「空気に触れる前の尿は無菌だから飲んでも平気」

こんな話を聞いたことがありませんか?

かつては飲尿健康法なるブームがあったり、サバイバル番組では尿を飲むことで水分不足を補ったりと、何らかの事情で尿を飲む人たちが話題になった際、そんな理屈が登場しました。

しかしこれは事実なのでしょうか? 本当に空気に触れる前の尿は綺麗なのでしょうか。

尿は血液をろ過して造られるため、健康な人の場合、体外に排泄されるまでは無菌である。この様な考え方は、実際多くの医師の間で長年信じられてきた常識でした。

しかし、米国イリノイ州ロヨラ大学医療センターの泌尿器科医、エリザベスミューラー博士らが2014年に発表した研究では、尿には多様な細菌が存在することが明らかとなっています。

実はこうした指摘はミューラー博士以前からも存在していたのですが、その研究は長年に渡り無視されてきたといいます。

排泄される前の尿には、どのような細菌が存在しているのでしょうか。

この研究の詳細は、2014年3月『Journal of Clinical Microbiology』に掲載されています。

目次

  • 尿自体は本当に無菌なのか?
  • 無視されてきたマスケル医師の研究

尿自体は本当に無菌なのか?

そもそも、尿は無菌という考え方はどこから登場したのでしょうか?

これは何も一般の人々が勝手に言いだした考えではありません。医師たちも、血液を腎臓でろ過することで作られる尿は排泄されるまでは無菌であると考えていたのです。

イリノイ州ロヨラ大学医療センターの泌尿器科医、エリザベスミューラー博士もかつては尿には細菌が存在しないと考えていた一人です。

しかし、ミューラー博士の同僚でもある微生物学教授、アランウルフ氏は泌尿器科医のこの考えを聞いて驚いたと話します。

「膀胱は尿道によって外部と繋がっているのに、一体どんな力が細菌の侵入を防いでいるというんだ?」

そこでミューラー博士とウルフ氏らは、尿は無菌であるという通説を打ち破るべきであると考え、調査を行いました。

85種もの細菌が見つかった

研究の結果85種もの細菌が見つかりました
Credit:canva

ロヨラ大学の研究チームは、65人の女性を対象に、単純な尿検査ではなく、カテーテルや注射で直接膀胱から採取した尿に最新の技術を用いて、細菌が存在するかを調査しました。

その結果、85種もの細菌が見つかったのです。また、その多くは腸内や膣内にもよく見られる細菌でした。

人体には数多くの微生物(細菌・真菌・ウイルスなど)が共生しており、こうした集団を微生物叢(マイクロバイオーム)と呼びます。

ロヨラ大が発見した尿路に存在するマイクロバイオームについては、現在は「ウロバイオーム(urobiome)」と呼ばれています。

これらのウロバイオームは、尿を培養する一般的な検査では、それまで確認した報告はほとんどありませんでした。

ほとんどという言い方が引っかかる方もいるかもしれません。

実はロヨラ大の研究が、初めて膀胱内の尿の細菌を発見したのではありません。この研究は、過去に報告された研究の再現実験なのです。

無視されてきたマスケル医師の研究

ウルフ氏は、ウロバイオームの真の発見者は、実は1970年代に尿が無菌ではないことを突き止めたロザリンド・マスケル医師にあると語っています。

このマスケル医師の研究は何十年もの間、無視されていたのです。

マスケル医師は公衆衛生研究所で臨床助手として働いていた際、女性に多く見れられる頻尿や排尿痛といった泌尿器症状を調べても、患者の尿検査の結果が無菌となることに疑問を抱き調査を行いました。

細菌は膀胱内で繁殖はしているものの、何らかの条件により検査結果に現れないのではないかと仮説を立てたのです。

そこでマスケル医師は、サンプルを一晩放置して細菌を繁殖させる一般的な検査方法ではなく、膀胱と同じ条件に近づけるべく、空気に触れない条件下で実験を行いました。

その結果、最初の実験ではサンプルの81%に細菌が検出されたのです。最も多かった細菌はラクトバチルス属と呼ばれる細菌で、これは腸内や膣内にも存在する細菌です。

この研究結果は長年の間、無視されていましたが、2010年、マスケル医師は自身の研究を再現するよう研究者に求める論説を書きました。

そして2014年、ロヨラ大学の研究チームが彼女の成果を再現したのです。マスケル医師は彼女自身の成果が再現するのを見届け、2016年に亡くなりました。

マスケル医師の研究を無視したことで、科学界は「30年以上の努力を失った」ウルフ氏は語っています。

ウロバイオームの研究は進んでいます
Credit:canva

これらの研究はすべて、女性のみを対象にした調査です。

女性の場合、尿路と膀胱の距離が近いため、細菌が膀胱へ侵入するなどの問題が起きやすく、今回の一連の研究も過活動膀胱 (OAB) などの泌尿器症状への対処として行われているものです。

こうした成果は、女性の抱える泌尿器症状の問題に対して助けになると考えられます。

そのため、男性の場合で膀胱内の細菌がどのようになっているかは、また別の問題となりそうですが、少なくとも人間の膀胱には通常の尿検査では検出されない細菌叢が存在することは明らかなようです。

これはまでの医学の常識では、尿路上の細菌が尿に交じることはあっても、健康な人の膀胱に細菌は存在せず尿は無菌という考え方が一般的でした。

しかし、尿路上に感染症などを持たない人の尿でも、細菌が存在することは一般的なようです。

ウロバイオームと呼ばれる膀胱の細菌叢が、飲尿などの行為に対して有害に働く可能性があるかどうかは、現在の研究では明らかにされていません。

ただ、今回の研究では女性が膣などに持つ細菌が尿路から侵入して膀胱の細菌叢に含まれることが示されており、腸内の細菌も存在しているようです。

そのため出したての尿は無菌であり、きれいという考え方は捨てた方が無難かもしれません。

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参考文献

Is pee sterile? https://www.livescience.com/health/is-pee-sterile

元論文

The natural history of urinary tract infection in women https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306987709008238 Urine Is Not Sterile: Use of Enhanced Urine Culture Techniques To Detect Resident Bacterial Flora in the Adult Female Bladder https://journals.asm.org/doi/full/10.1128/jcm.02876-13 Molecular Diagnostic Methods Versus Conventional Urine Culture for Diagnosis and Treatment of Urinary Tract Infection: A Systematic Review and Meta-analysis https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2666168322008801#b0105
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