ロシアがウクライナへの特殊軍事作戦を始めてから1年半が経過した。その不幸が日常化する中で、ウクライナ軍による反転攻勢が鳴り物入りで始まってから既に3か月近くが経つ。
当初の期待に反して反転攻勢が成果を挙げていない、といった論評や批判があちこちから出るたびに、否定や反論をウクライナ政権と米国は打ち返す。
ウクライナ南部の一部でようやくロシア軍の第1防衛線を突破したとの報が流れ、着々と反攻作戦は遂行されていると、彼らは説明に余念がない。もちろん成果はないわけではない。
だが、ロシアが築いた複数の防衛線を秋か冬までに突破してアゾフ海に抜けるという当初の目論見は、かなりの難事と大方が認めざるを得ないようだ。
そればかりか、クリミア奪還まで含めた勝利の方程式がそもそも解不能の代物だったのではないかとか、不可能ではないにせよ短期間での実現は無理だとかの見方すら、当の米国やウクライナからも漏れ伝えられる。
期待外れへの反動からなのか、これまでほとんど報じられてこなかったウクライナと西側にとっての不都合な話もメディアに現れ始めている。
以前から指摘されていた西側からの兵器供与の遅れに加えて、戦意や士気に欠けるのはロシア軍だけではなく、実はウクライナ軍も同じような問題を抱えているという。
あるいは、最初の思惑を外したウクライナのV.ゼレンスキー大統領以下の政権が、これからどうするかを巡っての様々な議論に内部で直面しているともいわれる。
つい3か月前までは、「もう一押しすればロシアは潰れる」と言わんばかりの勇ましい見解も散見されたものだった。
戦局次第で報道のニュアンスは変わり、その先を見込んだ大局観がそこで示されるとは限らない。
それを責めるつもりはないのだが、最初から分かっているはずの話までとなると、何をいまさらの感は残ってしまう。
最近では、NATO(北大西洋条約機構)関係者が「奪われた領土を諦めて、NATOに加盟すればよい」と発言して、ウクライナ側の反発を喰らった。
最後は、その発言の取り消しに追い込まれたものの、NATO内にそのような見方が存在したり、議論の対象になったりしていることが表沙汰になっただけの話だろう。
ウクライナは政権も全国民も一丸となって侵略者を駆逐する目的に邁進しているという神話に少しでも綻びが見え始め、短期間でのウクライナ完勝に疑問符が付くとなれば、万全とは言えない経済を抱える欧州諸国にとって、これからも対ウクライナ援助で白地手形の振り出し人を演じ続けることは、より強い国内の抵抗を覚悟せざるを得ない。
ウクライナへの最大の援護者である米国においても、ある国内世論調査では、対ウクライナ支援継続に否定的な回答が過半を超えたとされる。
2024年の大統領選で再選を目指すJ.バイデン大統領は、ウクライナの勝ちが見えないままに援助を続ければ、カネの無駄遣いだと批判される。
だが、援助をやめれば、今までやってきたことは一体何だったのかと、敵陣営から責められるだろう。
西側とウクライナにとっては看過できない状況である。
しかし、ではこのまま反転攻勢がこの年末辺りまでに行き詰ってしまうのかと問われれば、毎度のことながら誰も断言できる解を持ち合わせていない。
あまりに多くの要素が来るべき結果に絡んでしまうからなのだが、さらに一歩突き詰めて考えると、数多の要素の中でもロシア軍がこれからどう出るのか出られるのかが、外部からは(ひょっとするとロシア自身にも)読めないことが、一番大きな予測の障害になっているのではなかろうか。
ロシアが特殊軍事作戦を開始する前には、ウクライナの首都キーウは数日でロシア軍に制圧されるだろうとかの予測がもっぱらだった。
だが、キーウ方面へのロシア軍進軍が無様な失敗に終わると、その弱さの原因や理由が様々な分析を通じて喧伝され、その後のウクライナ軍によるハリキウ州やヘルソン市の奪回を通じて、欠陥だらけの弱いロシア軍という受け止め方が定着したかのようだった。
ウクライナ軍の反転攻勢に対して、今から思えば過大に過ぎる期待が寄せられたのも、そうした「ロシア軍弱し」との見方が根底に広がっていたからだ。
しかし、その反転攻勢に不調の疑いが出始めると、やはりロシアの国力や軍事力は侮れないのでは、などとの見方が振り子のようにまた顔を出してくる。
一体ロシア軍は強いのか弱いのか。
そこへE.プリゴジンの「反乱」や彼の死といった話が加わるのだから、ロシアの内部で何がどうなり、それがまた今後の戦局にどう響くのかがますます見えづらいものになる。
それでも、この紛争の早期終結を願いつつ、あえて現状認識と予想を繰り返すことになる。
まずはロシアのV.プーチン大統領の姿勢だが、多くの不具合を背負っても、特殊軍事作戦の目的と手法を長期の戦略として変えることはないだろう。
その目的はウクライナ内の不良分子(彼の言葉で言うネオナチ一派)一掃であり、手法は殲滅戦ではなく掃討戦となる。
ウクライナ全土の武力制覇など、それが不可能と知っていたから最初から考えてはいなかったはずだ。
特殊軍事作戦は戦争ではなく、「膺懲支那(暴虐な中国を懲らしめる)」は3か月で片が付くとの目算で始まった、かつての「日支事変」と同じく、彼にとっては「事変」扱いだった。
だが、ウクライナ側の出方と自軍への信頼度を読み違えて、短期の事変で物事を決着する可能性を失っている。
その点でも、収拾が付かずに事変から大東亜戦争へ拡大させてしまった日本の過去に何やら似ているものがある。
それでも彼は事変であることに固執し、戦争への拡大を考える強硬派の軍人に自由にやらせることはしなかった。何人もの軍司令官が交代させられてきたのは、この辺りにも大きな原因があるように思われる。
しかし、軍人が自分の思い通りに動けないこともあってか、ロシア軍は上述のキーウやハリキウ州での大幅な撤退を強いられ、今またウクライナ軍の反転攻勢を受けている。
その進展が遅々としてであろうと、ロシアが守勢に回っているという構図は否めない。報道によれば、東京23区の面積の3分の1ほどをウクライナの反転攻勢で奪い返されている。
その結果で自分たちが弱いなどと烙印を押されることは、ロシアの軍人にとって耐え難い屈辱に違いない。
そうした軍人や、それに加担する国内の対外強硬論者の不満は、いつ爆発してもおかしくはない。
プーチン氏もその危険性には気付いている。
前回のコラムで述べた仮説を繰り返せば、6月のプリゴジンの「反乱」は、彼とプーチン氏が示し合わせた上での自作自演で、その目的はロシア国内で危険とみなされる強硬論者の暴発の抑制やその排除にあった。
その後の空軍司令官・S.スロヴィキン氏解任は、その結果の一端を示していることになる。
プリゴジン氏の突然の墜落死には不明点多々ではあるものの、目下のところはプーチン氏が指示した暗殺であり、その結果プーチン氏はその支配力を安定に向かわせているといった解釈が通説として出回っている。
そうなのかもしれない。プリゴジン氏にプーチン氏への絶対的な忠誠心があったと確認できる術はない。
だが、これに疑問を差し挟む見解もある。
誰の仕業かですぐに疑いが掛けられるような稚拙な手を彼が使うはずがないと、ベラルーシのA.ルカシェンコ大統領はコメントしている。これは、さもありなんに聞こえる。
もし、プーチン氏から弾圧される強硬論者たちがプリゴジン氏の「自作自演の反乱」に気付いたなら、彼は裏切り者扱いされるだろう。
搭乗機の墜落が暗殺目的で仕組まれたものならば、それが強硬派の誰かの仕業という可能性も出てくるのではないか。
さらにその可能性から見るなら、「暗殺者」となる場合よりも、状況はプーチン氏にとってはるかに深刻なものになる。
統制できない国内政治の領域が存在し、そこではテロまで跋扈する事態になっていることが暴露されたも同然だからだ。
つまりは、プーチン政権は西側が推測している以上に不安定なものになっているということになる。それをどこまで彼が制御できるのかが、今後のロシア軍の出方にも影響を与えることになるだろう。
身内の跳ね上がりを何とか抑えつつ、軍への統制も確保して、今年末までは戦線で大崩れすることなくウクライナの攻勢を凌げたなら、その後はどうなるのか。
それは、その時点での西側の立場や出方にも大きく依存してくる。
2024年の米大統領選まで、対ウクライナ援助をさらに維持できるという見通しを持てるかどうかである。
何とか踏ん張ると決められるなら、停戦の実現は最速でも米大統領選でD.トランプ氏が勝ち、ロシア・ウクライナ紛争のパラダイム大転換が起こることに期待するしかなくなる。
しかし、「戦争終結はもっぱらにウクライナの判断次第」とばかりは言っていられなくなるなら、水面下で西側が停戦交渉の提起を行う可能性があるかもしれない。
とはいえ、ロシアがこれまでやってきたことを不問に付すなどとは、さすがに口が裂けても言えないだろうから、いずれの側も勝ちを諦めてはいないことになり、停戦の実現は難事中の難事になる。
停戦の先の話となる休戦や和平での構図が描けない状態では、双方ともに停戦すらままならず、いざ交渉のテーブルに就いたら、交渉と議論の順番もごちゃごちゃになりかねない。
それでも、万難を排して停戦ラインを決めたとしよう。
ロシアの占領部分が残っているなら、その占領地に沿ってとなるだろうから、これは新たな国境画定ではないとして、無理矢理にでもウクライナを説得した上で、戦後処理での双方の思惑をぶつけ合うことになる。
例えば 、
・クリミアを含めて、ロシアが占領したウクライナ領土の帰属は、その地域での「公明正大」なる住民投票で選ばせる。そのためにウクライナは憲法を改正してその住民投票を合法化する。
・ウクライナの安全保障を確保し、同時に同国が戦闘再開の火蓋を切ることがないよう、西側はウクライナに事実上のNATO準加盟国の地位を与え、ロシアはこれを認める。
・ただし、ウクライナ領内にNATO関連の基地や兵器は一切置かず、ウクライナ自身の兵装備へも厳しい制約を課す。
ほかにも、賠償問題に絡むウクライナ復興の手当や西側の対ロシア経済制裁継続など、停戦後に決着すべき点も停戦交渉に影響を及ぼしてくる。
そうなれば、どれを取っても1~2年で片が付く話ではなくなるだろう。
また、上記に列挙した点だけでは、ウクライナと西側にとっての最大の不安要素が除去されない。
ロシアが停戦協定を破って戦闘再開をしないという保証とその担保が欠けている。
対抗する術はロシアへの抑止力だけとならざるを得ない。その内容は、NATOによるロシアへの迎撃と一斉攻撃、そして最後は米国の核の傘、すなわち対ロシア核攻撃となる。
だが、そこまで行けばこの世の終わりだから、ウクライナ一国のためにそうまでして欧米が乗り出せるのかへの疑念は消えない。
ならば、それが一時的なものであろうと兎も角停戦をプーチン氏に確約させ、ロシア内の対外強硬派を完全に抑え込ませることは最低限の必須事項になる。
さらに、小田原評定が続く間の実際の停戦を確保するには、停戦ライン上に双方ともが侮れず、よほのことがない限り手が出せないような平和維持軍を置かねばならない。
その平和維持軍は、国連の名を借りようと借りまいと、ロシア・ウクライナ双方に睨みを効かせ得る実力のある国からの派遣でなければ実効性はないだろう。
米国や欧州諸国は実質的な紛争当事者であるから、それが単独で平和維持軍となることはロシアが受け入れない。
では西側とロシアの混成軍なら・・・これも下手をすれば、平和維持軍内でドンパチが始まりかねない。
そうなると選択は一つしか残らない。万単位の人民解放軍を停戦ライン上すべてに配置する――。
真面目に考えれば考えるほど、悲しいことに結論は漫画染みてしまうようだ。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] ゼレンスキー大統領にもう一つの顔か、西側の支援金で私腹肥やしたとの疑惑
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