筆者は、8月15日付JBpressの論考において、次のように書いた。

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ウクライナ軍が6月初旬に反転攻勢を開始して以来、多くの西側主流メディアや相当数の軍事専門家は『ウクライナ軍の反攻作戦は遅い。失敗しているのではないか』と主張しているが、彼らの主張は的を射ていない」

 そして、ウクライナ軍の反転攻勢の本質は「航空劣勢下における攻勢作戦」であるが、この厳しい条件において反転攻勢を成功させるために重視しているのが、敵の兵站網を破壊する「阻止作戦」と敵の砲兵火力を破壊する「対砲兵戦(大砲同士の撃ち合い)」であると強調した。

 阻止作戦とは、敵軍や補給品の戦闘地域への移動を阻止、遅延、混乱、破壊することを目的とする作戦だ。

 つまり、阻止作戦はロシア軍の兵站組織の破壊を重視し、クリミア半島、ヘルソン州、ザポリージャ州を兵站的に分断することを目指している。

 例えば、クリミア半島を完全に孤立した島にするために、クリミア大橋(自動車橋と鉄道橋)を破壊し、ヘルソン州・ザポリージャ州とクリミア半島を連接するチョンガル橋(自動車橋と鉄道橋)やヘニチェスク付近の橋を破壊してきた。

 現在、阻止作戦の効果は明らかに出てきていて、ロシア軍の第一線部隊に補給が十分に届けられない状況、ロシア軍の榴弾砲・ロケット砲および砲弾が不足する状況になっており、ウクライナ軍の攻撃前進が可能になってきた。

 また、ウクライナ軍は対砲兵戦を重視し、ロシア軍の榴弾砲やロケット砲の破壊を重点的に行っていて、ザポリージャ州ではウクライナ軍が砲兵戦力で優位にあることを指摘した。

 この砲兵火力の優勢が現在のウクライナ軍の進軍の原動力になっているのだ。

 米国のマーク・ミリー統合参謀本部議長は、「ウクライナ軍の攻撃は遅いが、失敗ではない。ウクライナ軍は第一線防衛線を突破した。ロシア軍が何カ月もかけて準備した地雷、対戦車豪などを突破したのだ」と証言している。

 ウクライナ軍が6月初旬に開始した反転攻勢が、ここにきて攻撃が進展している背景の一つに米国とウクライナの高官たちの論争があり、その論争によるウクライナ軍の作戦変更があったことを明らかにしたい。

主作戦正面におけるウクライナ軍の攻撃進展

 ウクライナ軍の主作戦正面における戦況を観察すると、ウクライナ軍の主作戦軸であるトクマク軸(オリヒウ軸)では7個の旅団が集中的に投入されていて、第1線防御陣地の要衝ロボティネ(Robotyne)を8月24日に奪還している。

 現在、ウクライナ軍はノボプロコピフカ(Novoprokopivka)とベルボベ(Verbove)の間を進軍しており、ロシア軍が高台に準備した第2線防御陣地を突破する勢いである。

 この高地(図1の一番北にある赤色の障害地帯)を確保すると南方にあるトクマクの市街を見下ろすことができ、トクマク奪還の可能性が高くなる(図1参照)。

 最新の情報で、ロシア軍は、この正面にクピャンスクで作戦をしていた第76空中強襲師団の3個連隊をトクマク正面に配置換えを行い、何としてでもウクライナ軍の突破を阻止しようとしている。

図1:トクマク軸の戦況

 また、もう一つの主作戦軸であるベルカノボシルカ軸でも戦い慣れた4個の海兵旅団がすべて(35、36、37、38旅団)投入され、8月15日に要衝ウロザイネを奪還した。

 現在、この正面の要衝スタロマリニフカ(Staromlynivka)に迫っている。

 スタロマリニフカを奪取してしまうとこの正面の障害は少なくなり、また防御するロシア軍の勢力も多くはなく、ロシア軍ウクライナ軍の攻撃を阻止するに苦労するであろう。

図2:ベルカノボシルカ軸の戦況

米国とウクライナの高官たちの論争

 8月24日付の米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙は「U.S., Ukraine Clash Over Counteroffensive Strategy(反転攻勢戦略をめぐる米国とウクライナの衝突)」と題する記事を掲載した。

 その概要は以下の通りだ。

 米国とウクライナの高官たちは、遅々として進まないウクライナ軍の反攻作戦を促進するための作戦と戦術をめぐって、数週間前から水面下で激しい論争を繰り広げたという。

 米国側の主な主張とウクライナ側の対応は以下の通りだ。

①米国はここ数週間、ウクライナ軍に対し、軍を集結させ、南方のトクマク以北の地域に集中させ、一般に最も突破が困難とされるロシアの第1防衛線を突破するよう促してきた。

 米当局者が戦力を無駄に分散させないよう警告したのを受け、ウクライナは作戦を修正し、ザポリージェ東部では守りに転じ、トクマク正面に数個旅団(第一線に7個旅団)を集中して突破を図っている。

 この変更により、ウクライナは他地域での大規模な攻撃に備えて自国兵力を温存し、重火器の消耗を抑制することができ、第一線陣地の突破に成功した。

 しかし、米当局者によれば、ウクライナ軍は今も東部に数多くの旅団を展開しており、兵力を集中させて南部に進攻するには戦線をあまりにも薄く広げたままになっている。

 加えて、重火器の使用と機甲部隊の投入、地雷除去作業をまだ組み合わせていないという。

バイデン政権は、ウクライナの戦略、特にウォロディミル・ゼレンスキー大統領がバフムトに重点を置いていることに「深刻な不満」を伝えているという。

 米国側の主張に対して、一部のウクライナ軍将校は、バフムト正面に敵を拘束・吸引することにより主作戦正面の作戦に寄与する、部隊の士気を高め、東部に緩衝地帯を設けるという意味で、バフムトに注力する戦略が有用だと考えている。

③米国とウクライナ間の論争の中心は、ウクライナ人がここ数か月間受けてきた南部での攻勢に備えるための米国提供の諸兵科連合訓練である。

 米軍当局者は、ウクライナ側に対し、欧州の連合軍基地で受けた諸兵科連合訓練に立ち返り、ロシアの防衛を突破してアゾフ海まで押し進めるために兵力を集中するよう促している。

 米国とそのパートナーは、40個以上の訓練地で7万人以上のウクライナ兵を訓練してきた。

 ドイツで行われた米軍の諸兵科連合訓練の核心は、ロシアの戦線を突破したり、地形を確保したりする14個の自動車化歩兵大隊、機械化大隊、国土防衛大隊(約8000人)だった。

 この訓練は、ウクライナ軍が敵の防衛を突破し、ロシア軍の後方地域で機動できるようにするためのものだ。

 しかし、この諸兵科連合訓練には、米軍が長年享受してきた勝ち目、特に航空戦力はない。ウクライナの空軍は小規模で、米国製戦闘機F-16」の納入は2024年半ばから後半になる見込みだ。

 一方、ウクライナ総司令官のヴァレリー・ザルジニー大将は、米国側とのやりとりの中で、「あなたたちはこの戦いの本質を理解していない。これは対ゲリラ戦(counterinsurgency)ではない。これはクルスクでの戦いなのだ」と第2次世界大戦におけるドイツとソ連の戦車戦に言及したという。

 米軍が提示した航空優勢なき諸兵科連合作戦を現段階で全面的に採用できないとしている。

 諸兵科連合作戦に対するウクライナ側の態度に対する米国防省の不満は見当違いだと言う元米高官もいる。

 2013年から2016年まで北大西洋条約機構(NATO)の最高司令官を務めたフィリップ・ブリードラブ元米空軍大将は言う。

「米国が諸兵科連合で戦うときは、戦場の航空優勢下で戦う。ウクライナにはそれがない」

「我々はウクライナに長距離精密砲も与えていない。ウクライナ諸兵科連合で失敗しているという話があるとき、我々は鏡を見る必要がある」

 ウクライナの兵士も「演習がいかに厳しいものであったとしても、現実はもっと厳しい」と語っている。

 実戦と訓練には違いがあるのは当然だろう。

④米政府高官は、米国がウクライナに大量に供与した兵器は反転攻勢に十分であり、2024年にこれに近い水準の供与が繰り返される可能性は低いとの計算に基づいている。

 米国はこれまでウクライナへの軍事支援に430億ドル(約6兆3000億円)以上を振り向けている。

 ある元米政府高官は「われわれは反転攻勢のためにこの兵器の山を築き上げた。これは二度とできない」と述べたという。

 これは、この反転攻勢で成功しなければ、これ以上の支援はできないという米国側の冷たい宣言である。

 ウクライナ側としても反転攻勢を早期に成功させなければいけないという刺激にはなったであろう。 

 以上のように、ウクライナ軍は、米側の助言に基づきある程度の調整を行ったが、冬が到来するまでの限られた時間でロシアに勝利する戦略・作戦・戦術について、両者の意見はまだ食い違っている。

 しかし、米政府高官によれば、ウクライナが戦果を獲得するのに遅すぎるということはない。ウクライナ指揮官たちも、反攻の時間はまだ尽きていないと言っている。

東部軍司令官、北東部の防衛強化を要請

 米国防省の助言とは明らかに反する形で、ウクライナ軍のオレクサンドル・シルスキー東部司令官は、次のように訴えた

「敵の部隊は大砲、迫撃砲、航空機で損害を与え続けている。このような状況下で、我々は脅威となる場所の防御を強化し、可能な限り前進するためのあらゆる手段を速やかに講じなければならない」

 米国防省の考えは、ウクライナ軍は突破口を開くために、主作戦軸に多数の部隊を集中すべきというもの。

 ウクライナ指揮官たちはその代わりに、東部と南部の間でできるだけ公平で平等だと考えられる方法で兵力と火力を分割しようとした。

 ウクライナゼレンスキー大統領8月23日の記者会見で、米国の批判に対して露骨に反論した。

「ハリコフ地方のクピアンスクのような場所からウクライナ軍を遠ざけることこそ、ロシアが達成しようとしていることだ」

「我々はハリコフ、ドンバス、パブロフラド、ドニプロを手放すつもりはない。そして、世界中のアナリストがそれを当てにしないように」

 シルスキー将軍の発言は、南部での反攻に世間が注目しているにもかかわらず、前線の他の地域が依然として不安定であることを思い出させるものだった。

 ロシア軍はここ数週間、ウクライナ北東部の都市クピアンスク周辺をなんとか前進させている。ウクライナ軍が南部と東部で反攻を続けている。

 ロシア軍は、ウクライナ軍が南部2州で反転攻勢を行っているのに対抗して、北東部のクピャンスクなどで攻勢をかけている。

 お互いの攻撃軸がずれた戦いを行っているから、ウクライナ軍は南部2州に集中できない現実があるのだ。

 米国が主張するようにザポリージャ州での反転攻勢に集中したくても集中できない状況があることも知っておくべきだろう。

 ここに、ウクライナ軍の悩みがある。

米・英・ウクライナの反転攻勢戦略協議

 以上のように、米国とウクライナ間には意見の隔たりがあるのは事実だが、ここに英国の国防参謀総長であるトニー・ラダキン海軍大将が入ることによって、対話が円滑になっているという嬉しい情報がある。

 8月26日付のガーディアン(The Guardian)紙によると、8月15日、NATO(北大西洋条約機構)の最高幹部たちがポーランドウクライナの国境にある秘密の場所に赴き、ウクライナ総司令官ザルジニー大将と会談したという。

 ザルジニー大将は、主要な指揮官全員を引き連れてやって来た。

 5時間に及ぶ会議の目的は、ウクライナの軍事戦略をリセットすることだった。

 議題のトップは、ウクライナの反攻の進捗が遅いことへの対策で、これからの過酷な冬の戦闘計画や、戦争が2024年まで続くことが避けられない長期的な戦略も話し合われた。

 特に注目されたのは、英国のラダキン大将も出席したことだ。

 彼は、ウクライナロシアの侵略に打ち勝つためにますます重要な役割を果たすと米政府とウクライナ政府で認められている人物だという。

 ザルジニー大将はかねて、カウンターパートであるマーク・ミリー米統合参謀本部議長から、反攻作戦を「一つの主要な前線」に集中させるよう促されていた。

 この会議でも米国側から戦力の集中を求められたと思うが、それをラダキン大将が上手くまとめたのであろう。

 こんな逸話がある。

 ウクライナ国家安全保障会議のオレクシィ・ダニロフ書記は、ザルジニー大将が国境での会談の後、「あいつ(ラダキン大将)は俺たちの仲間だ」と言ったと証言している。

 この逸話は、ザルジニー大将がラダキン大将をいかに高く評価しているかの証左である。

 この会議の後、ウクライナ軍のトクマク軸での戦力の集中は明白であり、結果としてロボティネの奪還につながっているとみるべきだろう。

 ウクライナは、米国や英国などの多くの民主主義国家に支えられている。それは、兵器の供与に顕著にみられるが、戦略、作戦、戦術に関する助言や協力によって支えられている。

 そして、民主主義国家のウクライナ軍は、助言を聞く耳を持っている。

 この民主主義の連帯がある限り、ウクライナはこの戦争で勝利を追求することができるであろう。この点が権威主義国家ロシアおよびロシア軍との決定的な違いだ。

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