが、この事実は、たとえば植栽であれば、しっかりと記録を残すことの重要性を教えてくれます。かたや、わずかに残された個体から現在の群落が再生したのであれば、どのような過程で再生に至ったのか、かえって興味がそそられますね」。エエーーーーッ!! 御嶽山のコマクサに、そんなヒミツがあったなんて……。

コマクサの種を運ぶのは、虫?鳥?

完全に出鼻をくじかれたワタクシでしたが、懲りずに次に伺ったのは、ややもってマニアックな質問。「コマクサの種をアリが運ぶって、ホントですか?」。これ、山岳博物館のHPにも掲載されており、まったく知らなかったんです。この質問に、千葉さんは明快に回答してくれました。

「山岳博物館前のロックガーデンで栽培しているコマクサでは、種子についているエライオソームという物質を好むアリが、種を運ぶようすが観察できました。ちなみに高山では、タカネクロヤマアリという種が、巣の前にまいたコマクサの種を運んだという研究結果が信州大学から発表されていますが、自然の状態でアリが運ぶのかはまだ明らかにはされていません。このほか、イワヒバリが食べ、散布しているという研究者もいるんです。今後研究するとおもしろいテーマだと思います」。

育てたからこそわかった、その素顔

さらに教えていただいたのは、栽培から見えてきた、コマクサの暮らしぶりについて。低地ではあまり水をほしがらない、雨があまり当たらない場所のほうが生育が良い、30℃越えでもなんとか育成可能、高山では最初に出た子葉のままか、あるいは本葉が1個持つ状態で1年目を過ごすが、大町市では子葉だけでなく切れ込んだ葉っぱが旺盛に出て、早い個体では2年目には咲いてしまう……。低地だからこそ、日々観察できた成果ですね!「花の咲き方にも順番があり、まずいちばん頂きにある花、次にもっとも下につく花、その後は下から上の花の順番になることも、たまたま発見しました」。いやはや、コマクサ、深いです!さらなるフシギは、後編にてお送りします!!

 

さてさて、今回ご紹介してきたコマクサ。いかがでしたでしょうか? やっとこコマクサをご紹介できたわけですが、いざ取材してみると、あまりのネタの豊富さに驚かされました。また、論文資料もいただきましたが、そこに記述があったのは「コマクサはあまり他種と混ざらず、コマクサのみが生える特異な景観を形成する」という一文。たしかに他種とあまりいっしょにいないよな……ウンウンとうなづいてしまいます。さて次回は、コマクサの葉っぱ、最初の一枚や根っこのこと、昆虫とのかかわりといった生活史を中心にお送りします!あまりに深淵なコマクサワールド、お楽しみに!!

それでは、また。
みなさまのココロに、すてきな花が咲き誇りますように。

高山植物(山の花好き)ライター・成清 陽の「ヤマノハナ手帖」#25 コマクサ・前編