動物園の人気者、パンダ。繁殖が難しいことで知られるが、日本では複数の成功例がある
動物園の人気者、パンダ。繁殖が難しいことで知られるが、日本では複数の成功例がある

今年の6、7月、立て続けに動物園に関するユニークな書籍が刊行された。そこで、動物園の表も裏も知り尽くす著者のふたりが初セッション。展示の前で同行者にドヤれる豆知識を大量に教えてもらったぞ!

【写真】動物たちのユニークな素顔

■動物園コンサルタントは何をしている?

大渕 どうぶつ科学コミュニケーターの大渕希郷まさと)です。上野動物園で飼育員をやったり、日本モンキーセンターでキュレーターをした経験をもとに、動物や動物園について皆さんに知っていただく活動をしています。

動物園の人気動物51種の知識を本にまとめたどうぶつ科学コミュニケーター・大渕希郷氏
動物園の人気動物51種の知識を本にまとめたどうぶつ科学コミュニケーター・大渕希郷氏

田井 動物園・水族館コンサルタント田井基文(たい・もとふみ)です。お客さんに愛される魅力的な動物園や水族館をつくるためのアドバイスやお手伝いをしています。

日本唯一の動物園コンサルタント・田井基文氏
日本唯一の動物園コンサルタント・田井基文氏

――具体的にはどんなことを?

田井 動物園や水族館を新しくつくる、またはリニューアルする際にその展示コンセプトや具体的な構成、種の選定などをアドバイスすることが多いです。実際に動物調達の協力をしたり、建築サイドへ飼育目線での意見を差し上げることもありますね。

例えば、東北のある水族館で河童(カッパ)とカワウソを絡めた展示の企画がありました。日本の昔話などに登場する河童はカワウソがモデルという説があることから、同館ではその生きた姿を見せたかったようです。

しかし、日本に生息していたニホンカワウソはすでに絶滅している。そこで僕が仲介して、ドイツオーストリア動物園からユーラシアカワウソを日本に迎えるお手伝いをし、飼育方法についても飼育員へ研修する手はずを整えました。

――動物園の裏側までも熟知するおふたりに、早速トリビアを聞いていきましょう。

大渕 まずは動物園の人気者、パンダから。パンダは人間みたいにササをつかんで食べますよね。でも、パンダはクマの仲間なので、人間のように親指を使ってものをつかむ手の形をしていない。

じゃあどうやっているのかというと、手のひらの付け根にふたつ、指のようになった骨があって、それらも使ってつかんでいる。つまり、パンダは7本の指でササをつかんでいるようなイメージなんですね。今度パンダを見たときは、手をよくチェックしてみてください。

なお、このコブはほかのクマの仲間にはないので、進化的にパンダに枝分かれした後に得た特徴です。

田井 パンダは現地(ネパール)の言葉で「竹を食べるもの」という意味。その名のとおり、僕たちはパンダというと、白黒のジャイアントパンダが竹やササを食べている様子を想像しますよね。

でも、③もともとパンダは、赤茶の小柄なレッサーパンダを指す言葉だった。白黒のジャイアントパンダが後から発見されたので、赤茶のパンダは「小さい」を意味するレッサーが加えられました。レッサーパンダジャイアントパンダに「パンダ」の称号を奪われた切ない動物なのです。

2005年に千葉市動物公園の風太くんが大旋風を巻き起こしたレッサーパンダ。主食は竹の葉だが、野生では果実、鳥類の卵なども食べる
2005年に千葉市動物公園の風太くんが大旋風を巻き起こしたレッサーパンダ。主食は竹の葉だが、野生では果実、鳥類の卵なども食べる

■ホッキョクグマは実はクロクマ!?

――パンダに並ぶ人気者といえばペンギンでしょうか。

大渕 ペンギンの翼をフリッパーと呼ぶのですが、ペンギンの前で両手をパタパタさせると、フリッパーをパタパタと振り返してくれることがありますよ。ペンギンはフリッパーを動かして感情表現をすることがあるからです。

田井 ペンギンの餌やりに立ち会えたら魚の向きをよく見てみましょう。彼らは⑤絶対に魚を頭から食べます。というのも、尻尾から食べちゃうと鱗(うろこ)が引っかかって食べられないんですね。

また、日本ではもともと、クジラ漁などの遠洋漁業が盛んでしたが、⑥南極海で漁をするときに、半分食料、半分ペット感覚で漁師さんたちがペンギンを捕まえていたといいます。

こうして連れてこられたペンギンが日本で動物園や水族館に寄贈されました。ペンギンは全18種類のうち日本では11種類を見ることができますが、こうした歴史の結果かもしれませんね。

ペンギンは、かわいい見た目とは裏腹に、くちばしを開くと口内に無数のとげがある
ペンギンは、かわいい見た目とは裏腹に、くちばしを開くと口内に無数のとげがある

大渕 南極をヨチヨチ歩いているペンギンはかわいいですからね。連れて帰りたくなる気持ちもわかります。

ヨチヨチ歩いているのは足が短いからのように見えますが、実は違います。⑧骨格的には、ペンギンは常に膝を折り曲げたスクワットのような姿勢で立っているのです。空気椅子状態ですね。

――南極の反対側、北極のホッキョクグマについては?

大渕 ⑨実はホッキョクグマの毛は白ではなく、透明。水蒸気の塊である雲が白く見えるのと同じ原理で、ホッキョクグマも白く見えています。ちなみに、その毛を刈ってみると地肌は黒い。実はクロクマなんです。

ホッキョクグマは北極圏周辺に分布し、大きいと体長は2.5mを超える。陸生の肉食動物では最大種。主食はアザラシで、1週間に1頭ほどのペースで狩る
ホッキョクグマは北極圏周辺に分布し、大きいと体長は2.5mを超える。陸生の肉食動物では最大種。主食はアザラシで、1週間に1頭ほどのペースで狩る

――クマも含めて、動物園でひときわ人目を引くのはやはりライオンなど肉食動物です。

田井 ライオンに限らず、⑩肉食動物だからといって、肉ならなんでも食べるわけではない。人間と同じで、個体によって好みがあります。内臓が好きな個体、赤身が好きな個体、ラム肉が食べられない個体......。

大渕 僕は、アジが好物のライオンを知っています。

田井 海外の話ですが、人間用のステーキ肉を毎日、街の食肉業者から搬入して食べさせているところもありました。

大渕 へえ、贅沢(ぜいたく)だ。

ライオンはネコ科のうち、トラに次いで2番目に大きい動物。食べ物を砕くための後臼歯は退化しており、大きな牙ととがった奥歯が発達している
ライオンはネコ科のうち、トラに次いで2番目に大きい動物。食べ物を砕くための後臼歯は退化しており、大きな牙ととがった奥歯が発達している

田井 ただ、基本的には人間用の食肉だと脂肪分が多すぎたり柔らかすぎたりして、動物の餌には向きません。少し硬いくらいの骨付き肉をワイルドに噛みちぎって食べるほうが、ミネラルやカルシウムといった栄養素を摂取できる面でも適切です。

例えば、⑪屠体給餌(とたいきゅうじ)や生体給餌といって、解体していない動物や生きたままの動物を餌としてあげたりすることがあります。生き餌を与えることで野生の狩猟本能をかき立てるわけです。

でも、面白いことに、動物園育ちだと生き餌を警戒して気まずそうにしたり、食べられずに困ってしまったりすることがある。

大渕 ありますね。あと、ライオンでいうと、彼らは⑬ゾウのウンコが大好きです。なぜ好きなのかはよくわかっていないのですが。

■ゾウの飼育員に異動が少ない理由

――そんなゾウについては?

田井 ⑭ゾウはとても知能が高く、ヒトを完全に識別しています。ゾウの飼育は大変なので普通3人以上のチームで担当するのですが、全員を見分けて覚え、おまけ⑮チームメンバーに順位をつける。

大渕 偉い人の言うことを聞くんですよね。

田井 そうそう。どの人が偉いか見極めるんです。ゾウから見て優位の飼育員とそうでない飼育員が同時にケージにいたら、ゾウは後者の言うことは聞かない。

大渕 私が動物園に勤めていたときの話です。ゾウの担当ではない職員が、ゾウ舎に行ったところ、ゾウ担当がちょっと外した隙に、ゾウがわざとその職員に砂をかけました。砂をかけられた職員はプンプン怒っていましたが(笑)。

長い鼻が特徴のゾウ。飼育員に序列をつけ、言うことを聞かないだけでなく、いたずらをすることもしばしばだとか。知能が高く、鏡に映った自分が理解できるという
長い鼻が特徴のゾウ。飼育員に序列をつけ、言うことを聞かないだけでなく、いたずらをすることもしばしばだとか。知能が高く、鏡に映った自分が理解できるという

田井 ゾウのほうも「自分、嫌われてるな」と敏感に感じ取るからね。なので、ゾウの飼育員はゾウが選んでいるともいえます。

大渕 ゾウと飼育員の関係は特別です。日本の動物園の大部分は地方自治体が経営しており、職員は公務員なので2、3年で異動があるのですが、⑯ゾウの担当は異動が少ないんですよね。

田井 社会性を持つ動物や、群れで暮らす動物だと似た大変さがあります。例えば、チンパンジーゴリラといった類人猿もそう。⑰類人猿の飼育員は女性や華奢(きゃしゃ)な男性が多いのですが、そのほうが類人猿とコミュニケーションしやすいからではないかと思います。

類人猿の群れではリーダーとなるオスの個体がいるのですが、大柄な男性だとボスに対抗する敵のオスと見なされやすいんでしょうね。

チンパンジーは西・中央アフリカに住む類人猿。道具を使用することで知られ、シロアリやアリの仲間を枝で釣って食べる
チンパンジーは西・中央アフリカに住む類人猿。道具を使用することで知られ、シロアリやアリの仲間を枝で釣って食べる

大渕 類人猿の飼育は楽ではありません。チンパンジーの飼育員は指のケガに注意が必要ですチンパンジー同士もそうなのですが、けんかで指を噛みちぎってしまうのです。

田井 それは大変ですね。

大渕 私がゴリラの世話をしたときには「挨拶が大事」だと言われました。⑲近くに行って挨拶をしないと、ゴリラに怒られたりするようです。

■飼育コストが最も高い動物は○○○

――動物との相性は奥が深いですね。ほかにも動物と接する中で難しい問題はありますか?

田井 食べ物は大変ですね。例えば、ナマケモノ

ナマケモノにはフタユビナマケモノとミユビナマケモノの2種類がいますが、⑳日本で見られるのはフタユビナマケモノだけです。なぜかというとミユビナマケモノはある特別なコケしか食べず、日本ではそれが手に入らないから。ミユビナマケモノは顔立ちがかわいいので、絶対に日本で人気者になると思うのですが。

中央・南アメリカの森林地帯に生息するミユビナマケモノ。食料の都合上、日本の動物園で見ることはできない。垂れ目とにっこりとした口角がかわいい
中央・南アメリカの森林地帯に生息するミユビナマケモノ。食料の都合上、日本の動物園で見ることはできない。垂れ目とにっこりとした口角がかわいい

――食べ物が用意できない動物は飼育できないわけですね。

大渕 動物園では家畜ではなく野生動物を飼育しますから、彼らの食性に近づける必要がある。これがけっこう大変です。例えば、動物の餌にホウレンソウはあまり使えません。㉑与えすぎると、ホウレンソウに多く含まれるシュウ酸が動物を病気にしてしまうからです。代わりに動物園でよく使うのは栄養価も高い小松菜です。

田井 餌の準備は繊細な作業ですよね。

餌の調達が難しい動物といえば、コアラがいます。実は、コアラは飼育するのに一番コストがかかる動物。ご存じのとおり、コアラはユーカリの葉しか食べません。コアラを飼う動物園鹿児島や沖縄にユーカリを育てる農園を確保して、そこから葉を調達してくるのです。だから、コストがかかる。

しかも、コアラはユーカリの葉先の柔らかいところしか食べません。ユーカリの葉を食べ尽くして木を枯らしてしまわないようにするという彼らの知恵ですね。その分、たくさんのユーカリが必要になるわけですが。

また、動物園アリクイの大半はアリを食べていないですね。肉やミルクをミンチ状にして与えていることが多いです。㉖アリには蟻酸(ぎさん)と呼ばれる酸っぱい物質が含まれているのですが、そのためかアリクイは酸っぱい食べ物が好きですね。グレープフルーツなんか大好物です。長い舌を器用に使って、舐め取るようにきれいに食べますよ。

■動物園を最大限楽しむためのコツ

――動物園を回る際に覚えておきたいことは?

田井 ㉗行くなら開園直後がオススメです。動物は夜の間、建物の中の寝床に入って眠ります。なので、開園直後は、自分の縄張りである展示エリアをチェックするために歩き回っていて活発です。朝食も配られているので、餌を食べる様子も見ることができる。

実は閉園間際も活発なのですが、これは屋内の飼育施設に早く帰りたがっているから。活発な動物は見られますが、早めに屋内に帰ってしまう動物もいるかもしれませんから、開園直後がオススメです。

大渕 よく知られた昼行性・夜行性など昼や夜に活発に動く動物のほかに、㉘薄明薄暮(はくめいはくぼ)性といって、明け方や夕方に活発になる動物もいる。レッサーパンダカピバラなんかがそうです。朝や夕方に活発な行動を見られますね。

――楽しみ方についてオススメはありますか?

田井 多くの動物園ではゲートから来園者の動線を想定して、面白く動物を見て回れるよう設計してあります。日本で初めてつくられた動物園は東京の上野動物園で、全国で多くの動物園が上野を参考にして建設されました。

こういった動物園はゾウやゴリラキリンなど、㉙インパクトの大きい動物を初手でぶつけてくる傾向があったりしますね。案内板に沿って見ていけば自然と楽しめるし、企画の意図が見えてくるかもしれません。

――最後に、動物園の魅力をひと言お願いします。

田井 やはり、生きた動物を見て得られるインパクトは写真や映像では必ずしも補完しきれないと思います。先日イタリア動物園では最後のゴリラが亡くなり、生きたゴリラを見ることができなくなりました。㉚日本でも、ラッコが水族館からは姿を消すといわれています。貴重な動物たちを生で見る楽しさをぜひ満喫してほしいです。

大渕 動物のかわいらしさを楽しんでいただくとともに、野生動物の営みについて、「どうしたらいいんだろう」という問いを持って帰ってもらえたらうれしいですね。

●大渕希郷(おおぶち・まさと
1982年生まれ、兵庫県出身。上野動物園の飼育展示スタッフ、日本科学未来館・科学コミュニケーターなどを経て、2018年に"どうぶつ科学コミュニケーター"として独立。書籍の執筆や監修、動物を用いた教室の開催、テレビ出演など幅広く活動する。新刊に『動物園を100倍楽しむ! 飼育員が教えるどうぶつのディープな話』(編著、緑書房)がある

●田井基文(たい・もとふみ)
1979年生まれ、大阪府出身。動物園・水族館コンサルタントとして世界中の動物園・水族館の新設、リニューアルなどに携わりながら、国内でも高知県立のいち動物公園などでアドバイザーとして活躍中。動物写真家でもある。新刊に『世界をめぐる動物園・水族館コンサルタントの想定外な日々』(産業編集センター)がある

取材・文/室越龍之介 写真/iStock

動物園の人気者、パンダ。繁殖が難しいことで知られるが、日本では複数の成功例がある