国家財政が逼迫するなか、宗教法人への優遇税制を見直すべきだという議論は後を絶ちません。実際、“驚くほど会計意識の低い宗教法人”も存在しており、足元では全国の寺院に国税局のメスが入っています。そこで今回、“元マルサの僧侶”という異色の経歴を持ち、『税理士の坊さんが書いた宗教法人の税務と会計入門』(国書刊行会)著者の上田二郎氏が、実体験を交えながら「宗教法人の税務調査」について解説します。

税務調査の現場から…宗教法人の税務調査

大阪や京都にある約1,400の宗教法人を大阪国税局が税務調査したところ、6割で源泉所得税の徴収漏れがあったことがわかった。非課税のお布施などを私的流用する不正も見つかり、同国税局は2008年6月までの3年間で、重加算税を含む計約7億8,800万円を追徴課税した。

関係者によると、調査した1,476法人のうち925法人で課税漏れが見つかった。212法人では、法人税が非課税となるお布施を、私的な使途に充てるなどのケースが判明。国税局はこれらを給与所得とみなし、不正な経理処理だったとして重加算税の対象とした。

2009年2月、宗教法人の調査結果を報じた記事です。その後も、僧侶派遣をしている葬儀会社や墓地開発業者の多額の脱税記事など、宗教法人に関連する脱税の記事が後を絶ちません。このようにさまざまな宗教法人の脱税事件がマスコミによって報道されています。

国家財政が逼迫するなか、優遇税制を受けている法人を見直すべきだという議論が持ち上がることは容易に想像できます。大阪国税局の調査結果を受けて、全国の国税局が宗教法人を税務調査するよう指示を出し、東京国税局や関東信越国税局管内の税務署では積極的に寺院にメスを入れ始めているようです。

税理士として税務調査に立ち会った経験から、寺院側の会計意識の低さに驚かされることも多く、修正申告に応じざるを得ない状況が続いています。

税務署は寺院会計を把握し、寺院実務を十分に理解し、資料を持って調査に入ってきます。

源泉所得税の調査

税務署は寺院に対して、源泉所得税の確認から調査に入ってきます。税務署に申告する必要のない小規模な寺院でも、住職に対する給与や、従事者の給与などに対する源泉所得税の徴収義務があるため、源泉所得税が正しく納付されているかどうかを確認しに来るのです。

よって寺院から支払われた人件費に対する調査が中心となり、住職や従事者の給与、施餓鬼のお手伝いさんの雑給に対する源泉所得税がチェックされるのです。

よく指摘されるケースは、行事の従事者に支払う雑給です。「昔から手伝いのおばさんに、お礼として1万円を包みます」といって、10人のおばさんに1万円ずつ支払っているとします。

「寺院の経理は雑給で10万円」。これではダメです。日当1万円の給与を支払うには、源泉所得税を徴収してから支払わなければなりません。おばさんたちに1万円を渡すには、1人10,027円を支給して、源泉所得税27円を税務署に納めなければなりません(※)

※『令和4年分源泉徴収税額表』日額表:丙欄給与。本書第4章7参照

寺院の経理は10人分で雑給100,270円となります。「助法のお坊さん(個人)に5万円を渡しました」となると、源泉所得税の徴収額が9,405円にもなるので大変です。

寺院本体の調査

源泉所得税の調査は入口です。給与や雑給の源泉所得税を把握するには、寺院の帳簿を見なければなりません。ここからが調査の本番となります。

税務職員は調査のプロです。寺院は普通の会社に比べて経理を熟知した職員も少なく、杜撰な経理が多く見受けられます。

① 葬儀のお布施について

特に寺院の収入には、お布施や車代、御膳料などの現金収入が多く、正しく現金管理をしなければ、記帳漏れが多くなります。

税務署はすべてを知っています。葬儀社は、喪主に「お寺さんに対して失礼のないように、お布施、車代、御膳料を別に包んでください」といっています。

支払った方はすべてをお布施と思っているので、相続税の申告には支払ったお布施の総額を記載します。ところが、もらった住職の認識が極めて低い場合があります。

ある住職は「御膳料は、俺が後席に着かなかったためにもらった金だ。席に着いて食べていれば、俺の腹に入っていたはずの金だから俺の金」と主張して、調査官に失笑されていました。

もちろん、車代も「俺が運転したのだから俺の金」と主張しましたが、聞き入れられる訳はありません。税法では「名目を問わずもらったものは収入」と規定していて、社会の常識でもそのはずです。

寺院に入った収入は、お賽銭も、付け届けも、掃除料もすべて寺院の収入です。住職個人がもらえるお金は寺院から支払われる給与だけです。

結局、このケースでは、悪質な収入除外と認定され、重加算税の賦課によって7年間(租税時効の限界)まで遡って源泉所得税を追加徴収されました。

漏れていたお布施を住職のもらっている給料に加算して、源泉所得税を再計算して追徴するのです。もちろん自分が懐に入れたお金のため、住職個人に税金を支払ってもらいました。

② 塔婆料について

塔婆料は最も把握しやすい収入の1つです。墓地を見れば、塔婆がいつ建立されたかがわかります。

サンプルに塔婆の日付を書き取って帳簿を調べれば、法事の有無、塔婆料の計上の有無までわかります。塔婆の仕入先から年間の仕入本数がわかります。

塔婆料として1本5,000円をもらっている寺院が年間3,000本の塔婆を仕入れていれば、在庫数と照らし合わせると、塔婆料の総額はすぐに判明します。大数観察といって、税務署の最も得意な調査手法の1つです。

日頃から繁華街の飲食店を相手に推計計算をしている税務署にとって、雑作もないことです。

「個人情報保護法だ」…帳簿の提出を拒否した住職の末路

③年回忌法要について

過去帳を確認して、葬儀、四十九日、一周忌の有無をチェックする手法もあります。一覧表にすると、不自然な状況が浮かび上がってきます。

葬儀がないのに四十九日だけがある。反対に、葬儀があっても四十九日はない、一周忌もない。法事は施主の意向によって行われますので、一覧表がきれいに埋まることはありませんが、日頃から「一周忌くらいはやってあげなさい」と檀家さんに言っているのではないのでしょうか?

一覧表にすると、法事のない理由は寺院側でもわかるはずです。しっかりした寺院では、一覧表を作って回忌通知を出しているくらいです。税務署が同じ作業をして、収入除外の証拠を突きつけてくるのです。

過去帳を見せないお寺もあるようです。ある住職は「個人情報保護法だ」と主張していましたが、塔婆や相続税の資料から税務署に攻め込まれ、結局、真実の帳簿を提出せざるを得なくなってしまいました。

過去帳は寺院の収入に直結する重要帳簿です。堂々と見せることができる経理をしておいて欲しいと思います。

税務署は過去帳をコピーなどしません。さらりと確認して、会計帳簿にお布施が適切に反映されているかを見ているだけです。隠そうとするから税務署も疑ってくるのです。

④ 反面調査とは

お布施の計上漏れが濃厚になれば、檀家さんの反面調査を行うこともあります。

反面調査とは、ターゲットから真実の話が聞けない場合などに、税務署が取引先に出向いて行う調査です。こんなことをされたら、お寺の会計の杜撰さが、檀家全体に知れ渡ることになります。

⑤ お布施を抜くのは横領です

税務調査を早く終了するには、税務署の確認したい書類を堂々と見せることが一番重要です。

重要な点は、すべての収入を正しく帳簿に載せていれば、本来の宗教活動であれば非課税だという点です。

非課税の収入をどうして抜かなければならないのでしょうか? 理由は2つに絞られます。

1つは、会計知識の不足や習慣からです。非課税であるのに寺院会計から除外すると、住職の給与と認定されて重加算税の対象となる場合もあります。税理士として調査に立ち会っていると、何のためにお布施を抜いているのか理解に苦しむことも多いです。

もう1つは、聖職者としての「俗の部分」が抜けきれていない結果だと思われます。ある住職は「どうせ税務署になんて見つかりっこない」と自慢していました。

確かに、お布施は現金で授受され、税務調査では発見しにくい取引です。しかし、宗教法人が得る収入は、すべてが、檀信徒、信者の資産です。代表役員である住職や宮司は、それを管理しているに過ぎません。

管理資産を適切なところに使って、残余資産は翌事業年度に正しく繰り越し、寺院を未来永劫存続させる役目を担っているはずです。その檀信徒、信者の資産を宗教法人の会計に入れず、個人的に費消する行為は、横領の問題ともなりかねません。

税務署はやさしいので、横領とはいわずに住職の給与に加算して不足分の税金を徴収するだけです。寺院設備にも調査のメスが入っています。

檀家さんが決して見ることができない場所に作った庭や、住職の趣味で作った茶室、なかにはピアノを習う子供のために作った防音室もありました。

税務署は会計帳簿を確認して多額の修繕費や工事費を見つけ出し、工事の詳細を確認するため請求書や見積書の提出を求めてきます。

税務署の指摘は「趣味は住職の個人的なお金でやってください」ということです。そして、個人的な支出は住職の給与と認定してきます。調査の現場から見えてくる現実は、一般企業では当たり前のことが宗教法人ではできていないということです。

そして、調査結果が再びマスコミに公表されることになります。

上田 二郎

僧侶/税理士

(※写真はイメージです/PIXTA)