北朝鮮は、世界で唯一の「税金のない国」を謳っている。

金日成主席は1974年2月、朝鮮労働党中央委員会第5期第8次全員会議において、「古い社会の遺物」である税金制度を完全になくすことについて討議、決定することを指示。それを受けて最高人民会議は同年3月、「税金制度を完全になくすことについて」との法令を発表し、4月1日に世界初の税金のない国になったことを宣言した。この日は「税金制度廃止の日」に定められている。

しかし、インフラの使用料、募金などの名目で、法的根拠のない物品が税金と同様に、国民から取り立てられているのが現実だ。1990年代から2000年代の中国で、地方政府が何かにつけて税金、使用料などを取り立て、深刻な社会問題となった「乱収費」と同様の状況と言えよう。

金正恩総書記は、2021年1月の朝鮮労働党第8回大会の結語で、反社会主義的・非社会主義的傾向(風紀の乱れ)、権力乱用、不正・腐敗と共に「税金外の負担」を厳しく戒めたが、全くもって効果がない。

極端なゼロコロナ政策がもたらした経済難で、地方当局は深刻な財政難に直面しているが、それを税金外の負担の増加で乗り切ろうとしている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の情報筋によると、恵山(ヘサン)市内の蓮峯洞(リョンボンドン)の住民に対して8月下旬、1世帯あたり1.5立方メートルの石と1万北朝鮮ウォン(約170円)の現金を3日以内に納めよとの指示が下された。

町内を流れる川の堤防が、梅雨の大雨で蓮峯市場から恩徳院(スーパー銭湯)の間で崩れてしまい、その補修に必要だというのが、人民班(町内会)の会議で説明された税金外の負担の理由だ。

石を供出できない場合には、かわりに中国人民元で50元(約1000円)を支払うように命じられた。ちなみに現在の恵山で、50元あれば4人家族の3〜4日分の食糧が買える。

当局の狙いは、現物よりも現金の方だと言われている。無理難題を押し付け、代わりに現金を引き出すというものだ。

ただ、国境封鎖に伴う深刻な経済難に加え、もともと貧しい人の多い地域だけあって、ほとんどの人が現金ではなく、現物で納めたという。当局はこれに飽き足らず、今度は早朝5時から7時まで、各家庭から1人を堤防の補修工事に動員しているとのことだ。行かなければ、1万北朝鮮ウォンを徴収される。

病気であっても、洞事務所(末端の行政機関)の所長がやってきて現金を徴収しようとしたため抗議した家庭もある。しかし、「土を運ぶ車のレンタル料、ガソリン代などすべてを洞事務所が自力で調達しなければならないが、そんなカネはない」と聞く耳を持たず、1万北朝鮮ウォンを徴収していくという。

「一事が万事この有様だ。何かあれば、あれこれ名分を並び立てて金品を出せと言われる。税負担という言葉を聞くだけで嫌になる」(情報筋)

両江道の別の住民は、この2カ月間続けられている国境の遮蔽物の設置費用として1世帯あたり1万1000北朝鮮ウォン(約187円)を出せと言われていると伝えた。

コメ2キロ分ほどの額だが、日々の糧に事欠くほどの耐乏生活の中、そうたやすく出せるものではない。しかし、人民班長が毎日朝晩やってきてしつこく督促し、全額を取り立てたという。情報筋は「お上が額を決めて無条件で払えと言われるから、人民班長もどうしようもなかっただろう」と同情を示した。

通常の金品以外にも空き瓶、軍手、古紙、動物の皮など様々なものの供出を求められる。日本の戦時中の金属供出や、中国の大躍進のような状態が日常生活であるのが現在の北朝鮮なのだ。

誘導ロケット砲弾の生産工場を視察する金正恩氏(2023年8月14日付朝鮮中央通信)