三菱UFJフィナンシャル・グループが米アカマイ・テクノロジーズと共同で開発した決済プラットフォーム「GO-NET」は、高速かつ低価格な次世代決済インフラとして大きな注目を浴びました。しかし、同事業は開始からわずか3年で早期撤収する事態に。一体なぜでしょうか? 本記事では、特定非営利活動法人失敗学会理事の佐伯徹氏の著書『DX失敗学 なぜ成果を生まないのか』より、三菱UFJフィナンシャル・グループのDX失敗原因について紐解いていきます。

パンデミックなどの経済変化を軽視したことで招いた失敗

~事例から「他山の石」としていただきたいこと~

事業コンセプトはとてもすばらしく未来を感じさせるものである。しかし、パンデミックなどの経済変化を織り込めていなかった結果、事業が行き詰まり、撤退となってしまった。

三菱UFJフィナンシャル・グループ「GO-NET」

DX戦略…人を介さないビジネスモデル

グローバルオープンネットワークジャパン(GO-NET)は、三菱UFJフィナンシャル・グループが米アカマイ・テクノロジーズと合弁で開始した決済のプラットフォーム。これまで暗号資産の取引決済で多く使用されてきたブロックチェーン技術を応用し、IoT(インターネット・オブ・シングズ)の決済などに利用できる安価なサービスを確立した。

暗号資産の取引はビットコインで1秒当たり7件などとかなり低速だが、GO-NETは毎秒100万件超と極めて高速であった。大量の少額決済を可能とすることで「自動車が走行している高速道路の場所をGPS(全地球測位システム)で捕捉すれば、1分ごとに課金して料金所が不要になる」(三菱UFJニコス常務執行役員の鳴川竜介CTO)とした。料金所という概念をなくし、人を介さないビジネスモデルを実現できるようなサービスを提供した。

GO-NETとは?

GO-NETは高速かつ低価格な決済プラットフォームとして三菱UFJフィナンシャル・グループがコンテンツ・デリバリー・ネット ワーク(CDN)事業者のアカマイ・テクノロジーズと開発したもの。暗号資産での利用で有名になったブロックチェーンの技術を利用す る。アカマイが各地に持つサーバーを利用することで、これまでの中央集権的なサーバーによる決済処理と比べると劇的に低コストで実現できるとした。  

さらに、暗号資産の取引では毎秒十数件が常識的だった処理速度を、毎秒100万件という劇的な高速化を果たした。これは従来のクレジットカード決済の処理速度の限界(毎秒7万~8万件)をはるかに超える。将来は毎秒1000万件を目指すともしていた。  

利用価格を安価にすることで、客単価が低くても顧客数を確保すれば収益を確保できるビジネスモデルを実現した。例として、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」や車のシェアリングサービスなどにGO-NETが普及すれば、高速道路での通行料金や駐車料金の支払いなどの従量課金が安価で利用できるようになり、全国銀行データ通信システム(全銀システム)などの既存システムはコスト、処理速度の両方で太刀打ちできなくなることが想定された。

失敗事象…わずか3年で早期撤収

2022年2月22日の三菱UFJフィナンシャル・グループの発表によると、客単価が低くても顧客数を確保することで数円単位の少額決済ができる想定であったが、パンデミックなどの経済変化により思ったほど需要が見込めなかった。いくら性能が高くて安価でも、クレジットカード会社などにとっては既存のシステムからの切り替えを行うには至らなかった。

またIoTでもGO-NETの高速大容量を必要とする市場を掘り起こすことができなかった。予定していた収益が確保できず、長期間の赤字が見込まれるため、わずか3年で事業を見切る早期撤収を図った。

失敗の原因を考察  

それでは失敗の原因をリストアップしていく。

「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」から全ての失敗原因を抽出する

※「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」とは…筆者が所属している失敗学会は、失敗の原因を構成する要素を分類して関連を階層ごとに図示した「失敗まんだら」を提唱している。仏教で悟りの世界や仏の教えを示した図絵である連関図にヒントを得て、失敗原因に関わる全ての要素や関連、位置づけを一覧できるようにしたもの。この失敗マンダラをITプロジェクト向けに改変したもの。

以上、全ての原因について考察したあと、「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」に丸をつけてみると下記のようなイメージ図となる。下図のように13項目が選定される。

真の失敗原因を特定する

<直接的な問題点>

少額決算顧客を対象としていたため、コロナ禍で決済の件数が伸び悩んだ結果、必要な手数料収入が確保できなかった。従来のインフラからの脱却が短期間で実現できなった。

■筆者が考える今回の問題点

①既存インフラを捨てて、正しいインフラ環境に乗り換える企業が以外に少ないことを想定できなかった。【間違った顧客志向】

②事業計画時にパンデミックなどの経済変化を織り込まずに事業を開始した。【想像力不足】

■筆者が考える対応策

①多くの企業は初期の開発コストに着目しているが、必要なシステムライフサイクル年数分の維持コストを想定した事業計画を策定すること。

パンデミックなどの経済変化を想定し「回避策」を設定するなど、リスクへの事業負担を最小限にする回避手段を事前に設定した コンティンジェンシープランを事前に作成し、定期的にリスク点の見直しを行う。

ビジネスモデルの柔軟性のなさが一番の失敗要因

今回、本件の報告書で発表されたものと「ITプロジェクト版失敗原因マンダラ図」から真因を考察した結果からは、ビジネスモデルに柔軟性がなかったように感じる。

考え得るできるだけ多くのケースを作り、メリット・デメリットを考えていく中で、新しい展開や、他社との協業や、技術移転からM&Aまで幅広く検討しながら進めていくことを勧める。

佐伯 徹

特定非営利活動法人失敗学会

理事