共和党州で屈辱のマグショット一般公開

 中立リベラル系NPRは「トランプの終わりの始まり」とコメントした。

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 保守系ウエブサイトは「トランプはこれで政治的な司法当局と戦う殉教者となった」と言い張った。

What Trump's scowling mugshot means for an America full of rage

 右と左が真っ向から対立する米国は、亀裂の深さをマグショットという「リトマス試験紙」に対する反応で改めてあらわにした。

 すでに刑事被告人になっているドラルド・トランプ前米大統領(77)は8月24日、2020年大統領選の南部ジョージア州での敗北を覆すために州当局に違法に干渉したとされる事件の起訴後の手続きのため、同州フルトン郡の拘置所に出頭した。

 罪状は、反社会組織に適用される「組織犯罪処罰法」(ROCO)違反など重罪13件だ。

 トランプ被告が起訴され、事実上逮捕されたのはこれが4件目になる。だが今回はその衝撃度でこれまでの3件とは異なっていた。

 今回は「レッドステート」(共和党支配州)の南部ジョージア州の法規*1に沿って、トランプ被告の「マグショット」(警察用ID顔写真)を撮影し、直ちに一般公開したからだ。

 しかも連邦地裁での公判とは異なり、ジョージア州での公判では有罪になっても大統領権限による恩赦はない。

 言い換えると、トランプ被告や他の大統領候補のなかには、当選したらトランプ被告らを恩赦すると明言しているが、連邦裁ならともかく、州裁にはその権限は及ばないからだ。公判はテレビ中継されるのではないか、という情報もある。

 トランプ被告は、ここでは全くの「裸の王様」。逃げ場はない。

 顔写真の左上に「フロリダ州フルトン郡法執行官オフィス」の印が押されたマグショットは直ちに世界中に発信された。

*1=ジョージア州やフロリダ州などの「レッドステート」(共和党支配州)は、起訴された刑事被告人に対しては指紋採取とともに「マグショット」(正面、側面の顔写真)の撮影および公開が「公共記録法」で規定されている。ブルーステート(民主党支配)のカリフォルニアマサチューセッツ各州では顔写真の公開は禁止されている。ワシントン特別区、フロリダ州連邦地検ではトランプ被告の顔写真撮影は「容易に判別できる」などの理由から免除されていた。

 顎を引っ込め、いくぶん斜に構えたトランプ被告の表情は、不当な扱い(だと主張する)に対する憤りと憎しみと、どこまでも司法当局と対決しようとする恐ろしいほどの執念が迸(ほとばし)っていた。

 リベラルコメンテーターローレンス・オドネル氏は、こうコメントした。

「この写真はこれから100年、200年、米国民にとっては、忘れがたい第45代大統領の1枚の写真として残るだろう」

「これまで撮られたトランプ氏の何千万枚の写真よりも、この写真は後世の史家に取り上げられ、教科書にも掲載されるだろう」

「ちょうど、ジョージ・ワシントン第1代大統領が1ドル紙幣、エイブラハム・リンカーン第16代大統領が5ドル紙幣に印刷されたように、トランプ氏は起訴され、逮捕された米史上唯一の大統領としてこのマグショットとともに記憶されるだろう」

Lawrence: Donald Trump’s mug shot will live in history forever

トランプの刑務所収容者番号はP1135809号

 この日、トランプ被告は、東部ニュージャージー州の別荘からプライベート・ジェット機でフルトン郡拘置所に出頭した。

(歴代大統領の中で退任後も豪華な自家用機で逮捕されるために奔走する大統領はトランプ被告以外にいない。不動産・ギャンブル・ホテル経営で億万長者にまでのし上がった史上唯一の大統領だからだ)

 空港から拘置所への行き帰りには大統領経験者だったゆえに、警察のパトカーが先導した。メディアの車がこれを追いかけ、テレビ局ヘリコプターが上空から追跡した。

 形式的に拘束され、今回は指紋採取、マグショットを撮られた後、20万ドル(約2900万円)の保釈保証金を支払った。

 国外渡航などが禁じられ、大陪審で証言する関係者たちを脅迫しないことを条件に保釈された。

 唯一、許されたのは2024年大統領選に向けた選挙キャンペーンと選挙資金集めだった。

 すでに今回の刑事事件で起訴された18人はすでに拘置所に出頭し、逮捕された。1人(トランプ選挙支援者の黒人)を除いて保釈金を支払って保釈されている。

 その顔写真はすでに一般公開されている。

 トランプ被告に関する郡法執行官オフィスデータベースにはこう記録されていた。

刑務所収容者:P1135809号

白人男性、(身長)6フィート3インチ(約190.5センチ)、(体重)215ポンド(約97.5キロ)、(髪色)金色もしくはイチゴ色、(目の色)青

マグショットTシャツ47ドルで政治資金集め

 いくら2020年の大統領選の勝者はトランプであり、司法当局がトランプ被告を起訴・逮捕しようとも、「これはジョー・バイデン大統領が指揮する司法当局の戦略的魔女狩りだ」と信じて疑わないトランプ支持派の人たちも、このマグショットを見て、衝撃が走った。

 トランプが本当に「刑事被告人」であることをビジュアルに見せつけた。

 勝てば官軍負ければ賊軍――検察当局のパワーを見せつけられたのだ。淡々と司法手続きを進めてきた冷酷な「現実」を目の当たりにしたからだ。

 それでも1回目の起訴の時は、1億3500万ドルの政治資金がトランプ陣営には集まった。

「トランプ無罪」を信じる共和党支持者が出した無条件支持の証しだった。

 今回は「トランプは政治的な司法と戦う殉教者となった」とスローガンを書き換え、トランプ擁護の結束を強めている。

 おそらく支持率もさらに上昇し、そうした政治献金が集まるだろう。支持率もさらに上昇するだろう。

 それを見越してか、支援団体は8月24日、47ドル(約6800円)以上の献金者にマグショットを印刷したTシャツを配布するキャンペーンを始めた。

 むろん写真の下には「Not Guilty」の2文字がくっきりと書かれている。

Trump campaign fundraises with fake mug shot merch

 ところが、共和党内でトランプ被告に距離をおく者はもっとシリアスにとらえている。

 今回大統領選には出馬しなかったが、選挙の見通しをみる点では党内屈指とされるクリス・スヌヌ元ニューハンプシャー州知事は、インタビューでこう述べている。

無党派層は、このマグショットを見て、トランプ被告には匙を投げたはずだ。大嫌いになった」

共和党としては本選挙でどうしても取りたい無党派票、31%をこれで取れなくなってしまった」

Gov. Sununu: Trump’s mug shot will turn off independents

 このマグショットを見て、強烈なパンチを食らわせたのはニューヨークタイムズのコラムニスト、モーリーン・ドウ氏だ。

「このマグショットは、トランプの獰猛な顔つきをとらえたというよりも彼の内面の蝕まれた魂(Soul)を浮かび上がらせた」

トランプにとどめを刺すのは病気か

 これまでことあるごとにトランプ起訴・逮捕が米国の対外政策に与えるダメージを懸念してきた元外交官のK氏は、こうコメントする。

 東京や韓国に常駐したこともあるアジア通だ。

「中南米のバナナ共和国ならいざ知らず、西側陣営の盟主国で、大統領選の結果に不満な前大統領が3年半もありとあらゆる手段で対抗、しかもその行為について司法当局が違法だと断定、起訴・逮捕までしている異常さに同盟国は嘆き、敵対国はあざ笑っているはずだ」

「当初は、民主、共和両党間の政争と高をくくっていた同盟国も、トランプ問題で2024年大統領選挙がどうなるのか、疑心暗鬼になっている」

「中国やロシアは米国内の政治情勢が不安定になることは歓迎しつつも、度を超すことは懸念している」

「世界は、このマグショットが米国民に与えた衝撃をはっきりと目撃している」

 K氏は田中角栄刑事被告人が、検察の追及を受けながらも「闇将軍」として自民党政治を牛耳っていた経緯を知っている。

竹下登金丸信小沢一郎各氏が田中被告に反旗を翻したのは、同被告が1985年2月、脳梗塞で倒れた後だった。その後、一気に田中の権力が弱まった*2

「その意味では、トランプ被告が依然党内の多数派を押さえ、2024年大統領候補指名レースで断トツな状況に似ている」

「このマグショットを見て分かるのは、トランプ被告の疲労の度合いだ」

「トランプの健康状態を問うメディアは一つもない。だがトランプ旋風が失速し、政界から退くのは病気で倒れた時ではないのか。ちょうど田中角栄の時と同じように」

「そうすれば、4つの裁判も大統領選もすべてご破算になる」

*2=正確には竹下氏が「創成会」を旗揚げした1985年1月。当初、83人で正式結成しようとしたが、田中氏の巻き返しで2月7日には40人でスタート。同2月27日に田中氏が脳梗塞で倒れた。その後87年5月には二階堂進氏を自民党総裁選に担ぎ出して田中派は分裂、竹下氏らが「経世会」(創成会を改名)結成したのは87年7月だった。

公判開始をめぐって検察と綱引き

 今後、審理はどう進められるのか。

 検察側は8月24日、今年10月に公判を始めるよう裁判所に求めているが、トランプ弁護団は2024年11月の大統領選後への先送りを要請するとみられる。

 2024年3月に親族企業の財務記録改竄事件、同5月に機密文書持ち出し事件の公判が始まる見通しで、トランプ氏は複数の刑事裁判を抱えながら、2024年1月以降の大統領選の共和党予備選・党員集会に臨むことになる。

 2020年大統領選を巡って「国家を欺くための共謀」(フロリダ地区連邦地裁)などの罪で起訴された事件の公判日程は決まっていない。

 その過程で何が起こるか。誰も予測できない。

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ジョージア州で逮捕・起訴された18人のうち12人分のマグショット(先頭がドナルド・トランプ前大統領、8月24日、提供:Fulton County Sheriff's Office/ロイター/アフロ)