人々を熱狂させるプロスポーツには、景気や株価を上向きにする力があります。日本が世界の壁を破るにはどんな戦術が必要なのでしょうか? Leo the football氏(著)、木崎伸也氏(構成)による書籍『蹴球学 名将だけが実践している8つの真理』(KADOKAWA)より一部を抜粋し、真理の一つ「サイドバックは低い位置で張ってはいけない」を見ていきましょう。これを5大リーグで実践している監督はペップアルテタ、シャビ、トゥヘルなどかなり少数ですが、実践者たちが結果や一定の成果を残していることは紛れもない事実。サッカー観戦がもっとアツくなる知識を紹介します。

●日本だけでなく世界的に「ビルドアップのときにサイドバックは広がるべき」というポジショニングが常識になっているだろう。確かにそうするとフリーでパスを受けることはできる。

●しかし、同サイド圧縮といった守備戦術の進化により、もはやこの常識は常識にしてはいけない。サイドバックがフリーでパスを受けられるものの、そのあとにプレスの標的になりボールを失う場面が多々見られるのだ。

●「サイドバックは低い位置で張ってはいけない」。それが新常識である。

「場所基準」ではなく、「人基準」でエリアを定義

ピッチの上ではボールも人も動くため、「5レーン理論」のように「場所基準」の考え方には限界があることを、前講義で指摘しました。

では、どう定義すべきか? 僕は図表1のように、相手の立ち位置を基準にする「人基準」でエリアを定義しています。

たとえば「ハーフバイタル」は、相手のセンターバック、サイドバック、ボランチ、サイドハーフに囲まれたスペースのことです。人基準のため、「ハーフバイタル」の広さはこの4人が動くごとに伸びたり縮んだりします。攻撃の際に常に誰かが立っておくべきなのが「ファジーゾーン」です。

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▼ファジーゾーン

ボールを受けたときに、相手最終ラインに前向きで仕掛けられる位置(=相手サイドバックと相手サイドハーフの中間のスペース)。

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もしここにウイングサイドハーフ)がいると相手陣形を横に広げられるだけでなく、相手サイドバックと相手サイドハーフにどちらが対応するかの選択を迫り、迷わすことができます。

サイドバックがボールを受けるべきではないエリア

こういう定義をしたうえで「サイドバックがボールを受けるべきではないエリア」について話をしたいと思います。みなさんはサイドバックは図表1の中のどこで受けてはいけないと思いますか?

答えは「サイドフロント」。

サイドバックは低い位置で張ってはいけないんです。そこでボールを受けると、相手のプレスにめちゃくちゃはまりやすいからです。

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サイドフロント

相手サイドハーフの斜め前にあるタッチライン際のエリア(図表2)。

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ビルドアップの際、「サイドフロント」は大外にあるため比較的マークが緩いエリアではあります。それゆえにパスを受けやすい場所になっています。

しかし、パスを受けたあとに問題が生じます。もともとタッチラインがあるためピッチを180度方向にしか使えず、相手がプレスをかけてきたらパスコースをさらに限定されるからです。もし相手が「同サイド圧縮」をかけてきたら、パスコースはほぼ消滅します。

図表3にその状況を示しました。相手が「同サイド圧縮」をかけてバックパスのコースをしっかり消したら、もはやパスコースはないことを見て取れると思います。こうなったらクリアするか、一か八かでドリブルやワンツーを仕掛けるしかありません。

あらためて断言します。ビルドアップにおいてサイドバックを低い位置で張らせてはいけません。

にもかかわらず、4バックを採用しているチームの多くが、いまだにサイドバックを低い位置で張らせていますよね。それが多くのチームがGKからのビルドアップに挑戦しながら、なかなかうまくいかない理由のひとつになっています。

3バックのチームはもともとサイドバックがおらず、「サイドフロント」に立つ人はいないので自動的に解決されることが多いのですが、4バックのチームでは問題になり続けています。そろそろ誤った古い常識は、あらためられるべきでしょう。

「ハーフフロント」に立てば相手をコントロールできる

では、サイドバックはどこに立てばいいのか? 答えは「ハーフフロント」。もしサイドバックが「ハーフフロント」でボールを持てたら、タッチライン際にいるときとは異なり、内側と外側にパスコースを持つことができます。

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ハーフフロント

相手FWの脇のエリア(相手サイドハーフと相手ボランチの間の前方にあるエリア)。

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メリットをイメージしやすいように、「ハーフフロント」にサイドバックが立った例を図表4に示しました。右センターバックがボールを持ち、前方へのパスをうかがっています。

図表4を見ると、相手サイドハーフに対して、サイドバックにつくか、ウイングにつくかの二択を迫れていることがわかると思います。

二択の状況をつくれたら、あとは「後出しジャンケン」です。相手の出方に応じて、マークされていない方に出せばパスが通ります。

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【選択1】相手サイドハーフサイドバックについてきたら、センターバックはウイングにパスを通す(1つ飛ばしのパス)。

【選択2】相手サイドハーフウイングについてきたら、センターバックはサイドバックにボールを渡す(サイドバックはそこから内側にくさびのパスを狙える)、相手のプレスがなければセンターバックが運ぶ形もあり。

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サイドバックが「サイドフロント」に立つと簡単に追い込まれてしまうのに対して、「ハーフフロント」に立つと選択肢が複数あるので相手をコントロールできます。

【実例】アーセナルvsバルセロナ(21-22シーズン)

具体的にこれを実行しているのがアルテタ率いるアーセナルと、シャビ率いるバルセロナ(アラウホがサイドバックに起用されない試合)です。講義を作成したのが21-22シーズンなので、もし現在とやり方が変わっていたらご容赦ください。

アーセナルはビルドアップ時にサイドバックがペナルティーエリアの幅くらいに立ち、「2-3-5」のような陣形になります。サイドバックが「ハーフフロント」に立ち、ボールを受けたときに外側の斜め前(ウイング)にも、内側の斜め前(インサイドハーフ)にもパスを出せるようになっていることがわかると思います(図表5)。

アーセナルの特徴はインサイドハーフが高い位置を取り、ウイングをサポートできる構造になっていることです。

たとえばウイングインサイドハーフにパスを出し、インサイドハーフダイレクトで落とせば、ワンツーでDFラインの裏を狙うなど複数のコンビネーションが可能です。ただし、インサイドハーフがライン間に静的に立ってパスを待つことが多く、後方からのボール前進をサポートしにくいというデメリットもあります。

一方、バルセロナサイドバックが「ハーフフロント」に立つのは同じですが、アーセナルと異なるのはサイドバックがペナ幅より少し外側くらいに立つことです。「4-1-3-2」のような陣形です。アーセナルに比べてサイドバックが外にいるので、ウイングへのパスコースが消されやすくなりますが、その分、インサイドハーフが下がってきてサポートします。

インサイドハーフが上下動するためライン間にスペースが生まれやすいのですが、その割を食うのがウイングです。周囲のサポートが乏しい中、独力でサイドを突破しなければなりません。

バルセロナの特徴は、さらにセンターフォワードも中盤に降りて縦パスを受けようとすることです。いわゆる「偽9番」ですね(図表6)。選手が自由に中央のエリアでポジションを入れ替え、それによってフリーの選手をつくろうとするサッカーです。

いずれにせよアーセナルバルセロナサイドバックが「ハーフフロント」に立ってパスの迂回経路をつくり、敵陣へのスムーズな侵入を実現しています。GKを頂点にした逆三角形に近い形になるので、僕は「逆三角形理論」と呼んでいます。

もしサイドフロントでボールを受けたら、一刻も早くバックパス

それでもサイドバックが「サイドフロント」でボールを受けざるをえない場面は試合で起こり得ます。最も多いのは、自陣深くからのスローインです。

スローインというのは相手はあらかじめ「同サイド圧縮」の形をつくれますし、投げ手がピッチ外に出なければならないので初期設定からして数的不利。狭いスペースでロンド(鳥かご)をするようなもので、抜け出すのは簡単ではありません。解決策としては、一刻でも早くバックパスをすることです。

バックパスを受けたセンターバックがダイレクトでGKに戻したり、GKがゴールマウスから離れて迂回経路をつくったりするプレーが必要になります。

チェルシーでトゥヘル時代のGKエドゥアール・メンディは、ゴールマウスから離れてバックパスのコースをつくる動きを徹底していました。ランパード時代には見られなかったので、おそらくトゥヘルが厳しく求めていたのでしょう。

ヨーロッパのビッグクラブの中には、サイドバックがタッチライン際でボールを受けても、そこから打開できるチームもあります。しかしそれは個人の突出したテクニックによる抜け出しや、インサイドハーフボランチが持ち場を離れてタッチライン際まできてパスを受けるからで、「選手の技術頼みでうまくいった」というケースがほとんどです。

2023年現在では、アーセナルサイドフロントからのパスをファジーゾーンから内側に走るサイドハーフにスルーパス気味に出すパスカットイン(フットサルのアラコルタ)で打開するケースもありますが、限定的かつ技術的要求が高いため、これも個人の突出したテクニックに分類されると思います。再現性は低く、個人のキープ力やアドリブ力が平均的なチームは真似するべきではないでしょう。

<まとめ>

●ビルドアップでサイドバックが低い位置で張ってボールを持つと、相手のプレスの餌食になりやすい。

サイドバックはペナ幅くらいまで内側に絞ると、外側と内側の両方にパスコースをつくりやすい。 ●GKを頂点に「逆三角形」の陣形をつくると、質に依存したボール運びをしなくて済む。

著者:Leo the football

日本一のチャンネル登録者数を誇るサッカー戦術分析YouTuber(2023年8月時点で登録者数23万人)。日本代表やプレミアリーグを中心とした欧州サッカーリーグリアルタイムかつ上質な試合分析が、目の肥えたサッカーファンたちから人気を博す。プロ選手キャリアを経ずして独自の合理的な戦術学を築き上げ、自身で立ち上げた東京都社会人サッカーチーム「シュワーボ東京」の代表兼監督を務める。

構成:木崎 伸也

「Number」など多数のサッカー雑誌・書籍にて執筆し、2022年カタールW杯では日本代表を最前線で取材。著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『ナーゲルスマン流52の原則』(ソル・メディア)のほか、サッカー代理人をテーマにした漫画『フットボールアルケミスト』(白泉社)の原作を担当。

(画像はイメージです/PIXTA)