ポルトガル南西部のオデミラの海岸で、世にも珍しいミイラが発見された。なんとそれは、巣房(すぼう)の中に閉じ込められたままミイラ化した無数のハチたちだ。
彼らが生きていたのは3000年前の大昔。つまりは下エジプトではファラオ・シアムン(Siamun)が君臨し、日本はまだ縄文時代だった頃のことだ。
ポルトガルでは青銅器時代が終わりを迎えようとしていたが、その当時なぜか数百匹のミツバチが巣房の中で死に、大量のミイラになるという珍しいことが起こった。
一体彼らはなぜ大量に死に、そしてミイラになったのだろう? それは3000年前のある晩に起きた悲劇が原因かもしれないという。
ポルトガル、リスボン大学やUNESCOをはじめとする国際チームによる今回のプロジェクトでは、4つの古生物学的遺跡が発見されており、そこからは1m四方の空間に数千ものハチの巣房の化石が見つかった。
巣房(すぼう)とは、ハチの巣の内部につくられる、幼虫の成育や蜜の貯蔵などのための小部屋(セル)のことで、ミツバチなどでは、六角形が隙間なく並んだ形につくる。蛹室とも呼ばれている。
一般に、昆虫の外骨格はキチン質でできており、死んだ後はすぐに分解されてしまう。だから大昔のハチのミイラはとびきり珍しい。
ハチの巣ならば1億年前の化石が見つかっているが、巣の住人の姿を現在に伝えるものは事実上ゼロだ。
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ファラオの時代から巣房の中で眠り続けてきたハチ / image credit:Andrea Baucon
保存状態が良く、種や性別も特定
だが哀れにも巣房から出ることなく息絶えた今回のハチたちは、種類を特定できるほど保存状態が良かった。
それどころか性別や、母バチが巣房の中にエサとして入れておく花粉の量までうかがい知ることができた。
ハチのミイラは極めて保存状態がよく、その種やエサまで判明している / image credit:Andrea Baucon
そのハチは、ポルトガルに今も生息するミツバチの一種、ヒゲナガハナバチ(Eucera属)の仲間だ。
ヨーロッパでも珍しい部類のハチで、1年ほどの一生の大半を地下で過ごす。外で自由を謳歌するのは、お気に入りの花が咲き乱れる、ほんの数週の短い間だけだ。
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なお巣房の内側は、母バチが紡ぎ出した絹のような糸でコーティングされていた。
この糸は防水効果があり、まるで”有機物で作られたモルタル”のように機能する。これがハチの腐敗を防ぐのに一役買った可能性があるという。
X線で撮影した巣房の内部のハチのミイラの1つ。ヒゲナガハナバチのオスであるという / image credit: Federico Bernardini/ICTP
気候変動も大量のハチのミイラができた要因の可能性
そうだとしても、なぜこれほどまで大量のハチがミイラになったのだろう?
数百という巣房が一度にミイラ化していることから、おそらくは何か不慮の事故のようなものが起きて、大量に死んだのだと考えられている。
可能性としては、洪水や干ばつで餓死した線が考えられる。だが、巣房の中にはたくさんの花粉が入っており、エサはたっぷりとあったはずだ。
もう1つの可能性として研究チームが指摘するのは、気温の変化である。
ポルトガルの南西海岸の場合、3000年前は現在よりも冬が寒く、雨が多かったと考えられている。そこで研究者が指摘するのは、気温が急変したというケースだ。
冬が終わり春が近づいたある日、もしかしたら今回のハチたちは、もうじき巣房から出られると希望に満ちていたかもしれない。だがその夜は折悪く、気温が急激に下がった。
幼いハチたちは、不意に訪れた春前の寒さに絶えられず、凍死してしまった。
それはハチたちにとっては悲劇だ。
だが現代の私たちにとっては、当時の昆虫の様子を知るまたとないチャンスに違いない。こうした発見は、動物が気候変動に適応する方法などについても教えてくれるのだそうだ。
この発見は『Papers in Palaeontology』(2023年7月27日付)に掲載された。
References:Bees from the time of the pharaohs found mummified on the southwest coast of Portugal / written by hiroching / edited by / parumo
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