多数の大企業サステナビリティ経営のコンサルティングを行ってきた内ヶ﨑 茂氏(HRガバナンスリーダーズ代表取締役CEO)が、「日本版サステナビリティガバナンス」構築の必要性と考え方を解説する本連載。最終回となる本稿では、取締役会のスキル・マトリックスの必要性と相まって注目を集めている、「取締役スキル」のダイバーシティについて見ていく。多様なスキルを持つ取締役をいかにして確保すればよいか述べるとともに、スキル・マトリックスが備えるべき3つの機能を解説する。

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(*)当連載は『サステナビリティ・ガバナンス改革』(内ヶ﨑 茂、川本 裕子、渋谷 高弘著/日本経済新聞出版)から一部(「第8章 日本版サステナビリティガバナンスの構築」)を抜粋・再編集したものです。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ(本稿)

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取締役のスキル・専門性のダイバーシティ

 取締役会のスキル・マトリックスの必要性と相まって、取締役スキルのダイバーシティが注目を集めている。

 2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂でも、補充原則4-11①において「取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである」と記されている。

 自社のパーパスに根差したビジョンを実現し、マテリアリティを解決するうえで、取締役会のメンバーにはどのような専門性が今後必要になるのか、どのような布陣を敷くかを未来志向で考える必要があろう。

「日本企業のトップマネジメントチーム・取締役会改革の方向性〔下〕」(旬刊商事法務2021年2月15日号)において、早稲田大学商学学術院教授の久保克行氏らと共に東証一部上場企業の経営者が保有するスキルを分析した結果、主に2つのインプリケーションがあった。

 一つは、東証一部上場企業の経営者の6割以上が、過去に経営者としての経験を有していない点である。一般によい経営者を育成・選抜するためには経営の経験を積ませることが重要であると考えられる。この結果は、日本企業の経営者育成システムに改善の余地があるという通念と整合的であるともいえる。日本企業のサクセッションプランを考えるうえで、子会社のCEOとしての経験を積むなど、CEOになるためのタフアサインメントやトレーニングを受けた候補者が少ない点は大きな課題であると考えられる。

 もう一つは、スキル区分の網羅性の推移を分析する限り、取締役会のスキルは社外取締役による補完を中心に多様性が進展している点である。それ自体は喜ばしいことであるが、より重要なのは、取締役会に必要なスキルは何かを各社が議論し、その多様なスキルを必要とする根拠に十分な説明力を有していることであろう。

 コーポレートガバナンス・コードにも新たに反映された取締役スキルのダイバーシティを説明する取締役会のスキル・マトリックスは、どのようにあるべきであろうか。取締役会をチームとしてとらえた場合、全取締役のスキルの組み合わせと各取締役個人の中での多様なスキルの掛け算で評価する視点が重要である。マテリアリティ解決型の強靭な取締役会の構築に向けて、ボードサクセッション(取締役会の継続)の観点でとらえると、スキル・マトリックスは次のような機能を有するべきと考えられる。

 第一に、取締役の指名・選任の適切性を評価する機能である。取締役の指名・選任の適切性をスキル・マトリックスにより評価し、取締役会に必要なスキルを有する人財を社内で育成することや社外から独立社外取締役として選任すること、さらには取締役が期待された役割を果たしているかを評価し再任する際の検討に活用することができる。こうした機能を備えるために、スキル・マトリックスは、取締役会で求められるスキルは何かを独立社外取締役を中心とした指名委員会などで議論したうえで作成されることが望ましい。

 指名委員会などでの議論の結果として、経営陣と取締役を統合したスキル・マトリックスが開示され、あわせて、執行側と監督側双方の専門委員会のメンバーも開示されることで、経営の執行を担うトップマネジメントチームと監督を担う取締役会との役割分担を可視化できると考える。また、スキル・マトリックスは、会社のマテリアリティ解決のために求められるスキル・専門性ととらえた場合には、取締役会で論議すべき重要なアジェンダを株主や投資家へ開示する機能も有することになる。

 取締役会議長、筆頭独立社外取締役、各種委員会委員長の役割を明確にすることに加えて、各取締役の選任時にスキル・マトリックスに照らした役割期待や任期などを委任契約で明瞭に説明することで、取締役会の実効性評価や各取締役の360度評価などを参考に、指名委員会で各取締役の役割期待への成果を踏まえた任期延長などの選解任判断の適切な運用が可能になると考えられる。

 第二に、取締役会の多様性を促進する機能である。コーポレートガバナンス・コードにおいて取締役会の「多様性」は、取締役会の実効性確保のための前提条件としてとらえられている。

 ICGNグローバル・ガバナンス原則の改訂版では、多様性に関して、具体的な目標と達成のための期間を会社の方針に含むとともに、後継者計画への多様性の考慮にまで踏み込んでいる。すなわち、ここでの多様性は、会社のパーパスと主要なステークホルダーの期待に沿った効果的かつ包括的な意思決定を確実にするために必要なものであるととらえる必要がある。

 取締役会としての機能を発揮する観点からは、取締役のスキルの多様性のみならず、たとえば、経営の執行と監督のバランスにおける多様性も含まれていると考えられる。経営の執行と監督の役割分担を明確にしたモニタリング型の取締役会は、株主をはじめとする外部のステークホルダーに対して客観性・透明性を担保できる仕組みである。

 現時点の日本企業においては、指名委員会・報酬委員会・監査委員会・サステナビリティ委員会などを活用しながら、独立性の高い取締役会が業務の執行を担うトップマネジメントチームを監督する仕組みを完成させているケースは少数であり、特に大企業では、経営の執行と監督の両方の役割を担う人財を多く配置している。

 こうした日本企業の現状においては、執行側のメンバーが取締役を兼務する役割期待は大きいが、独立性の高い取締役会の実現に向けて、経営の執行と監督の適切なバランスを考えるうえでの多様性も検討する必要があり、この検討においてスキル・マトリックスを有効に活用することが考えられる。つまり、自社で特定した長期的なマテリアリティを解決するために、各社オリジナルな取締役会のスキル・マトリックスに基づき、多様なステークホルダーの視点を反映できる取締役会が構築されることが望まれる。たとえば、サステナビリティガバナンス強化の観点からサステナビリティに関する経験・スキルを保有した取締役を加えることも選択肢の一つであろう。

 第三に、自社のパーパスに根差したストーリーを伝える機能である。前述のとおり、取締役会に求めるスキルには、必要とする根拠に十分な説明力を有していることが重要である。なぜなら、本来取締役会で議論されるべきアジェンダは、自社のパーパスに根差したビジョンを達成するうえでのマテリアリティの解決であり、その実現を可能とするためのスキルが求められるはずである。

 すなわち、取締役会に必要なスキルは、企業固有のパーパスに根差して決定されるものであり、自社の事業や企業価値向上への貢献、さらには中期経営計画や長期ビジョンに結びつけられるものとして、外部のステークホルダーに対して説明できなくてはならない。この意味において、スキル・マトリックスは、誰がどの領域を担当しているかを可視化するのみならず、保有すべきスキルがなぜ必要なのかを明らかにすることで、会社としてマテリアリティを解決する道筋を可視化しているともいえる。

 自社の取締役会のスキル構成の考え方は、自社のパーパスを実現するストーリーを映し出すものでもあり、企業の経営者や取締役は、スキル・マトリックスを開示し投資家などのステークホルダーとの対話を通じて、それらを共有することが可能となる。たとえば、スキル・マトリックスサステナビリティの専門性のある独立社外取締役が開示されることで、機関投資家が当該独立社外取締役との対話を通じて確信を得られるようになれば、サステナブルな投資へのハードルが下がると考えられる。

 以上の機能を前提とするならば、取締役会のスキル・マトリックスを作成・開示することの目的は、取締役会のアジェンダを議論するうえで、パーパスに根差したビジョンを実現するためのチームを最適化することであるといえる。

 スキル・マトリックスは、固定化された幅広いスキルを充足させた形式的な開示にとどまることなく、自社のパーパスを出発点に取締役に必要な専門性は何かを議論し明確にしたうえで、ステークホルダーに対して取締役に期待される役割を説明するという自主的な開示が求められる。このような取り組みは、自社のサステナブルブランドの強化に向けた情報開示戦略ともいえる。

 なお、海外では、取締役の資質としては、各役割に応じた知識・経験・能力に基づくスキル(専門性)を有することを前提としつつも、誠実さ・柔軟さ・忍耐力・感受性などのようなコンピテンシー(行動特性)が重要であり、取締役会の多様性としてはコンピテンシーこそがより重要であるとの議論もある。

<連載ラインアップ>※毎週金曜日に公開
第1回 サステナビリティ経営をモニタリングする仕組みが求められている
第2回 サステナビリティ委員会の設置が今の日本には必要
第3回 モニタリング型のコーポレートガバナンスの構築
第4回 ダイバーシティの重要性(1)従業員のダイバーシティ
第5回 ダイバーシティの重要性(2)取締役の属性・年齢のダイバーシティ
■第6回 ダイバーシティの重要性(3)取締役のスキル・専門性のダイバーシティ(本稿)

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